[書籍紹介]
2019年、「絞首商會」で第60回メフィスト賞を受賞した
夕木春央による冒険ミステリー。
前に紹介した「ゴリラ裁判の日」の須藤古都離といい、
メフィスト賞は、風変わりな作家を生み出す土壌があるようだ。
時は大正14年。
主人公は、樺谷子爵の三女・鞠子(まりこ)。
樺谷家は、莫大な借金を抱え、
その返済に汲々としていた。
というのも、樺谷家の収入のほとんどを占めていた不動産が
関東大震災でことごとく失われ、
それを取り戻そうとした父は山師たちに騙され、
あっという間に借金の山を作ったのだ。
今日も、その借り先の一つ、晴海商事から取立屋がやって来た。
その取立屋というのが、
不思議な服装をした少女・ユリ子で、
サーカスから逃げ出したのを
晴海商事の社長に雇われて、借金取りをしているのだという。
ここで本書の題名
「サーカスから来た執達吏」の意味が分かる。
執達吏(しったつり)とは、
裁判所で強制執行や裁判文書の送達などを行なった役人の旧称。
後に、執行吏、執行官に改称されている。
本作に登場するユリ子は、裁判所から派遣されたわけではなく、
ただの民間の借金取りだから、執達吏とは言えないが、
まあ、面白くするための題名だろう。
で、マリ子は、樺谷子爵に借金1万円の返済を求めるが、
返せないので、担保として、鞠子を預かり、
一緒に絹川子爵の隠し財宝を見つけ出した暁には、
鞠子を返すことになった。
絹川子爵の財宝とは、
書画や陶磁器、宝剣、仏像などで、100万円の価値があるというが、
その財宝を絹川子爵は生前にどこかに隠し、
その所在が不明になっているのだという。
震災で絹川子爵の係累は全員死んでいるので、
財宝を発見すれば、
それを売って、借金返済に充てることが出来るのだという。
こうして、鞠子は、ユリ子と馬のかつよと一緒に
絹川子爵が残した、
財宝を隠し場所を示す暗号の解読に励むことになる。
二人の移動手段が
サーカスから来たかつよという馬なのも面白い。
絹川子爵の財宝に関しては、
14年前の明治44年、盗人がその財宝を狙って絹川の別荘に入り込んだことがあり、
財宝を確認したが、
扉を開ける金具を求めて現場を離れた2時間の間に、
財宝が煙のように消えてしまう、という事件があった。
別荘を離れた間、
誰も入ることも出来なければ、
財宝を持って外に出ることも出来なかったはずなのに。
こうして、鞠子とユリ子は、
消えた財宝の謎、
暗号の取得とその解読に向かうが、
その間に鞠子の身柄が拘束されたり、
その監禁場所にもう一人監禁されている人物が出てきたり、
という事態が起こり、
最後に関係者が一堂に集合した場所で、
ユリ子の推理が展開する。
このユリ子という人物が不思議な人物に描かれており、
大変優秀な頭で、事件全体を俯瞰する。
なにしろ、晴海商事の社長に
「こいつ(ユリ子)くらい利口な奴は、
わしは他に三人くらいしかしらん」
と言わせるほどなのだ。
ただ、この少女、文字が読めない。
文盲なのではなく、
文字を憶えられないのだ。
これについては、某有名外人スターの事例を知ればいいだろう。
また話全体が鞠子の成長物語となっており、
世間知らずの零落華族の娘が、いろいろな体験をして、
大人になっていく過程が描かれる。
鞠子を拘束した箕島伯爵に対して脅迫する怪文書を鞠子が書くが、
その書き出しが笑わせる。
「富まざる処の悪人、
書を富める処の悪人に致す、
恙無き(つつがなき)や」
聖徳太子が中国の皇帝に出した手紙の
「日出る処の天子、
書を、日没する処の天子に致す。
恙なきや」
を踏襲するとは。
しかも、その後、
「おっと、もしあなたが簑島伯爵でなくて
その秘書か、小使いか、愛妾か、御稚児か、
何でもいいが、
とにかく当人でないのなら、
悪いことは言わないから
すぐこの封筒を伯爵に渡しなさい。
読んで伯爵が機嫌を損ねるようなら、
せいぜいおしゃぶりにガラガラでも振って
あやしてあげなさい」
と続く。
この文章を読まされた仲間たちが
誰一人異議を唱えず、承認するのがまた笑える。
実は鞠子は小説家志望で、
それで、この手紙を書くことを委ねられたわけだが、
この「怪文書」が創作第1号だというのも笑わせる。
鞠子とユリ子の会話。
「(もし財宝が)みつからなかったら?
勘当されてしまって、
お針子か、夜店の屋台でも引いて暮らさないといけなくなったら?」
鞠子の心配にユリ子は答える。
「そうねえ、お針子のことはなんにもしらないけど、
屋台だったらあたし手伝ってあげるわ。
あたしやきいもかカルメラ焼きの屋台がいいわ」
とのトンチンカンぶりが楽しい。
まあ、財宝の隠し場所を示す暗号が
あんなに複雑で巡り巡ったものなのは、
おかしいし、
ユリ子の謎解きも
ツッコミ所満載。
まあ、ホラ話だからね。
最後にユリ子が放つ一言。
「あたし借金取り。探偵じゃないわ」
もすがすがしい。
ユリ子と別れる時の鞠子の気持ち。
ユリ子が帰ると言ったとき、
ふいにわたしは、
サーカスが町を去っていくときの
物寂しさを理解したと思った。
それは、別世界をひとときちらりとみせては、
未練もなしにどこともわからぬところへ
行ってしまうのだ。
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