まさおレポート

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バリ島奇譚 霊能者テレサ (フィクション)

2021-06-27 | バリ島 不思議な話・死後の世界・輪廻・自己とは

バリの滞在中に出会い、わが一家と薄くない関係を持ったテレサの話をしたい。

滞在中にベビーシッターが必要になり探していたところ紹介されてお願いすることになった。30代のジャカルタ生まれでジャワ人だ。

ジャカルタの大学で秘書学科を終え、ングラ・ライ空港関連会社の社員を経た経験をもっている。ベビーの世話や連れ合いの仕事のアシスタントそれに家政婦役を手伝ってくれることになった。

彼女はベビーシッターと云われるよりアシスタントとして雇用してほしいと言った。「なんら問題ないよ」そう答えて彼女との5年にわたる雇用がはじまった。

我が家にテレサがやって来た当初は彼女が霊能者であることを知らなかった。「私は霊能者です」と自己紹介する応募者もいないだろう、知らなくて当然だが。

我が家で仕事を始めてひと月ほど経ち、慣れてきたころ彼女はソファでくつろぎながら自らの生い立ちを語りだした。

「父はインドネシア人で母はオランダ人です。父は厳格なムスリムで母はクリスチャンです。わたしは幼い時にキリストのビジョンを見ました。両親に話したらひどく叱られました。ムスリムの父には耐えられないことだったのでしょう」

わたしはココナツのジュースを実から直接ストローで飲みながら話を聞いている。

「それからわたしは子供のころから人の亡くなることがわかるようになりました。知り合いの顔をみただけで、ああ、この人はまもなく亡くなるなとわかるのです。それで怖くなって母に言いました。6歳ころだったと思います。母はそんな事は絶対に人に行ってはいけないよときつく言われました」

「そういう話はたまに聞いたり読んだりするよ。日本にもそういう能力を持っていると言われる人が何人かいる」

それまでこの種の話を頭ごなしに否定されてきたテレサは少し安心したように見えた。


ベビーもテレサになつき、料理もうまく家事が回転しだした。問題はテレサと周りのバリ人とのコミュニケーションで、ときどきハラハラさせられた。

ベビーを抱っこしていてバリ人がうっかりぶつかったときなどは猛烈な剣幕で注意していた。わざとじゃないんだからそこまで言わなくても、と思うぐらいに。

テレサはどうもバリ人を信頼していないようなのだ。ビラのスタッフがベビーをスタッフルームに連れ出して遊んでくれることがある。テレサがあるときわたしに言った。

「マサオ 彼らはベビーによからぬ言葉を教えているよ。テレサはバカとか卑猥なバリ語を。わたしがバリ語を知らないと思ってしゃべっているけどわたしはわかるの あのスタッフを信じちゃだめよ」

ジャワ出身者とバリ人が仲がわるいのは有名で、わたしはそろそろ始まったかと聞き流していた。

ジャワ人同士でも反目しがちだった。我が家のマッサージはアユという60歳の女性にお願いしている。この女性がテレサにマジックをかけるとわたしに告げたときには笑ってしまった。

「そんなばかな」

「おなかから釘などが出てきた。アユがわたしにマジックをつかったのよ」

わたしはあきれてそれ以上聞かなかった。

バリ人の友人バグースはときどき我が家に遊びにくる。テレサの左腕の傷跡をみてわたしに言った。

「マサオ テレサはこれをやってるよ」手でカットするしぐさをした。リストカットの経験があるといいたいのだ。「バリ人でそんなことする女性はいないよ」

わたしは「またジャワとバリの反目がはじまった」と聞き流している。

しかしテレサの「あのスタッフを信じちゃだめよ」が的を得ていたことを知ることになる。

数日後に家族とテレサが連れ立って外出している20分の間に、誰かが部屋に侵入していた。なぜ侵入していることがわかったのかと聞くと、出かける前に置いたノートの上に、部屋の合い鍵が残されていたからだ。

