大分前に買っていた2014年のSUMMERSONICの
「アダム ランバート&QUEEN LIVE IN JAPAN」のブルーレイ。
昨晩 遅く やっと観た。なかなかゆっくり観れる暇がなくてね。
これは、私も見に行ったよ、ヘッドライナーがQueenとあって何としても観に行かなきゃ!と、親友Yの尻を叩いて観に行ったのだ。
Yはこの頃いつも疲れていた。数年前に手術した乳がんはまだ大人しくしていたというのに。
彼女が私を頼りにしていたのは、私も癌サバイバーだったから。
私はいまから23年前に3人目の子を産んだ後、まだその子が歩かないうちに乳がんのステージ3を宣告された。32歳だった。今の北斗晶さんと同じくらいのステージかな。
今から20年以上前の抗がん剤治療は過酷だった。
髪も抜け、吐き気に襲われる日々を6カ月過ごし、その後ホルモン剤を3年飲んだ。以来、23年、なんとか無事でいる。
Yはだから私が元気なうちは自分も元気でいられるはずと信じていたんだ。
病後、私を、支えてくれたのは昔聴いた音楽だった。
結婚して共働き。子供は次々と3人…仕事と子育てに追われるうち自分自身を見失った。見失ったことすら気づかなかった。やがて、癌に。
やっとそうなって私は思ったね。私は自分が何者か忘れてしまったのだと。
ずっと、遠くに置いてきてしまった。
取りに行くのも大変だけど、それをしなければ私はダメなのだ。私は知らず知らずに死にたがっていたのかもしれない。でも、生きなきゃ、子供もまだ小さいし。
私はゴスペルを始めた。
私のソウルはゴスペルそのものだと思った。
全ての世界でマイノリティである女性として
日々、労働と忍耐の連続。
その怒りの根源は私の中で私自身を攻撃した。
気がつかなければ死んでいたのかも知れない。
そして、時間的に間に合っただけなのだ。
ブライアンは私達に承認を得にきた様だった。
私達ファンが、アダミーを受け入れるのかどうか。
フレディを忘れたわけではなく、Queenの未来を表現するのにふさわしい若者を紹介したくて。
素晴らしい若者だよー。
アダミー素敵。フレディに遜色ないくらい上手いし。
瑞々しく、魅力的で、若さに溢れてる!
Queenをリスペクトして、けして自分が次に来たものとは感じさせずに、それでいて、フレディを疎む事も無く…難しい立場だろうとは思うけど。
その空気はブライアンから伝わっているのだろう。
ブライアンって素晴らしい人だ。
Queenがアメリカで受け入れられなかった時、ブライアンはフレディを責める事なく、「では、他の国へ!」と舵を切った。フレディが同性愛者である事はなんの問題も無かった。ブライアンはいつも心からフレディの才能に圧倒され、追従したり反発もしただろう、そして自らを奮い立たせていて、見事に立ち向かっていた。
とても良きライバルであり、道舟の友だった。
あの日のサマソニ マリンステージ。
私達は酔いしれた。つかの間…。
辛い毎日の中で、こんな瞬間があるから生きていられるんだし、生きる価値がある。
フレディの映像が、去って行く。
いつもの、茶目っ気たっぷりの流し目で…。
最期は打ち上げ花火、花火、花火‼︎
奇しくも、私の誕生日だった。こんな素晴らしい誕生日は生まれて初めてだった。
涙無くしては観れ無かった。
あの時私達は確かに時を共にしたんだ。
ちょっと飲み過ぎてしまったけどそのせいばかりではない、おいおい泣いてしまった。
「アダム ランバート&QUEEN LIVE IN JAPAN」のブルーレイ。
昨晩 遅く やっと観た。なかなかゆっくり観れる暇がなくてね。
これは、私も見に行ったよ、ヘッドライナーがQueenとあって何としても観に行かなきゃ!と、親友Yの尻を叩いて観に行ったのだ。
Yはこの頃いつも疲れていた。数年前に手術した乳がんはまだ大人しくしていたというのに。
彼女が私を頼りにしていたのは、私も癌サバイバーだったから。
私はいまから23年前に3人目の子を産んだ後、まだその子が歩かないうちに乳がんのステージ3を宣告された。32歳だった。今の北斗晶さんと同じくらいのステージかな。
今から20年以上前の抗がん剤治療は過酷だった。
髪も抜け、吐き気に襲われる日々を6カ月過ごし、その後ホルモン剤を3年飲んだ。以来、23年、なんとか無事でいる。
Yはだから私が元気なうちは自分も元気でいられるはずと信じていたんだ。
病後、私を、支えてくれたのは昔聴いた音楽だった。
結婚して共働き。子供は次々と3人…仕事と子育てに追われるうち自分自身を見失った。見失ったことすら気づかなかった。やがて、癌に。
やっとそうなって私は思ったね。私は自分が何者か忘れてしまったのだと。
ずっと、遠くに置いてきてしまった。
取りに行くのも大変だけど、それをしなければ私はダメなのだ。私は知らず知らずに死にたがっていたのかもしれない。でも、生きなきゃ、子供もまだ小さいし。
私はゴスペルを始めた。
私のソウルはゴスペルそのものだと思った。
全ての世界でマイノリティである女性として
日々、労働と忍耐の連続。
その怒りの根源は私の中で私自身を攻撃した。
気がつかなければ死んでいたのかも知れない。
そして、時間的に間に合っただけなのだ。
ブライアンは私達に承認を得にきた様だった。
私達ファンが、アダミーを受け入れるのかどうか。
フレディを忘れたわけではなく、Queenの未来を表現するのにふさわしい若者を紹介したくて。
素晴らしい若者だよー。
アダミー素敵。フレディに遜色ないくらい上手いし。
瑞々しく、魅力的で、若さに溢れてる!
Queenをリスペクトして、けして自分が次に来たものとは感じさせずに、それでいて、フレディを疎む事も無く…難しい立場だろうとは思うけど。
その空気はブライアンから伝わっているのだろう。
ブライアンって素晴らしい人だ。
Queenがアメリカで受け入れられなかった時、ブライアンはフレディを責める事なく、「では、他の国へ!」と舵を切った。フレディが同性愛者である事はなんの問題も無かった。ブライアンはいつも心からフレディの才能に圧倒され、追従したり反発もしただろう、そして自らを奮い立たせていて、見事に立ち向かっていた。
とても良きライバルであり、道舟の友だった。
あの日のサマソニ マリンステージ。
私達は酔いしれた。つかの間…。
辛い毎日の中で、こんな瞬間があるから生きていられるんだし、生きる価値がある。
フレディの映像が、去って行く。
いつもの、茶目っ気たっぷりの流し目で…。
最期は打ち上げ花火、花火、花火‼︎
奇しくも、私の誕生日だった。こんな素晴らしい誕生日は生まれて初めてだった。
涙無くしては観れ無かった。
あの時私達は確かに時を共にしたんだ。
ちょっと飲み過ぎてしまったけどそのせいばかりではない、おいおい泣いてしまった。