まさおレポート

光の道構想の挫折

 

 

「なんだ、光ファイバーの販売が全然進んでいないじゃないか」と孫さんが会議ではっぱをかける。

「NTTがニューファミリータイプの小売4500円を出してきました。卸料金5074円にもかかわらず小売りの方が安いのです。これでは対抗できません」と担当幹部が苦しそうに応える。

「それって不当廉売で独禁法違反じゃないか。すぐ公取に訴えろ」と孫さんが指示する。

NTTの光ファイバを他事業者が卸で借り受けて自社サービスを展開しようとすると卸価格よりも小売価格が安い。これでは競争にならない。

この事件では公取より先に総務省が動いた。

2003年11月12日に総務省が顧客料金4500円は競争を阻害する私的独占としてNTTにFTTHの不当競争を行政指導する。

FTTH設備を共用して4500円と安価に提供するニューファミリータイプでは4顧客で共用することが前提の価格設定になっている。ところが多くのケースで1ユーザで占有の事例がみられるため、不当競争の恐れがあると行政指導したのだ。

ついで2003年12月4日には公正取引委員会が排除勧告をおこなう。NTT東日本が戸建て住宅向けBフレッツプラン「ニューファミリータイプ」で、月額料金4500円に設定した価格は競争を阻害する私的独占と判断し独占禁止法に基づく勧告を行ったのだ。

2003年12月15日にはNTT東が公正取引委員会の排除勧告に応じないことを発表。ニューファミリータイプが過渡期のために顧客が追い付いていないだけで意図的な設備構成ではないとの理由で、排除勧告に反論している。 

2004年2月25日にはNTT東に対する光ファイバー不当廉売の審判を公正取引委員会の審判廷で開始する。この日わたしは霞が関の合同庁舎まで出かけて傍聴した。

審判廷では、NTT東日本は複数の代理人弁護士が審査官の調査内容に真っ向から強い調子で反論していた。まるで米国映画の裁判シーンだ。審判員たちは内心やりすぎではと鼻白んだのではないか。

2007年になってようやく公取の審決が出る。しかしNTT東は東京高等裁判所へ審決取消訴訟を行っている。

2007年3月29日 公正取引委員会は2004年2月15日審判開始から3年後にようやく審判審決を行った。

主文の概要: 加入者光ファイバ設備を保有しない他の電気通信事業者が,被審人の加入者光ファイバ設備に接続して戸建て住宅向けFTTHサービス事業に参入することを困難にし,これを排除していたものと認めることができる。

被審人の行った本件排除行為は,市場支配的状態を維持し,強化する行為に当たり,東日本地区における戸建て住宅向けFTTHサービスの取引分野における競争を実質的に制限するものに該当するというべきである。

さらにNTTは審決取消訴訟を起こすのだが2009年5月29日には審決取消訴訟の判決が東京高裁で言い渡され、結果は、請求棄却でNTT東日本の敗訴となる。

さらにNTTは審決取り消しを求めた訴訟の上告を行うが2010年12月17日 NTT東日本が審決取り消しを求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷(千葉勝美裁判長)はNTT東側の上告を棄却した。

実に7年以上かけて決着を見たことになる。しかし7年もかかっているようでばIT産業において既に競争上の環境は変わっており、これでは公取審判は実質的に何の役にも立たないことになる。こうしたことも孫さんの光の道構想へとつながっていく。


2002年4月1日の改正ガイドラインでも電柱の添架工事を自前化する推進力にはなりえなかった。

そこで3年後に総務省総合通信基盤局総務課の鈴木課長(当時)が主催した「光引込線に係る電柱添架手続きの簡素化等に関する検討会」第1回会合(2005年5月18日)が開催された。

いかにして電柱借用の手続きを簡略化できるかを目指して開かれた研究会だ。2005年7月28日まで2か月をかけて6回に亘って集中的に議論された結果、手続き簡素化の提案と試行エリアでの試行実施が決まった。

そして試行エリアである東京都目黒区と大阪府豊中市で、日本テレコムとKDDI、東京電力、関西電力が参加した。

上記の試行における実証結果は、手続き簡素化により従来平均1ヶ月を要していた期間が、13営業日、約3週間に短縮されたことが報告されている。それなりに効果があったのだ。