ビラのスタッフに「誰か部屋に入ったか」と聞いたところ、入っていないという。次に「部屋の鍵はもっているのか」と聞くと、持っていないという。つまり、知り合いの彼しか部屋の鍵を持っていないという。何回きいても、鍵は彼のもっている1つしかないと主張する。他のスペアは過去に紛失してないのだと言う。なにか問題があるのかと聞くので、鍵が合ったと言うことはその場では言わずに、部屋に帰ってビラのマネージャに連絡した。

マネージャが来るまでの間に、このスタッフは、ノックもせずに彼の部屋の前の庭に入ってきて部屋の中を伺った。

マネージャがやってきたが、彼も部屋の鍵は一つしかないと繰り返す。まことにおかしな話だが、論理的に考えると、この20分の間に入れるのは、スタッフしかいない。置き忘れた鍵は、コピーではなくオリジナルで、何かの意図で、紛失したことにして隠し持っていたと思われる。出来心で侵入したというより、かねてから、その鍵で何度も侵入を繰り返していたことが伺える。

机の中の財布などはそのままだったというが、中身がいくらあったかまでは覚えていないので、いくらか抜かれていても気がつかない。はっきりと盗まれたと言えないのだが、侵入しているのは確かだ。

スタッフなのだから点検の為に入ったと言えばそれで一応の説明にはなる(実はならないのだが。このスタッフは入るときに必ず、了承を得て入ってくる習慣があるので、よほど緊急事態でも無い限り、苦しいいい訳になる)のだが、キーを密かに隠し持っていたことが発覚するので部屋に入ったことを否定するのだろう。

事が事だけに、ビラのオーナーにも連絡して説明した。ところが、このオーナー氏いわく、今までないとされていたキーが突如、部屋の中に置き忘れていた事に対して、腰を抜かすほど、とんでもない事を言った。

「マサオ それはマジックだよ」と真顔で答えた。あっけにとられていると、オーナーは自らの紛失体験をとうとうとしゃべりだし、「ここはバリだから、マジックはあるのだ」

と断定した。つまり、マジックでどこからともなく、過去に紛失したと思われていたキーが部屋に飛んできたのか現出したのか、とにかくそのノートの上に現れたという。

わたしはそれを聞いてスミニャックからサヌールにビラを移ることにした。


そのころ日本では千葉で英会話女性教師が殺害された事件で市橋容疑者が逃亡し、警察は探索に躍起になっていた。そして逃亡先がニュースで話題になっていた。

事件を話したのちに日本地図を見せて

「イチハシはどこにいると思う」

「ここじゃないかな」

日本地図で指し示した場所は大阪湾を指していた。その後市橋は大阪港のフェリー乗り場で捕まったことを知った。

大阪湾はちょうど日本列島の真ん中あたり位置していて、疑ってかかればあてずっぽうでもそのあたりに指が動きやすい。しかしわたしはなかなかの能力ではないかと評価した。

もっとも金儲けになるとまったく当たらないこともわかった。手始めにサッカーくじで能力が発揮できるか試みたが全く駄目だった。

次に株の上がり下がりのビジョンを見ることができるか。テレサのビジョンが的を得ていればテレサは大金持ちになると冗談半分でいったら乗ってきた。

「どう予測すればいいの。やりかたを教えてほしい」

「株式のチャートを渡すから明日のカーブがどう伸びるか予測して朝の8時までに教えてほしい」

バリの8時は日本時間の9時で株式が始まる時間だ。

「マサオ わたしは今晩は禁煙していたタバコを吸う。ビジョンを招くにはちょっとした準備がいるの」

その夜は彼女のビラのテラスでタバコを吸いながら真剣に祈った。翌日の朝彼女はグラフらしいものがメモ書きされた紙切れをわたしに手渡した。

その日の株のチャートとテレサの紙切れメモは一言でいえばはずれだった。一回では判断がつかないので3回やってもらったがいずれもぴんと来ない結果だった。

そのことをテレサに説明すると

「マサオ なぜ金のことばかり関心をもつのか。もっと大切なことがあるだろう」

とお説教をもらった。わたしは反省した。欲の張った霊能は成り立たないと日本で聞いたことがある。浄化された気持ちでこそ霊能も働くのだと納得した。

「ごめんテレサ もうこの類のことはしないから許してほしい」

「霊能者はそれぞれ得意分野があるのよ。わたしはブラックマジックに対抗するホワイトマジックが専門で、それに不妊治療も専門分野よ。専門以外のことは見えないことが多い。できることならなんでも言ってみて」

