[映画紹介]
「ラ・ボエーム」は、ジャコモ・プッチーニの人気オペラの一つ。
“ボエーム”とは、“ボヘミアン”のフランス語で、
自由奔放な生活をすることに憧れた
19世紀パリの芸術家の卵たちのことを指す。
パリの屋根裏部屋に住むポヘミアンの4人の若者と
その恋人、ミミとムゼッタとの愛と別れを描く。
1896年2月1日、トスカニーニの指揮により
トリノのレージョ劇場で初演。
その人気オペラの設定を
1830年代のパリから
現代のニューヨークに置き換えたという。
どんな作品になっているか、
と興味津々で観に行った。
チラシに「新感覚ミュージカルに生まれ変わった」とあるが、
ミュージカルを期待して観に行くと、目を白黒させることになる。
この映画はミュージカルではない。
まごうことなき、オペラ映画である。
プッチーニの音楽をそのまま(ピアノ伴奏だが。後述)使い、
登場人物も詩人のロドルフォ、画家のマルチェッロ、
哲学者のコッリーネ、音楽家のショナール、と、
名前も職業も
話の展開(4幕構成)も全くオペラのまま。
歌詞もイタリア語の原語を使用。
ただ、ロドルフォは中国人、
マルチェッロはメキシコ系アメリカ人、
コッリーネは日本人、
ショナールは黒人、
ミミは中国人、
ムゼッタはプエルトリコ人が演ずる。
多様化の反映というが、さて。
そして、屋根裏での4人の生活。
現代のニューヨークだというのに、
テレビも電話もない。
パソコンもスマホもない。
電気さえなく、ろうそく生活。
吉幾三の歌じゃあるまいし、
リアリティが全くなく、
ニューヨークに移した意図は
うかがえない。
そもそも、詩人と哲学者など、
19世紀前半のパリなら通用した存在も
現代のニューヨークでは、落ちこぼれの貧乏青年に過ぎない。
実は「ラ・ボエーム」は既にミュージカル化されている。
「レント」(RENT 家賃の意)がそれ。
1996年2月13日、オフブロードウェイで初演後、
評判によりブロードウェイに進出、
トニー賞のミュージカル作品賞に輝いた。
2005年に映画化。
舞台を1990年前後のニューヨークに置き換え、
登場人物の職業も
元ロックミュージシャン、自称映像作家、大学で哲学の教鞭を取るゲイのハッカー、
ストリートドラマーのドラァグクイーン、ヘロイン中毒のゴーゴーダンサー、
アングラパフォーマー、などに置き換えられ、
少数民族、(性的少数者)、麻薬中毒やHIVなど、
それまでのミュージカルでは敬遠されていた人々や
題材を幅広く取り上げていた点で
ニューヨークへの置き換えに必然性が感じられた。
それとの比較で、
本作は、わざわざニューヨークに移しかえた意図も意義も全く不明な作品となっている。
オリジナルのオペラより
10分から15分ほど短いのは、
滞納した家賃を取りに来た大家をからかって、
家賃を支払わずに済ますくだりや、
レストラン周辺で起こる出来事の数々や
子供の合唱、鼓笛隊の入場、
第3幕で掃除人の部分を割愛した結果。
また、第1、2幕は
オペラではクリスマスイブの出来事だが、
本作では、大晦日の晩に置き換えられている。
マスクをしている人たちがいるから、
コロナ禍の出来事だろうが、
物語にからんでくるわけではない。
なお、メトロポリタンオペラでの
フランコ・ゼッフィッリの演出版では、
第2幕の壮麗さが評判。
舞台に200人を越える群衆がうごめく
クリスマスイブのラテン街が再現されている。
最後の鼓笛隊の入場など、80人近い人が
わずか1分の出演場面のために待機するという贅沢さ。
最後に、これだけは言わなければならないが、
なにより本作の最大の間違いは、
伴奏がピアノ演奏だということ。
オペラは歌だけではなく、オーケストラの演奏が重要で、
歌とオケが相乗効果を生む。
歌+オケで成り立っているのだ。
このことを本作の製作者は見落としている。
ラストのミミの死は、
わずか1分余りのオーケストラが観客の涙腺を決壊させる
まさに音楽の持つ力だが、
ピアノでは力不足で、涙には至らなかった
終始、オケとの合わせ以前の
ピアノ伴奏の歌唱練習を聞かされている感じ。
若手オペラ歌手の歌唱は、悪くはないが、
感動を呼ばないレベル。
監督はレイン・レトマー。
狭い室内の平板な描写、
手持ちカメラなど意図不明な演出。
最後は、病人を雪の降りかかる場所に放置する無神経さ。
そして、エンドクレジットで
ラストシーンを終わった撮影風景を見せるなど、意味不明。
配役も多様化に媚びたようで、不快。
香港拠点オペラカンパニー「モアザンミュージカル」の製作で、
創設者は早稲田大学法学部卒の長谷川留美子という日本人。
応援したいが、
この出来ばえでは無理。
「へんなものを見せられたな」という感想で終わった。
「ヒッチコックの映画術」に続き、
「観なくていい映画」として紹介してしまい、残念。
なお、チラシには、
「こんなリアルなボエム見たことない!!
2023年にプッチーニが生きていたら、
きっとこんな風に描いただろう」等、
本作を絶賛している著名人の評が掲載されているが、
これらの人々の今後の映画評は
疑問符とともに読む必要があるだろう。
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