さらに今まで見えなかった重要な事実が明らかになった。申込み側の線路設計(街の電柱のル-トを定める)から電力会社とのやり取りを踏まえて最終申請書が作成されるまでに平均1.5ヶ月も費やすということだ。

これはソフトバンクなど申込み事業者側にNTTや東京電力などの電柱ル-ト情報が無いことが主要因である。

つまり申込者側は電柱ル-ト地図を持たないためにおよそのル-トを現地で目視して推し量り東京電力などに提出し、誤りを指摘されては再び推測でル-トを書きあらためて、ふたたび・・・といった作業を繰り返していた。デ-タベースをもつ側と持たない側のあいだには大きなハンディキャップが横たわることを物語っている。

NTT東西や東京電力等の電柱ル-ト情報はセキュリティ保護上極めて重要なデ-タであることは事実で、セキュリティを確保した上で、他社で設計可能な情報のみを取り出す方法を考え出さなければならない。しかし現実はそうなってはいない。

ソフトバンク等申込者側で提出した推測ル-トが当を得ているかどうかの正誤判断だけではなく、誤っている場合には正解のル-トを返してもらえる配慮があれば、この平均1.5ヶ月もかかる期間の短縮が図られたのだが。


通信に利用している電柱の所有者としては、全国の電力会社の方がNTT東西よりも多く、日本全国3000万本の内60%を所有している。

NTT東西も電力会社から多くを借りている。電柱借用問題はNTT東西のみの問題ではなくむしろ比重は電力会社にある。しかし、電力会社各社は総務省の監督下にはなく経済産業省の主管になる。そのため総務省側としても縦割り行政の桎梏から抜け出せず、どうしても電力会社側にお願いベースになりがちであった。

その後総務省から発表された「競争促進プログラム2010」では電柱利用で一歩踏み込んだ提案を行っている。

経産省所管の電柱添架問題であっても総務省所管の紛争処理委員会でのあっせん・仲裁を認めると言及しているのがおおきな前進だった。


さる公聴会で孫さんは電柱国民財産論を和田社長にぶつけた。電柱添架のフラストレーションを電柱国民財産論から攻めようとしたのだ。

NTT持ち株会社の和田社長は「NTT電柱は株主のものだ」と反論した。いったん大蔵省に株券が渡った時点で、国民の税金による電柱財産は株券に形をかえ、国家(大蔵省)に入っている。

「株主のもの」も正当な主張だが、株主が大蔵省(当時)に保有されている事実と、特殊会社であるという2点からは大株主である国民保有も又正しい。異なった側面を両者はそれぞれ主張していることになる。

孫さんはNTT側の反論を承知の上でいつも議論を吹っかけている。和田社長の反論に追随して、延々とその法律的解釈を議論する気はさらさらない。要は国民の耳目を集めることが作戦だ。国民の関心が向かないと事態が解決しないことを熟知している孫さん流の戦術だ。

このころ麻生太郎氏が総務大臣で、通信事業者各社の社長が夕方からサロン的に集まりビールを片手に麻生太郎総務大臣とざっくばらんな意見交換会が持たれた。

わたしは参加者の中に和田社長をみつけ、孫さんにこの機会を利用して電柱国民財産論を議論してみたらどうかと勧めた。孫さんはその気になり機会を覗ったが見失って機会を逸したことを思い出している。

結局この闘いも効果を発揮しなかった。


上述のフラストレーションを一気に解消するには「光の道構想」の実現しかない。時は2009年で民主党政権下であり、元民主党議員の嶋社長室長や彼の元僚友の原口総務大臣の布陣は孫さんにとって一見力強いものに見えたに違いない。