「じゃあ この間から全体になにかのアレルギーが出ている。赤い発疹がみえるだろう。痒くてたまらない。なんとかできないか」

テレサはペットボトルを一本手に持ちなにやらぶつぶつと唱えている。

「マサオ これを飲んでみて」

「さっきのミネラルウォーターだけど」

「わたしが祈りを込めた。きっとその発疹はなおるから」

ミネラルウォーターを飲んで1時間経った。わたしの発疹は消えていた。

「ありがとう テレサ 治ったよ」

「神様へお礼しなきゃ 卵を3個もらっていいかしら」


テレサの霊能力は彼女自身も持て余すことがある。

先日、このテレサに会ったところ、なにやら憂鬱な顔をしている。どうやら、ある男が病院のベッドで横たわり、点滴を受けているところをビジョン(幻視)でみた。翌日その通りになったというので、ものすごいストレスなのだという。ある男の入院は私も予知後に見舞いにいったので事実だと確認した。

あるときはテレサは昨夜大洋の魚が大量に死亡する夢を見たと言って怯えている。とにかく彼女の予知はバラエティーに富んでいる。例えば

「マサオ 地球に大きな物体が近づいてくるのが見える」

「それは星なの、あるいはUFOか」

「そこまではわからないが、怖くてストレスになるの」と繰り返して言う。惑星衝突のビジョンでもみているのかもしれない。

「それからね、自分でも驚いているんだけどアメリカ大陸に断層というのか、裂けていくビジョンが見えるの」

「そこまでいくと妄想じゃないのかな」

「2006年5月27日にジャワ島で発生した大地震をその前にも裂け目がみえたの。同様の事が起きるのかとすごいストレスなの」

これを聞いてわたしはつくずく霊能力などない方がハッピーに生きていけると思った。


テレサのトンデモな話にも耳を傾けるのはそれまでにいろいろ不思議なお話を聞いていたから。バリに滞在していると霊能者のうわさ話はしょっちゅう見聞きすることになる。

マッサージ師のアユは母の死後に自分の身元をしらせずにバリアンに母のあの世からの伝言を聞きたくて相談した。

生前に母がアユをピピと呼んでいた。そのバリアンには初対面でそのことを知らせていない。バリアンはピピとアユを呼んだ。そして「ピピ、近くにおいで。サヌールよりもシンガラジャに帰りたい」

バリアンは母がシンガラジャ出身だとも知らない。

「ピピ、セダップマラムを買ってきて、私の傍に置いてほしい」アユの母は部屋にセダップマラムを置くのを好み、いつも部屋にはよい香りがしていた。アユは母の棺にセダップマラムを入れたという。


こういった霊能者はそれぞれ得意分野があり、テレサはブラックマジックに対抗するホワイトマジック、それも不妊治療が専門分野だそうだ。従って、ビジネスの予測はあまり当てにならない。当たるも八卦、当たらぬも八卦とは、こういう予知能力者には適切な言葉であると思う。

なにも全くあてにならないと言っているのではない。おおまかな方向性は予知できても、諸般の事情でその結果は変わることがあるとのことを言っているのだ。ある日本人女性もテレサの不妊治療を受けたがその後彼女が妊娠したとは聞かないので効果は無かったことになる。

先日、テレサに会ったところ、なにやら憂鬱な顔をしている。どうやら、ある男が病院のベッドで横たわり、点滴を受けているところをビジョン(幻視)でみた。

翌日その通りになったというので、ものすごいストレスなのだという。わたしの知り合いでもあったので入院先は私も見舞いにいった。本当のことだが、予知をしたというのは、話を信じるかどうかによる。


