甲高い喚鐘の音が鳴り、後入りです。
通常中立の後、客は銅鑼の音によって席の準備が整ったことを知りますが、夜咄茶事では喚鐘を使用します。5つ鳴らす為、五点鐘(ごてんしょう)と呼びます。これは夜の陰に対して、甲高い音のする喚鐘で陽を対する為です。正午の茶事では昼の陽に対して銅鑼の陰ということになります。
茶道具 –銅鑼-
http://blog.goo.ne.jp/m-tamago/e/b216b2d2976342c3465d7f41b3f48d94
後座の床の間には石菖(せきしょう)という、サトイモ科の多年草を置くのが慣わしとされています。芝を長くしたような細い針状の葉の固まりが入った鉢が盆栽のように飾られているのです。石菖は灯火から出る油煙を吸収する働きがあるとされているそうです。
客は、席入りしたら、床の間の石菖を拝見し、続いて、点前座に飾られた水指と茶入、釜の様子を拝見し、席につきます。
後座では短檠のすずめ瓦の蓋の位置も油皿に移動します。これもまた初座の陰から後座の陽に変わる為に行うものです。
後座は水屋に入り、続き薄茶のお点前をさせて頂きました。大先輩の中での濃茶と薄茶、おいしく点てなくてはと緊張。
点前座に立つ時はいつもふーっと一息鎮めてから一歩を踏み出します。今回向かう先は短檠に照らし出され、優しいスポットライトが射しているようで、さながら舞台という感じ。一歩踏み出すと静かに幕があがったような気分になりました。
これまでに経験したことのない、ほの暗い中での点前。柄杓を構えた先にゆれる灯とたちのぼる湯気を見た時、ふっと力が抜け、なんとも和らいだ穏やかな気持ちになりました。濃茶のねり具合は暗くてよく見えないのですが、濃茶の香りが広がりました。茶筅の先についた濃茶の様子で、つぎ柄杓で湯を加えます。ほのほのと影のゆれる中、たぎる湯音と湯気の心地よい瞬間でした。
濃茶が終わると、亭主「時が移りますと夜も深け足元も危なくなりますので、このままお薄を差し上げたく存じます。」客、「ご配慮ありがとうございます。」
手あぶり、座布団、煙草盆、干菓子が運び出されます。
薄茶になると雰囲気は和気藹々と。水屋のメンバーも席に入り、点て出しはなしにして私が全員分を点て、ご自服で楽しく頂きました。
続いて諸道具の問答。濃茶入は武蔵野焼の蝋燭手、茶杓は太玄和尚作“埋火(うずみび)”、仕覆は小葵緞子、加賀蒔絵の早蕨棗。
茶道口に戻り、幕が下りました。
お客様もいいですが、機会あれば点前座に座ると全く違った風情を味わうことができます。続きお薄のお点前は自分なりに復習して臨みましたが、手燭の扱いも加わり、普段とは違った貴重な経験をさせて頂きました。先生と、若輩者の私にこのような機会を与えて下さった社中の先輩に感謝です。
通常中立の後、客は銅鑼の音によって席の準備が整ったことを知りますが、夜咄茶事では喚鐘を使用します。5つ鳴らす為、五点鐘(ごてんしょう)と呼びます。これは夜の陰に対して、甲高い音のする喚鐘で陽を対する為です。正午の茶事では昼の陽に対して銅鑼の陰ということになります。
茶道具 –銅鑼-
http://blog.goo.ne.jp/m-tamago/e/b216b2d2976342c3465d7f41b3f48d94
後座の床の間には石菖(せきしょう)という、サトイモ科の多年草を置くのが慣わしとされています。芝を長くしたような細い針状の葉の固まりが入った鉢が盆栽のように飾られているのです。石菖は灯火から出る油煙を吸収する働きがあるとされているそうです。
客は、席入りしたら、床の間の石菖を拝見し、続いて、点前座に飾られた水指と茶入、釜の様子を拝見し、席につきます。
後座では短檠のすずめ瓦の蓋の位置も油皿に移動します。これもまた初座の陰から後座の陽に変わる為に行うものです。
後座は水屋に入り、続き薄茶のお点前をさせて頂きました。大先輩の中での濃茶と薄茶、おいしく点てなくてはと緊張。
点前座に立つ時はいつもふーっと一息鎮めてから一歩を踏み出します。今回向かう先は短檠に照らし出され、優しいスポットライトが射しているようで、さながら舞台という感じ。一歩踏み出すと静かに幕があがったような気分になりました。
