今年のノーベル文学賞にカズオ・イシグロ氏が選ばれて世間を騒がせている。
彼は日系ではあるが、英国人だ。
私は全然知らない人だし、別に興味も持たない。ただ、ノーベル文学賞…と聞いて思い出した。
"ルビンドラナート・タゴール"

1913年(昭和16年)アジア人で始めてノーベル文学賞を受賞したインドの詩人だ。
そもそもこの人物を知ったのは医学のターミナルケア(末期医療)の分野で"聖書"といわれるE・キューブラー・ロスの著書「死ぬ瞬間(中公文庫)」を読んでいてのことである。
(何故この本を読むに至ったのかといえば、姑を在宅で看取るにあたって、当時の私は異常に「死」と、「死後」について興味を持っていたからだ。今から思うと私自身、介護による鬱とヒステリーの繰り返しで非常に参っていたのだと思う。これについてはまた別の機会に書くこともあろうから譲るとして、ここでは語らない。)
その「死ぬ瞬間」の各章ごとのとびらにこのタゴールの詩篇が綴られているのだ。
危険から守られることを祈るのではなく
恐れることなく危険に立ち向かうような人間になれますように。
痛みが静まることを祈るのではなく
痛みに打ち勝つ心を乞うような人間になれますように。
人生という戦場ににおける盟友を求めるのではなく
ひたすら自分の力を求めるような人間になれますように。
恐怖におののきながら救われることばかりを渇望するのではなく、
ただ自由を勝ち取るための忍耐を望むような人間になれますように。
成功のなかにのみ、あなたの慈愛を感じるような卑怯者ではなく、
自分が失敗したときに、あなたの手に握られていることを感じるような、
そんな人間になれますように。
タゴール「果実採り」より
このような長いものから
「人びと」は残酷だが、「ひと」は優しい。
タゴール「迷える小鳥」より
のような名言のようなものまで、章を読み進めるごとに本の内容もさることながら私はこのタゴールの詩篇に引き寄せられていったのである。



姑を看取った後、1年後くらいから親友Yの病状が深刻になった。同じ癌 サバイバーとはいえ、これ程の末期の友人と何を語り合い、はたして何を言ってはいけないのか?手探るようにこの「死ぬ瞬間」のページを繰った。その頃には私はもうタゴールの詩集「ギタンジャリ」をも手にしていた。
1人早朝の静寂の中で、彼女の心境を想うにつけ、何もできない自分の無力感と、彼女の亡き後に訪れるであろう孤独について想いを馳せる…。
その度にタゴールの言葉は私に寄り添ってくれるようだった。



戦前の日本で、このタゴール氏のノーベル文学賞受賞は大変な話題になり、大勢の人々が歓喜したという。
タゴール氏自身も非常に親日家で、5度にわたって来日している。しかし、当時の日本の軍国主義的な思想が濃くなるにつれ、氏は日本を批判し、憂い、そして日本側も批判を跳ね返し、とうとう決別してしまったようだった。
そんなこんなだから、戦中以後、タゴールを語ることはタブーになっていったのかも知れない。
しかし、時代は変わり、平和国家となった日本。
広島の平和公園の「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」という碑文は偽りでは無いはず。



ノーベル平和賞が"活動の主導的役割を果たした"と、「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」に授与された。
日本政府は米国の同盟国として「核抑止力」を全面否定する核兵器禁止条約の交渉会議には不参加、採択もしていない。
タゴール氏の愛した日本はやはり戻ってきてはいない。
原発事故が起きても、また原発は再稼働へと進む。
戦争はまた起きるのかも知れない。
知る人ぞ知るかもしれないが、今回の日系の人のノーベル文学賞受賞の話題に、かつてアジア人で初めてノーベル賞を受賞した人物の話題が端にも登らないのは私には残念でならない。