彼女はときおり信じられない話をする。地球に大きな物体が近づいてくるのが見えるという。それは星なのか、UFO的なものかと尋ねると、そこまではわからないが、怖くてストレスになると繰り返し言う。惑星衝突のビジョンでもみているのかもしれない。

つぎに、アメリカ大陸に断層というのか、裂けていくビジョンが見えて怖いという。かつてジャワ島の地震の前にも、裂け目がみえたので、同様の事が起きるのかと、これもストレスなのだという。

つくずく霊能力あるいは予知能力などない方がハッピーだと述懐していた。この思いはよく理解できる。こんな能力をもし授けられたらどうなるのだろう。能力に感謝できるかと自問自答しても明快な回答はでてこなかった。


「家政婦は東南アジア女性が多いのですが、彼女たちへの虐待や性的暴行などが後を絶ちません」サウジアラビアについての記事

これをみたテレサから驚くべきことを聞いた。

テレサはそれまでの笑顔が消え嫌悪と恐怖の表情に変わった。テレサはジャカルタ出身の女性だ。かつて友人が中東にお手伝いとして出稼ぎにいった、そしてその家の男性にレイプされ膣が裂けて死亡したという極め付きの悲惨な話をしてくれた。

テレサの話は稀におきる気の毒な事件だとそのときは考えたが、記事の「彼女たちへの虐待や性的暴行などが後を絶ちません」ということになると単なる偶発的な事件あるいは偏見として片付けられない問題を含んでいるようだ。

根拠のあいまいな人種的偏見はこのような事件が積み重なって形作られる、つまりこのようなことをしでかす男は自らの民族の誇りに対して暴行を働いているということになる。


テレサは頭がよくなんでも気が利く。しかし時にはとんでもないことをしでかす。

ご飯を炊くときに一切れの昆布を入れて炊くとうま味がでる。日本にいるときには味噌汁のだしにも昆布を使う。ご飯を炊くときにまで入れるとヨードの取りすぎになるので入れていなかった。バリでは味噌汁を滅多に作らないのであるとき思い立ってご飯に入れて炊くことにした。

テレサにその旨伝えておいた。炊きあがったご飯には昆布が入っているのでそれで安心していたのだが、ある夜、はっとひらめくものがあった。ひょっとして昆布を洗って入れているのでは無かろうか。翌日テレサに尋ねてみると、やはりごしごし洗って入れていた。あーあ、これじゃあ昆布のうま味成分を全部洗い流したカスを煮ているようなものではないか。

洗ってはいけないと教えると怪訝な顔をしている。説明するとわかったみたいだが、どの程度の理解かはわからない。次の日はテレサが別のハウスキーパーにご飯を昆布を入れて炊くように教えた。

みるとハウスキーパーさんも同じように昆布をきれいに洗い上げている。再び、あらってはうま味がなくなると教える。やはり怪訝な顔をしている。注意してもなんのことかわからないだろうなとあきらめた。


バリのブラックマジックについて、その動機をバリ人に話を聞いてみると、今まで聴いたバリ人3人とも、その動機はジェラシーと応える。なにかの恨みかと予想していたのだが意外だった。

この言葉で、すぐさま男女の嫉妬かと早合点するが、多くの場合、実は違う。例えば隣人が新しい家を建てたから、近所の誰かが嫉妬でマジックをかけた、かけられたと言う話を2回聞いた。このあたりのマジック=呪い事情はだいぶ日本と違う。

日本だと子の刻に頭にろうそくを立てて、神社の木にわら人形を打ち付けるシーンがポピュラーだが、大抵男女問題のからんだ恨みが動機だろう。それがバリでは、近所で家を新築しただけで、ときととして(滅多にはないことのようだが)嫉妬の対象になる。ところ代わればマジックの種類も変わる。

この話をテレサにすると、嫉妬されるほどの家でなくても、そう思いたがることもあると笑っていた。なるほど、見栄でマジックをかけられたと思う心情がありそうだ。もてていると勘違いしている男がなにかの事情で病気になったときに、「だれか他の男が俺の事を嫉妬して、マジックをかけた」と思いたがる気持ちは確かにありそうで面白い。


