先日、私の祖母が家から居なくなるという騒動がおきました。
もうね。大騒ぎですよ。ほんとに。
きっと桜が咲き始めたこの春の陽気に誘われてふらふら~っと出て行った
のだとは思うのですがっ、ですよ。
いかんせん90歳、足腰は弱っていますし幼児帰りといいますか、
世の中ではアルツハイマーと言われる症状がありますのでもしも
知らない人に「阿倍野の近鉄でお買い物♪」というおばぁちゃん
ご機嫌ワードを言いながら京都を歩いていたらみなさん驚かれる
のではないか、というよりもどこかで倒れているのではないかと
実家母や叔父、叔母はオロオロ・・・。
警察に届けようかどうしようか、とケアマネさん達と話していると
母の携帯がプルプルプル~♪
「この携帯は○○さんの携帯でしょうか」
ここで流石うちの母。
「もしかして警察の方で90歳の母がお世話になっているのではないでしょうか」
そしてここからが警察ミラクル話。
うちのおばあちゃんは戦前戦後を通じて何度も何度も引っ越しをしており
現在90歳、アルツハイマー症の症状として自分の若い頃の事や
良い時代の事はよく覚えているのです。
その良い時代というのが阿倍野の近鉄でよくお買い物をしていたころで
「どこ行って来たの?」と聞くとだいたいがご機嫌さんで
嬉しそうに「阿倍野の近鉄♪」というのです。
そんなおばぁちゃんが可愛くてそうなん、良かったねー♪
また行こうね‐♪と相槌をうつのです。
ま、実際の行先は意外とイズミヤやジャスコなんですがっ。
そんなおばあちゃんなので、どうやって警察で母の携帯を伝えたのかっ??
おばあちゃんに警察の方は「何してるの?」と聞かれたそうです。
そこでおばあちゃんは犬を見たり、お医者さん行ったりしてますと。
そこから、犬の名前がみっちゃん、病院の名前がみ、がつく名前。
ただそれだけの情報でみ、のつく名前のお医者さんに電話して下さり
個人情報で教えられないと仰る所を事情を話して下さって何とか
母の携帯を聞いて下さり、お電話下ったという塩梅です。
そして大急ぎで母が車で10分ほどの交番におばぁちゃんをお迎えに
行くと、おばぁちゃんは
「はいはい、こんにちは」笑顔で手をあげたそうです。
そして平謝りで警察の方におばぁちゃんを見つけて下さった方へ
お礼をしたいのでお電話を教えて下さいと話すと、その方が
未来の私かもしれないから、と名前も告げられず帰られたそうです。
「渋いね~っ」
どこのどちらの方なのか解りませんが、本当に有難うございました。
そしておばぁちゃん。良かったねー、すぐに良い方に出会えてねー。
そう話している父母、叔母、叔父との時間がとても幸せなんだと思いました。
私のおばぁちゃんは戦争体験の話を、キラキラとした眼で話します。
もう、防空壕に入ってもすぐ解除になる事もあるし、あぁやれやれと
家に帰ったらまたブーブー警報がなるでしょー。
もう、しんどかったわー。その時にあなたのお母さんがおなかにいたし
しんどかったよ、ほんとにね。食べるものにも苦労したし♪
鼻歌混じりに塗り絵をしながら話すおばぁちゃんに、なんでそんなに
しんどかったのに、楽しそうに話すの?と聞いてみた事があるのです。
するとおばぁちゃんが、
「どんな時にも希望がありましたから」
その話を聞いた時、そうか、人はいつも希望を持たないといけないんだ。
過酷な人生を生き、80代後半で心臓の手術をこなしたり、
パソコンや携帯を覚えろー、等と言われて困惑したりしながら
生きてくれています。
そして、叔母が仕事で辛かった時には手紙を書いたそうです。
「いつも胸に希望を持っていなさい」
私はこのおばぁちゃんの孫で良かったなと、いつも思っています。
あぁ、人生って奇跡の連続。
警察の方のみの付く名前の病院がすぐ近所にあって犬がいる家という
ワードで短時間で探して下さったのも奇跡だし、一見普通に見えてプライドの
高い祖母を警察に上手に連れて行って下さった方にお会いできたのも
奇跡、おばぁちゃんが阿倍野の家の話でなく今の家の話を上手にしたのも
凄いこと…。
私も、街でお困りの方がいらしたら声をかけようと街のさくらのように
心が桜いろになりました。
そして私もどんな時も希望と愛を持てる人間でありたいと思いました。
