読売歌壇9月5日
1昨日、9月5日2時過ぎに私は万座高原に着いた。標高1800mの高原の真昼に気温が21度。ホテルのフロントの方から「よろしかったらお読みください」と読売朝刊を手渡された。開けば憧れの歌人が並ぶ読売歌壇。選者4人が第1席に選んでいる作品をまず読む。
<岡野弘彦選>
♥ 老い母をなだめて父の墓参りつくつく法師なきやまぬなり
川西市 越智照雄
「選者評」 上の句に特色がある。亡きき夫になおこだわりを持つ老母をなだめての、父の墓参りというところに作者の配慮と人柄が思われる。お盆らしい配慮がうかがわれる歌。
<小池光選>
♥ 白き靴ヨットのやうに干してありすだれの路地の夏の夕ぐれ
大分市 阿南尚子
「選者評」 洗った運動靴の真っ白さが印象的。「ヨットのように」という比喩が大胆で、精彩がある。路地裏になつかしい夏のおとずれ。スナップショット風の佳品だ。
<栗木京子選> 、
♥ 「行く先は?」「ベトナムです」と業者言う春雨の朝ピアノ見送る
富岡市 宮前咲恵
「選者評」 手放すことになったピアノ。業者を介して遠くベトナムまで運ばれてゆく。まるで家族の旅立ちを見送るようだ。「春雨の朝」という情景が、気持ちに彩りを添えている。
<俵 万智選>
♥ 点々と公園の土黒くして塗り尽くすころ夏の雨やむ
仙台市 岩間啓二
「選者評」 ぽつぽつと雨が降り出し、ほどよきところで上がってゆく。夏の夕立の様子が土の色の変化のみで、的確にとらえられている。視覚と時間感覚の重ね合わせも巧みだ。
読売歌壇は朝日歌壇のように共選ではない。投稿する際に作者は選者を指定する。そのためか入選作品は朝日とひと味違うような気がする。或いは標高1800mのやや肌寒い高原で読む短歌はやや異なる味がするのか。手を伸ばせば掴めめそうな浮き雲の広がる窓辺で、久しぶりに読売歌壇を読んだ。1昨日の午後。温かい珈琲を飲みながら。
9月7日 松井多絵子