他の国にも嫉妬でマジックをかける国は多そうだ。モロッコにも邪視と称する、いわばブラックマジックがあり、他人の成功や裕福ぶりを妬むという話を聞いた。それを防ぐためにヘンナという植物性の染料で手の甲などに入れ墨をする。

南米のアマゾン地域の原住民にもそういった話はある。コリン・ウィルソンの著作にも、白人の雇い主が、解雇されると勘違いしたメイドからマジックをかけられる話が紹介されている。この場合もやはり、白人の下着がメイドに持ち去られて、かけられたことが判明したという。そして、ホワイトマジックで快癒したという。

インドネシアとアマゾン、こんなに離れていても、ほぼ同類の文化が存在する。マラリアの薬も南米と同様、植物から作るという。

日本には人を呪わば穴二つ」ということわざがある。人を呪う=人にマジックをかけると、その影響は我が身にもブーメランのように戻ってくるということで、いかにもバランスのとれた言葉で気にいっている。しかしテレサに聴いてみたが、どうもそのような考え方はなさそうだ。日本特有の考え方かもしれない。しかし、よくよく聞いてみると、似ている点もある。

マジックをかけた方のパワーよりも、防御側のパワーが強いと、かけた方にダメージを受けるという話も聞いた。この考え方など、似ていると云えば似ている。


仕事の関係でテレサの住居へ向かう途中のこと

「あれが日本人女性が殺された場所ですよ」

通り道からすこし離れた原っぱの一軒家を指さした。その事件のせいか陰気な原っぱの陰気な一軒家に見えた。さぞ無念だったろうと合掌してその場をさった。

車のなかでテレサに

「インドネシアにはどんな犯罪が多いの」と聞いてみた。

「学生の頃、ジャカルタでは恐喝に合ったことがある。路地でナイフで脅かされたが、大声で叫んだら逃げていったよ」

テレサは度胸があるのだろう。あるいはジャカルタでは恐喝などは日常茶飯事で慣れているのかもしれない。

「ジャカルタでは催眠強盗が今はやっているよ。バリでもときおりある」
「催眠強盗!なにそれ」
「親しげに近づいてくるの。やあ!お久しぶりなどと言って。果て誰だろうといぶかっていると、肩を挨拶代わりのようにぱんぱんと3回叩かれるの。それだけで気を失い、気がついたら金目のものを獲られている」
「信じられないね。そんなの聞いたこと無いよ。結構いろんな本や新聞それにインタネットを見てるけど催眠術強盗なんて小説でも聞いたことがない」

米国でもターバンを巻いた男が話しかけてきて目を見てしゃべっている内に術にはまってしまい、術中に現金を渡していたという。
その催眠術強盗の被害に遭わないためには相手が肩を叩いたらそれ以上の力で相手の手でも叩き返せばよいという。

「肩を叩かれ、それでパワーを受ける。パワーを受けたらたたき返してパワーを返してしまうの」

インドネシア・バリは白魔術・黒魔術が日常生活でごく普通に語られ信じられているお国柄で、ここでそんな話を聞くと説得力がある。

さらに信じられない犯罪事例が続く。
「名刺強盗がある」
「今なんて云った?」
「名刺強盗といって、たとえばレストランなんかで隣り合わせになり二言三言話をしたら去り際に名刺を渡される。何げなく受け取るのが普通でしょ。そしたら受け取って数分後には眠ってしまうの」

「ちょっと信じられないなあ。名刺に薬物が何か付いているの?」
「なぜ眠ってしまうのかはよくしらない。でも名刺強盗はインドネシアの人はたいてい知っているよ」

いよいよ不思議な土地柄だ。


テレサがジャカルタからバリ島にやってきたのは2005年の10月3日のことで、この年10月1日にバリ島でテロが起き、それでバリ島にやってきたという。
なぜテロ事件と彼女がバリにやってきたことが関係するのだろう。

