まさおレポート

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「カラマーゾフの兄弟」に見るイワンの原罪への反発と狂死 磔刑にあったキリストよりも清水宗治の切腹が身近に

2023-04-05 | 小説 カラマーゾフの兄弟

以下のメモはキリスト教と仏教のどちらが優れているかの比較論ではありません。

キリスト教は織田信長の頃より布教に努めてきたが日本国民の1%程度で圧倒的にマイナーな宗教にとどまっている。日本ほど布教のしにくい国はないとも伝え聞く。その理由を探る試みの一端を記したメモです。


日本人は人類一般に対しての贖罪で磔刑にあったキリストよりも例えば清水宗治の切腹の方が身近にピンとくるようだ。

キリストは誰も頼まないのに自ら贖罪で磔刑にあったが清水宗治は家臣の助命と引き換えに切腹した。人類一般に対しての贖罪という普遍概念は確かに崇高だがわたし自身にも共感はあるがやはり少し縁遠いように思う。源氏物語の病気退散の祈祷などがより身近に宗教を感じる国民性のようだ。

映画「ベンハー」でもキリストがらいの母を治すシーンがあるではないかとの反論もあるがあくまでも大括りした比較です。

毛利は安国寺恵瓊に黒田官兵衛のもとへ、備中・備後・美作・伯耆・出雲を、渡す代わりに清水宗治の命を助けてくれと和議を申し込んだが秀吉は拒む。宗治は、家臣の助命と引き換える旨の嘆願書を書き安国寺恵瓊に託し水上の舟において切腹した。「浮世をば 今こそ渡れ 武士の 名を高松の 苔に残して」

ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」に見るイワンの原罪への反発と狂死は日本人の多くはなかなかピンとこないのではなかろうか。ロシア人の暗鬱な原罪意識をめぐる物語であり、人類文学の最高傑作と言われているが夏目漱石が言うように多くの日本人のピンとくる文学ではなさそうだ。

村上春樹はドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」を自らの最高文学と称えているが氏の作品は暗鬱な原罪意識を父ごろしなどの神話に置き換えるなどで原罪を離れて成功していると思う。


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