空飛ぶ自由人・2

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映画『お坊さまと鉄砲』

2024年12月17日 23時00分00秒 | 映画関係

[映画紹介]

珍しいブータンの映画
(ブータン・フランス・アメリカ・台湾合作)

2006年、第4代国王が退位して、
第5代国王に譲位される時、
国王は政務から離れて、立憲君主制に移行、
民主化のあかしとして、選挙が行われることになった。
しかし、国民は選挙制度などなじみがない。
山奥のウラ村でも、
予行演習として、模擬選挙が行われることに。
中央から促進のための選挙委員のツェリンがやって来て、
18歳以上の住民の登録から始める。
ツェリンの補佐役を命じられた女性は、
選挙のために家庭が壊れかけている。

選挙の知らせをラジオで知った瞑想修行中の高僧は、
若い僧・タシに命じて、銃を2丁調達するように指示する。
満月の夜の法要に使い、
「物事を正さねばならん」というのだ。

一方、アメリカからやって来た銃コレクターのロンは、
ペンジョーという村人が所有していた
骨董品として貴重な“幻の銃”を買い取ることにし、
翌日金を渡することを約束する。


しかし、タシから高僧が銃を所望していることを聞くと、
ペンジョーは銃を供物として差し出してしまう。
金を持って来て、
約束反故に驚いたロンは
タシの後を追い、二挺の銃と交換するために、
高い金を払ってインドから銃を密輸入する。
しかし、その動向を警察が監視していた。

そして、擬似選挙投票日、
高僧が執り行う法要に
一堂が会し、
高僧が銃を求めた意図が明らかになるが・・・

国王から突然送られた民主化に戸惑う村人個の姿が興味深い。
委員が「選挙制度によって国民が幸せになる」と言うと、
「今だって幸せなのに、どうしてそんなものが必要か」と問われる。
選挙で争いが生ずることを直感した老婆は、
「この制度はこの国には合わない」と言う。
なにしろ選挙人の登録に並んだ人は
自分の生年月日も知らないのだ。

ロンから高額の買い取り額を知らされると、
ペンジョーは、そんなに要らない、と言い、
半額に値下げされると、
「それなら、気が済む」という。
銃を買い取りたいと札束を見せられたタシは、
「そんなにあっても、使い道を知らない」と断る。
無欲というものの美しさを知らされる思いがし、
感動する。

タシは銃がとんなものかも知らず、
007の映画を観て、銃を決めるのが笑える。
コーラのことを“Black Water ”と呼んでいるのも面白い。

擬似投票の選挙結果は意外な偏りを見せる。
そのわけを聞かされた委員は驚愕する。
君主制に変わるものとして呈示された
民主主義が最良のものだとは言えないのだ。

なにより、ブータンの田舎の風景の美しさ
揺れる麦畑、満開の黄色い花々、
遠くに見える山際。
それだけで心がふるえる思いがする。


全員が集合した法要の場での終結部は、
深い感動を呼び起こす。
子供が投げ入れるものが皮肉だ。
銃を求めて来たアメリカ人には強烈な終わり方だし、
物質的な豊かさによって
失われたものの貴重さを教えられた気がする。
まさにブータンでしか出来ない映画

監督は、長編監督デビュー作「ブータン 山の教室」で
アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、
世界的に注目を集めたパオ・チョニン・ドルジ
脚本も手がけ、なかなかうまい展開だ。
演出は手堅く、深い思想に根ざすことが感じられる。
撮影もすぐれている。

若い僧侶タシを演ずるタンディン・ワンチュクは、
ロックバンドのリードボーカル
高僧を演ずるケルサン・チョジェは、
本物のラマ僧で、
ウラ村の上にある洞窟で瞑想に人生を捧げている。
ロンのガイド役ベンジを演ずるタンディン・ソナムは、
不動産業者、弁護士
銃コレクターのロンを演ずるハリー・アインホーンは、
ニューヨーク出身のアーティストで、
現在は台湾を拠点に華梵大学仏教芸術学院で教鞭を執る。
選挙委員のツェリンを演ずるペマ・ザンモ・シェルパは、
ブータンで最も人気のある歌手の一人。
タンディン・ソナム以外は、
皆、本作で俳優デビュー。 

                             
5段階評価の「 4.5」

ヒューマントラストシネマ有楽町他で上映中。

住民登録で、生年月日を知らない、という場面で、
落語「代書屋」を思い出した人もいるだろう。
履歴書の作成を依頼された代書屋が
客に「生年月日は」と問うと、
「そのようなものはないと思います」と答える。
年齢を問われると「26歳です」とのことで、
外見と合わない。
「親父が死ぬ時、お前の歳は26だぞ」と言われたというので、
父の亡くなったのは、何時だと訊くと、
「20年前です」と答える。
4代目桂米團治が、その経験から創作した
上方落語の名作。

なお、私はブータンが「幸せの国」と呼ばれることに違和感を感じていた。
その根拠は識字率
47.3%しかない。
国民に充分な教育が施されていない国が幸福なはずがあろうか。
それでも国民が「幸せだ」と感じているなら、仕方ない。
しかし、最近はその幸福の実感度が降下しているという。
外から情報が入ってきて、
自分たちの国が豊かでないことを知ってしまったからだという。
必ずしも豊かさが全てではないが、
産業を興し、仕事を国民に与えることは、国としての使命だろう。

日本でも、制度の変化を何度も経験している。
幕藩体制が崩壊して、
武士が全員失業した事態を、
当時の民衆はどのように受け止めたのだろうか。
議会の概念などなかった当時の日本人が、
憲法や法律や国会の開設をどう受け止めたのだろうか。
選挙制度の導入では、どんな戸惑いがあったのか。
戦後、アメリカ式民主主義が導入され、
婦人参政権の確立など、
本作がフォーカスしたような映画を誰か作らないか。

明治維新で近代化が進み、
欧米の仕組みを取り入れ、
古い日本が変革したことで、
同時に失われたものも沢山あったはず。



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