もうね。大騒ぎですよ。ほんとに。
きっと桜が咲き始めたこの春の陽気に誘われてふらふら~っと出て行った
のだとは思うのですがっ、ですよ。
いかんせん90歳、足腰は弱っていますし幼児帰りといいますか、
世の中ではアルツハイマーと言われる症状がありますのでもしも
知らない人に「阿倍野の近鉄でお買い物♪」というおばぁちゃん
ご機嫌ワードを言いながら京都を歩いていたらみなさん驚かれる
のではないか、というよりもどこかで倒れているのではないかと
実家母や叔父、叔母はオロオロ・・・。
警察に届けようかどうしようか、とケアマネさん達と話していると
母の携帯がプルプルプル~♪
「この携帯は○○さんの携帯でしょうか」
ここで流石うちの母。
「もしかして警察の方で90歳の母がお世話になっているのではないでしょうか」
そしてここからが警察ミラクル話。
うちのおばあちゃんは戦前戦後を通じて何度も何度も引っ越しをしており
現在90歳、アルツハイマー症の症状として自分の若い頃の事や
良い時代の事はよく覚えているのです。
その良い時代というのが阿倍野の近鉄でよくお買い物をしていたころで
「どこ行って来たの?」と聞くとだいたいがご機嫌さんで
嬉しそうに「阿倍野の近鉄♪」というのです。
そんなおばぁちゃんが可愛くてそうなん、良かったねー♪
また行こうね‐♪と相槌をうつのです。
ま、実際の行先は意外とイズミヤやジャスコなんですがっ。
そんなおばあちゃんなので、どうやって警察で母の携帯を伝えたのかっ??
おばあちゃんに警察の方は「何してるの?」と聞かれたそうです。
そこでおばあちゃんは犬を見たり、お医者さん行ったりしてますと。
そこから、犬の名前がみっちゃん、病院の名前がみ、がつく名前。
ただそれだけの情報でみ、のつく名前のお医者さんに電話して下さり
個人情報で教えられないと仰る所を事情を話して下さって何とか
母の携帯を聞いて下さり、お電話下ったという塩梅です。
そして大急ぎで母が車で10分ほどの交番におばぁちゃんをお迎えに
行くと、おばぁちゃんは
「はいはい、こんにちは」笑顔で手をあげたそうです。
そして平謝りで警察の方におばぁちゃんを見つけて下さった方へ
お礼をしたいのでお電話を教えて下さいと話すと、その方が
未来の私かもしれないから、と名前も告げられず帰られたそうです。
「渋いね~っ」
どこのどちらの方なのか解りませんが、本当に有難うございました。
そしておばぁちゃん。良かったねー、すぐに良い方に出会えてねー。
そう話している父母、叔母、叔父との時間がとても幸せなんだと思いました。
私のおばぁちゃんは戦争体験の話を、キラキラとした眼で話します。
もう、防空壕に入ってもすぐ解除になる事もあるし、あぁやれやれと
家に帰ったらまたブーブー警報がなるでしょー。
もう、しんどかったわー。その時にあなたのお母さんがおなかにいたし
しんどかったよ、ほんとにね。食べるものにも苦労したし♪
鼻歌混じりに塗り絵をしながら話すおばぁちゃんに、なんでそんなに
しんどかったのに、楽しそうに話すの?と聞いてみた事があるのです。
するとおばぁちゃんが、
「どんな時にも希望がありましたから」
その話を聞いた時、そうか、人はいつも希望を持たないといけないんだ。
過酷な人生を生き、80代後半で心臓の手術をこなしたり、
パソコンや携帯を覚えろー、等と言われて困惑したりしながら
生きてくれています。
そして、叔母が仕事で辛かった時には手紙を書いたそうです。
「いつも胸に希望を持っていなさい」
私はこのおばぁちゃんの孫で良かったなと、いつも思っています。
あぁ、人生って奇跡の連続。
警察の方のみの付く名前の病院がすぐ近所にあって犬がいる家という
ワードで短時間で探して下さったのも奇跡だし、一見普通に見えてプライドの
高い祖母を警察に上手に連れて行って下さった方にお会いできたのも
奇跡、おばぁちゃんが阿倍野の家の話でなく今の家の話を上手にしたのも
凄いこと…。
私も、街でお困りの方がいらしたら声をかけようと街のさくらのように
心が桜いろになりました。
そして私もどんな時も希望と愛を持てる人間でありたいと思いました。