
列王記下23章
22章からの続きで、ヨシアの宗教改革が1~30節まで記されている。適切な比喩ではないが、打ち上げ花火で言えば、ヨシアは列王記の歴史で南ユダ最後に見事に輝いた善王であった。
25節にヨシア王在位についての評価が出ているが、それは神殿の壁から発見した律法の言葉を忠実に実行したことにある。
その具体的なことが2~3節に以下三点示されている。
第一「主の御前で契約を結ぶ」
第二「主に従って歩み、心を尽くし、魂を尽くして主の戒めと定めと掟を守り」
第三「この書に記されているこの契約の言葉を実行する」
この実行のために、エルサレム神殿から様々な偶像類を一掃した(4節)。更にユダの町々、エルサレム周辺にある偶像をエルサレムの東「キドロンの谷」で砕き焼き尽くした(5~6節)。神殿男娼の家も取り壊した(7節)。
地方にある「聖なる高台」のすべてを廃絶(8~9節。モレクの祭壇(10節)、天体礼拝の祭具(11節)、ソロモンが持ち込んだ偶像(13~14節)、ベテルとヤロブアムが造った祭壇(15節)、既に国として滅んでいたサマリアの町まで改革の手を伸ばして神殿を破壊した(19~20節)。
21~22節でヨシアはすべての民に、各々が守っていた過越祭を申命記にある通りに守るよう命じ(16章1~8節see)、エルサレム神殿でも過越祭を祝った(23節)。
28~30節にはヨシアの最後のことが記されるが、エジプトが勢力拡大を試みてアッシリア遠征をした時、メギドでエジプト軍と対戦し敗れて死んだ(BC609年)。
その後「国の民」(アム・ハーレツ)はヨシアの遺志を継ぐヨアハズを次期の王としたが、父のようではなかった(31~35節)。彼はエジプトに連れて行かれ3ヶ月後死に、兄のヨアキムが王として立てられている(36~37節)。
宗教改革の精神はエレミヤ4章2節
「立ち帰れ、イスラエルよ」と
主は言われる。「わたしのもとに立ち帰れ。
呪うべきものをわたしの前から捨て去れ。
そうすれば、再び迷い出ることはない。」
22章からの続きで、ヨシアの宗教改革が1~30節まで記されている。適切な比喩ではないが、打ち上げ花火で言えば、ヨシアは列王記の歴史で南ユダ最後に見事に輝いた善王であった。
25節にヨシア王在位についての評価が出ているが、それは神殿の壁から発見した律法の言葉を忠実に実行したことにある。
その具体的なことが2~3節に以下三点示されている。
第一「主の御前で契約を結ぶ」
第二「主に従って歩み、心を尽くし、魂を尽くして主の戒めと定めと掟を守り」
第三「この書に記されているこの契約の言葉を実行する」
この実行のために、エルサレム神殿から様々な偶像類を一掃した(4節)。更にユダの町々、エルサレム周辺にある偶像をエルサレムの東「キドロンの谷」で砕き焼き尽くした(5~6節)。神殿男娼の家も取り壊した(7節)。
地方にある「聖なる高台」のすべてを廃絶(8~9節。モレクの祭壇(10節)、天体礼拝の祭具(11節)、ソロモンが持ち込んだ偶像(13~14節)、ベテルとヤロブアムが造った祭壇(15節)、既に国として滅んでいたサマリアの町まで改革の手を伸ばして神殿を破壊した(19~20節)。
21~22節でヨシアはすべての民に、各々が守っていた過越祭を申命記にある通りに守るよう命じ(16章1~8節see)、エルサレム神殿でも過越祭を祝った(23節)。
28~30節にはヨシアの最後のことが記されるが、エジプトが勢力拡大を試みてアッシリア遠征をした時、メギドでエジプト軍と対戦し敗れて死んだ(BC609年)。
その後「国の民」(アム・ハーレツ)はヨシアの遺志を継ぐヨアハズを次期の王としたが、父のようではなかった(31~35節)。彼はエジプトに連れて行かれ3ヶ月後死に、兄のヨアキムが王として立てられている(36~37節)。
宗教改革の精神はエレミヤ4章2節
「立ち帰れ、イスラエルよ」と
主は言われる。「わたしのもとに立ち帰れ。
呪うべきものをわたしの前から捨て去れ。
そうすれば、再び迷い出ることはない。」