カエサルの世界

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・頭のおかしな左翼は、頭のおかしな右翼と同じくらい、頭がおかしい。

2015年07月19日 | ☆与太話     

頭のおかしな左翼は、頭のおかしな右翼と同じくらい、頭がおかしい。

 1ヶ月くらい前でしょうか。突然、思いついてしまった言葉なんですよ。特に何かを見たり聞いたりして思いついたということではないと思います。でも、何か気に入っているんですね。今回の記事では、この言葉についてそこはかとない話をしたいと思います。

 写真は、昨日の写真と同じ場面ですけど、コントラストをめいっぱいあげてみました。もちろん、本文の内容とは何の関係もありません。


 まず、「頭がおかしい」という言い方ですけど、客観的・公平・公正な表現とは言い難いわけで、話者の悪意を感じずにはいられない言葉です。相手のことを嫌いな人が相手のことを誹謗する言い方だと言っていいと思います。
 カエサルが子供の頃、「バカと言っている方がバカだ」と言われたりしました。「バカ」「バカ」「バカと言ってる方がバカなんだぞ」「だから、お前の方がバカじゃないか」などというバカな会話をした記憶がありますが、それと同じかもしれませんね。誰かのことを「頭がおかしい」などと言う人がいたら、その人の品性を疑わざるを得ません。
 人には、主義・主張というものがあり、好悪の感情があります。そうした感情の発露として、誰かのことを「頭がおかしい」などと表現することは不自然なことではないと思います。ただし、そういうのは、友人・知人と飲み屋で酔っぱらっているときのような、クローズドな世界でやって欲しいわけです。公の場(ブログやツイッターなど)でそういう表現をするような人については「頭がおかしい」と考えてよいのではないでしょうか。


 「頭のおかしな左翼」という言い方については、2通りの意味にとることができると思います。「すべての左翼は頭がおかしい」という意味と「左翼の中で頭のおかしな人」という意味です。
 前者と同じような例として「鼻の長い象」という言葉をあげることができます。象の鼻が長いのはあたりまえなので、あえて鼻が長いなどという形容をつける必要はないのだけど、そのことを強調しているわけですね。こういうのを強調用法と呼ぶことにします。
 後者と同じような例としては「背の高い少年」でしょうか。少年には背の高い者も低い者もいるわけだけど、そうした中で背の高い少年ということです。こういうのを限定用法と呼ぶことにします。
 強調用法とか、限定用法とか、カエサルが勝手につくった言葉です。国語学とか文法学とかではそれなりの言い方とかがあるのかもしれないけど、そういうことは知りません。

 「頭のおかしい左翼」と言う場合、どちらかと言えば限定用法(左翼の中で頭のおかしな人)の意味になるのだけど、強調用法(すべての左翼は頭がおかしい)のニュアンスがつきまといます。


 そうした「頭のおかしな左翼」という言葉に続いて、「頭のおかしな右翼」という言葉が出てきます。一方的に左翼を誹謗しているわけではなく、左翼も右翼も誹謗しているということになります。
 中間の形容句(頭のおかしな右翼と同じくらい)を除いてしまえば、あくまでも左翼のことを頭がおかしいと言っているので、左翼を誹謗しているということに変わりはありません。
 しかし、最初は左翼を誹謗しているかのように思えただけに、逆転したような感じ、むしろ右翼の方を誹謗しているかのように思えたりもします。「頭のおかしな左翼」は限定用法、「頭のおかしな右翼」は強調用法であるかのように思えたりもします。
 このへんが、この言葉の面白いところだと思います。

 頭のおかしな左翼は、頭のおかしな右翼と同じくらい、頭がおかしい。
 頭のおかしな右翼は、頭のおかしな左翼と同じくらい、頭がおかしい。
 ・・・と並べてみると、ニュアンスの違いを味わってもらえるかもしれません。

 まあ、ニュアンスはともかくとして、言葉の意味としては、「左翼にも右翼にも頭のおかしな人がいる」ということになります。あたりまえの話です。これを否定しようとする人はいないと思うのだけど、ひょっとしたらいるのかな(笑)


 暑いですね。
 この記事を書いているのは7月18日(土)の21時過ぎなんだけど、カエサルんちの室温は31℃です。頭がおかしくなってきます。
 こういう状況で、まがりなりにも左翼とか右翼という言葉の出てくる記事を書き続けるというのはちょっと危ないという気がするので、このへんで切り上げることにします。


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