これまでに経験したことのない、ほの暗い中での点前。柄杓を構えた先にゆれる灯とたちのぼる湯気を見た時、ふっと力が抜け、なんとも和らいだ穏やかな気持ちになりました。濃茶のねり具合は暗くてよく見えないのですが、濃茶の香りが広がりました。茶筅の先についた濃茶の様子で、つぎ柄杓で湯を加えます。ほのほのと影のゆれる中、たぎる湯音と湯気の心地よい瞬間でした。
濃茶が終わると、亭主「時が移りますと夜も深け足元も危なくなりますので、このままお薄を差し上げたく存じます。」客、「ご配慮ありがとうございます。」
手あぶり、座布団、煙草盆、干菓子が運び出されます。
薄茶になると雰囲気は和気藹々と。水屋のメンバーも席に入り、点て出しはなしにして私が全員分を点て、ご自服で楽しく頂きました。
続いて諸道具の問答。濃茶入は武蔵野焼の蝋燭手、茶杓は太玄和尚作“埋火(うずみび)”、仕覆は小葵緞子、加賀蒔絵の早蕨棗。
茶道口に戻り、幕が下りました。
お客様もいいですが、機会あれば点前座に座ると全く違った風情を味わうことができます。続きお薄のお点前は自分なりに復習して臨みましたが、手燭の扱いも加わり、普段とは違った貴重な経験をさせて頂きました。先生と、若輩者の私にこのような機会を与えて下さった社中の先輩に感謝です。
おもわずそこに私まで参加しているかのよう、和蝋燭の揺らぎの世界に引き込まれてしまいました。
細かく書いてくださって、ありがとうございます。
私も来年はどこかで参加したいと、読みながらつよく思いました。
ゆっくりと味わう間もなく、でもまだ、和蝋燭の灯りと共に玉響の中に揺れてます。
又一つ素晴らしい貴重な体験を積まれましたね-☆ 先生のいらっしゃらない寂しさを凌ぐほどの、様々な勉強をなさった事でしょう。
残念ながら、私はまだ未経験ですが、表の夜咄茶事と流れは同じ様です。ただ、茶事で未だ銅鑼の音を聞いたことがなく、つまり小間単独の茶事の経験がないのです。表の迎え付けの合図も鳴り物ですが、銅鑼と喚鐘の区別は、小間と広間の違いと認識していました。小間は銅鑼を7点(大小大小中中大)、広間では喚鐘を5点(大小中中大)と打ちます。だから、たまごさんの
>これは夜の陰に対して、甲高い音のする喚鐘で陽を対する為です。正午の茶事では昼の陽に対して銅鑼の陰ということになります。
<の文章に出逢い、何とも心憎い光りと音のランデブー♪さながら素敵な空中散歩、宇宙遊泳。。
4時間の所要時間は妥当だと思いましたよ。観月茶会の折、日没が速い時期なのでPM5:00位から始め、やはり9;00近くまでかかっていましたもの。
>ほの暗い中での点前。柄杓を構えた先にゆれる灯とたちのぼる湯気を見た時、ふっと力が抜け、なんとも和らいだ穏やかな気持ちになりました。
<私も一度観月茶会の亭主をしましたので、たまごさんの舞台に上がった様なお気持ち、とても良く分かります。亭主の醍醐味も、ほんの僅かですが・・・^^。
長丁場、お疲れ様でした。そしてここまで丁寧に書いて下さって有難うございました。
雰囲気はばっちりですが、亭主となってほの暗い中での濃茶を点てるって難しそう~
ただでさえ緊張する場面、よほどお稽古積まないと難しそうですね。
うっかりお湯こぼしてしまいそうです…
拙い様子を読んで下さってありがとうございました。
私も来年また参加したいと思うほどの茶事でした。
昼間の茶事とは全く違って、本当に浮世を忘れという感じです。
お蔭様で本当に貴重な体験をさせて頂きました。
今度は先生も一緒に茶事をしたいです。
表千家では、銅鑼と喚鐘の区別は、小間と広間の違いなのですか。私もびっくり~。
違えば違うものですね。いつからそういう風に変わったんだろう。。。。玄々斎の頃からかしら?
>私も一度観月茶会の亭主をしましたので、たまごさんの舞台に上がった様なお気持ち、とても良く分かります。亭主の醍醐味も、ほんの僅かですが・・・^^。
そうでしたか。月光の下での点前というのも幽玄でしょうね~。うっとり。
こちらこそ長丁場おつきあい下さり、ありがとうございました。
夜の灯のもとでのお手前はやはり全く違う印象でした。
点前座は結構明るいのですが、お茶の練り加減は全くよくわからないです。お茶碗が黒楽だったら尚更見えないと思います。
でも、あの世界は癖になりそうです(笑)