孫さんは「光の道構想」で電柱管理、線路管理、局舎管理を完全にNTTから引き離して地域通信インフラを新たなアクセス会社に任せるべきだとの主張をする。

2009年に孫正義氏が「光の道構想」に熱心に取り組んだのは理由が二つある。

一つはMDFと呼ばれるNTT内の配線盤とADSL装置を接続する工事料金の低減であり、他は電柱に光ファイバーを敷設する自由度を高めるためだ。これが手に入れば本気で工事会社を起こして日本中に光ファイバーを敷設し、既に買収済みの日本テレコムをテコにして固定電話シェアを根こそぎ奪う構想を持っていた。しかしこの構想はソフトバンク案が研究会で却下され頓挫する。

光の道構想の孫正義提案は町田徹氏から手厳しい批判を浴びた。3兆円を超える資産を1兆7000万円特別損失として処理することや早々に債務超過に陥る会社構想に疑問を投げかけられた。そうなれば、結果としてソフトバンクの儲けのために公的資金を投入したとの批判を免れまいとの指摘だ。

町田徹氏の批判を詳しく眺めてみる。

①町田徹氏は「光の道」構想を検討する「グロ-バル時代におけるICT政策に関するタスクフォ-ス」のメンバ-で2009年10月30日に第一回会合が持たれている。

②孫正義氏の「税金ゼロ」で整備する方策を提案する「光の道の実現に向けて」という意見書に対して<「綱渡り」あるいは、「アクロバット」としか呼べない乱暴な戦略>と批判する。その根拠は以下の通り。

③保有する従来型のメタル回線の通信網をすべて5年以内に撤去し、光ファイバ網に置き換えるとし、新たな投資資金、約2兆5000億円の資金が必要だが、民間調達が可能とする。しかしこの案を町田氏は次に示すように無謀だと批判している。

④ソフトバンク資料の「アクセス回線会社:当期利益」では初年度に巨額の特別損失1兆7501億円を計上する計画だが5年間の当期利益の累積は9808億円と特別損失の6割相当分さえ回収できない。これは一括償却をやらなければ、アクセス回線会社は毎年、巨額の赤字を計上するという見積もりに他ならない。

このような危険な提案に「戦時下の共産主義国家か全体主義国家ではあるまいし、こんなことをなんの補償もなしに、民間企業に強要する国家戦略など論外である」と手厳しい批判がなされる。

⑤ ④の批判が骨子であるがさらに補足的にハイリスク・ハイリタ-ンのソフトバンク株と、安定配当を期待されるNTT株では、株主が期待する経営手法も異なっているとし、次の批判を重ねる。

・債務超過になった時点で、ただちに第2部市場への降格処分を受けることになる。もし、アクセス会社が翌年度中に債務超過を解消できなければ、上場そのものの廃止に追い込まれてしまう。

・ソフトバンクグル-プ幹部に取材したところ、「プライベ-トエクイティからの資金導入は可能だ」との反論が戻ってきた。資金の出し手が不明なプライベ-トエクイティの資金を導入するのはリスクが大きい。

・日本の安全保障の根幹に大きな影響を及ぼしかねないアクセス回線会社の議論は、決して、ソフトバンクのボ-ダホン買収と同列で論じるレベルの問題ではない。

・ソフトバンクの資料 149ぺ-ジの「アクセス回線会社:年度末回線数」の注釈に、「光の道」構想における光ファイバ網の整備対象回線数を「4900万世帯+事業用1300万回線=6200万回線」としたうえで、4900万世帯の90%と、事業用の1300万回線すべてを、アクセス回線会社が抑えるという前提が記載されており、アクセス回線会社の売り上げはその前提に基づいて算出されている。

しかしNTTが4月にタスクフォ-スに提出した資料をみると、現在のブロ-ドバンド網(全国で3163万契約、ADSL含む)におけるNTTの回線シェアは7割程度であり計画が楽観的すぎる。

・楽観的で危険な計画に立って光ファイバ回線の接続料を従来のメタルと同水準、1400円程度と格安に設定するように求めているが、これはアクセス回線会社が破綻して、そのツケを公的資金で埋めなければならなくなるリスクが大きい。

そうなれば、結果としてソフトバンクの儲けのために公的資金を投入したとの批判を免れまい。「現代ビジネス 町田徹氏掲載より」 

かくして町田徹氏にこてんぱんにやられて光の道構想は挫折した。

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