4番バッターの話は、娘が不登校の頃に、ほぼ毎回カウンセラーさんに話を聞きました。
「この話したかちょっと覚えてないんですけど」
と前置きがあると
(きたな!4番バッター!)
と内心思っていました。
全ての人が4番バッターができるわけではない。レギュラーにもなれない子もいる。
それでも野球を続ける子がいるのはなぜかというと、野球が好きで楽しいからだ、というお話です。
そしてカウンセラーさんは、私に対して
子どもさんも、お母さんも頑張り屋さんですよね。何かができた時だけ自分を認めている。それは苦しいことです。
好きだからやる、というふうにシフトすると人生が楽しくなって生きやすくなります。
というようなことを言ってくださり、なるほどな〜と思ってました。
本当にこのカウンセラーさんが信用できたのは、私たちを変えよう、いい方向に早く導いて結果を出そう、というようなガツガツした感じが全く見受けられなかったのです。
今思うとさすがにお芝居だったのかもしれないけど、毎回4番バッター話をしたかどうか分からないほど、私との会話に執着がないんだなと笑
そんなほんわかしたカウンセラーさんに、娘さんの緊張が少しでも取れるといいですね、と言ってもらったことがすごく心に残っています。
娘が「今日は行けなかったけど月曜は学校行く!」「中学の見学会だけは絶対に行く!行かないとやばい!」などと言っていると、
「そっか、今度こそ行くんだなー」と一旦安心して、行けないとなると落ち込むを繰り返し疲れ切っていました。
カウンセラーさんはお母さんとしてはショックですよねーと共感してくださったあと、
「次は行く!」と高らかに宣言しているうちは、緊張してる状態だから行かないと思いますよ、とはっきりおっしゃいました。行けたとしても苦しいでしょう、と。学校に行く行かないに関わらず、気持ちがほっとして幸せを感じているかどうかが重要ですよ、と。
それで私の場合は、そっか、そうですよねとすっきりして、学校に行く宣言を聞いても期待しなくなったら落ち込むこともなくなっていった気がします。
とにかくこの子の緊張が取れるように、安心できるようにだけを考えるようになっていきました。
娘には「お母さんはどうせ私に学校行って欲しいんでしょ!」とよく怒られていたけど、学校が全てじゃないとその都度返しました。
先行き不透明。だけど学校だけじゃないからその道を探せばいいのかなと思ったりして構えていました。
学校に行くようになった今も、あの時学んだことは大切で、忘れないようにしたいです。
自主性を尊重することや、結果を出させようと頑張らせないこと、思うような結果が出なくても愛するということ、
忘れるとできないけど、だいぶ定着した気がします。娘には。
あらゆる物事人から自分の気持ちが自立できないときは、自分の思い通りでないとイライラしてその物事人を愛せないことが多々あります。
自分の思い通りに結果を出すべしという呪縛を解いて、シンプルに楽しさを選択していきたいな〜
本当にそうですね。みんなが、4番バッターには、なれません。なれなくて当たり前なんですよね。
ためになるお話、ありがとうございました😊