ブラックマジック(黒魔術)を取り除く術、つまりホワイトマジックを操れるものはドゥクンと呼ばれる。バリ警察が彼や彼女たちをテロ事件の解明のために集めているという噂をドウクン仲間から聞きつけてバリにやってきたのだという。

オーストラリアの著名な霊能者が2005年10月21日と11月10日に自爆テロが起きる危険性があると指摘した。特に10月21日はサヌールが危ないと具体的な地名をあげて予言した。そんな予言がたちまちバリ中に流がれる土壌なのだ。

テロ事件の解明のためにバリ警察がドゥクンをジャワから集めるという話も信憑性を帯びてくる。日頃から捜査に協力している歴史があるというのだ。

村長、議員、歴代大統領などの有力者たちもドゥクンを身近に置いていると言われる。ある女性のドゥクンはジャワ島ボゴール近くの出身で長くバリに住んでいるが2005年10月21日自爆テロの直後に警察から呼び出されたと述べる。

多くのドゥクンが集められていて捜査にに強力するように依頼されたとのことだ。ドゥクンのアドバイスで、自爆犯が犯行直前まで住んでいたデンパサールの安アパートを急襲したがすでに誰も住んでいなかったとの詳細な話までが付け加えられていた。

テレサはバリで霊能者としての仕事も増えた。彼女のもとへジャカルタから相談にくるクライアントもかなりいると話した。我が家の仕事が終わったあとや休日に依頼を受けるそうだ。


テレサはわたしたちのビジネスにも貢献してくれた。我が家のアシスタントからビジネスマネージャーを任せる立場に変わった。

ビラのプールサイドでそのことを告げると「マサオ ありがとう。感謝します」と目に涙を浮かべて喜んでいた。

工房を探し、職人を集めて管理するなどマネージャーとしての能力も十分に発揮した。

数か月すると職人からよからぬ噂が聞えてきた。給料が遅延することが多いと苦情がきたのだ。

職人は我が家のビラにきて訴えた。

「われわれには給料を払ってくれないのに、テレサは男と一緒に毎日出前をとり、男の家族をジャカルタから呼んで散在している。このままでは馬鹿らしくて働けない」

テレサを信頼していたので職人の話だけを聞くわけにはいかない。しばらく様子をみることにした。

わたしは日本に一時帰国することになった。帰りの便をガルーダから日本航空に変更したので既に購入したガルーダ便のチケットを払い戻す手続きをテレサに依頼した。しかしこれが間違いだったことに後で気が付くことになる。


日本からバリに戻りテレサに航空チケットの払い戻しはまだかと聞いた。

「今、手続き中で申し越しかかる」

7万5千円のチケット代は大きい。何回もまだかと尋ねるがまだ処理中だと答えるのでわたしも疑いが起きた。

「テレサ この間から何回も聞いたがいつも処理中と答えるが。ガルーダの担当者に電話してわたしに代わって欲しい。確認するから」

そういうと顔色が変わった。「やはりおかしいな」と思いながらテレサを眺めているとガルーダの担当者とインドネシア語で事前に話を合わせてくれと頼んでいるように思えた。わたしはインドネシア語は少ししかわからない。しかし顔色をみていると感が働く。

ガルーダ担当者は「ただいま処理中でございます。もう少しお待ちください」と言った。

「もうすでに3週間たつが。信用できないので今からガルーダオフィスに行って確認するが」そういうと相手はテレサに代わってくれという。さすがにテレサに話を合わせると自分の身が危なくなると思ったのだろう。

電話に変わった後にテレサは払い戻し金を手にしたが仕事の資金繰りのために使ってしまったと述べた。必ず返すからとも繰り返した。

「テレサ もうこんなことになったら仕事を一緒にやっていくことはできないね。払い戻し金はもういいよ。信頼していたのに。一番悲しいのはわたしだよ」


既に長い年月が経ち、わたしの心情も変化している。バリの地で日本の倫理観を性急に求めたことに一片の悔いが芽生えている。もしも再会することがあったならそのことを伝えたい。


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