ぼうぼうに伸びた樹木と、雑草と格闘しながらも、必死に作品作りに精を出しております。
ひょんなことから日展の申込書が届き(自分で無意識に取り寄せた笑)、「これもなにかの縁、一丁やったるか」と、生まれて初めて自分の彫った篆刻印を公募展に出品しよう、と言う気になったのです。何かに入選したり賞を貰うことが目的ではなく、今までやったことが無いことにチャレンジしよう、(年寄りの冷や水とも言いますが)という趣旨でありました。
日展は、日本最高峰の芸術の祭り・登竜門で、美術書道など芸術を長く続けた、もっとも上澄みに居る芸術家さんたちが作品を出すのですから、ワタシなどは全く縁もゆかりもない「高嶺の花」といった公募展であります。お金さえ払えば、誰でも出品は出来ますが、わずか10%以内の入選率ですから、気鋭の芸術家さんや将来性豊かな社中のホープ、あるいはすでに弟子を取っているような各種先生方ですらなかなか選に入るのも困難です。ましてや、なんの実績もない素人で我流で彫っているおじさんが個人で応募しても、かすりもしないはずなのです。
しかしながら、やったことが無いような大きな印に、自分で考えて選字し、印稿を作り、芸術性がある人前に出せるような篆刻に挑む、というプロセスは大変に価値があり、自分にとっては単なる経験ではなく、篆刻の技術や幅を広げ、一段も二段も彫る印が上達し知識が増える、そんなことを実感しているのです。
その過程で、ある先生に師事することになりました。独学自己流で彫っている間は、遠回りし知るべきことやるべきことを省いていることでもあります。自分の立ち位置を知り、客観的に専門家さんからの目で見た改善点やポイントがプラスになるのは言うまでもないことです。
そこで、いくつかの試作品を見てもらい、更にどれを出品するかあるいは日展は、おいといて(どんなに頑張っても数年かかる)、様々な公募展で経験を積み実績を上げる(入選歴など)ことになったのです。
この7月から約二月かけて制作した中で、候補作を上げましょう
ほんとはこれが一番好きな自信作なのですが、どうやらこの手の印は公募展の審査にはなじまない系統らしいのです。「花鳥風月」と彫りました
こちらは漢詩の一節から切り取った「小篆」の試作品でしたが、先生が一番気に入っていただいたものです。普通作品展の印はだいたい正方形の印材に4文字が多いのです。6文字というのはあまり見かけないようですが、先生の師匠が「小篆」の大家だそうなので、この印はそちらの社中からの出品として適当なものだと見られているのかもしれません。
こちらも、公募展では少数派と言われる多文字数の印、字数が多いと、インパクトが弱く、曖昧な線や緩さがごまかせるので「うけない」とききました。
これは上の印が意外と好評だったので、少しテイストを変えて「北斗流」を意識して彫ったものです。※北斗流というのがワタシの先生の社中の流儀だそうです。
さらに下の白文も、先生が白文・朱文の二つセットで押印した作品を作りましょうというアドバイスで、昨日彫りましたが、そもそも白文(文字の線を彫り下げるので、字が白くなる)があまり得意でないので、まだ改善・修正せねばなりませんね。
これは、だいぶ前に「中島藍川」先生の側款がある「未刻印」に彫ったものです。側款には下の文字(漢詩)を彫ったという趣旨であったのですが、未完で終わったのか、あるいは彫った後潰したか、のいずれかでしょう。
これ以外にあと4,5個あります。そのうちの二つ(白文・朱文)ペアで作品に仕上げてD大学の公募展に出す、10月にはどうせダメですが、日展用に同じくペアの作品を出します。落選品は「未発表印」として扱われるので、年末の別の公募展に出品できるというのです。
そんなわけで、乗りかけた船ではなく、すでに乗船し出帆しております。