雪乃紗衣の『レアリア』最新刊IIIの前後編を買ったのはいいのですが、何分II巻発行から3年も経っていて、そもそもかなりややこしい話なので、III巻をいきなり読み出しても話が見えるわけなく、1巻から読み直した次第です。
1巻はまず物語の世界の設定 - 月から地上に転げ落ちた太古神の女神「レアリア」が大地(魔女の大地ウイザレシア)に豊穣をもたらした。女神はしかし記憶も心も失っており、その不完全さから「魔女」と呼ばれるようになった。彼女が自分の心を探す旅の途中で半死半生で倒れていた冬の王シャルムラグリアを見つけて助けた。彼は東の風王との戦いに敗れたのだった。魔女は冬の王の代わりにこの東の風王と戦い、ついに退けた時、冬の王は背後から魔女を剣で刺し、両腕、両足腰...順々に杭を打ち込んで大地に縫いとめた。魔女のキスによって冬の王の首が落ちた。魔女の体は大地となった。
という感じの神話的創世記が語られます。冬の王の弟エリヤの子孫が現在の皇帝で、魔女に仕えた人たちの子孫であるジェレミア家は帝国の軍事・外政を担い、帝位継承権を持ちます。対する東の風王の末裔の王朝とはいまだに敵対しているものの、4年前の「グランゼリアの戦い」で双方ともかなりの痛手を被り、5年間の停戦を締結。
現在の帝国の皇帝ユーディアス、魔女家当主の軍師オレンディア、そして王朝の皇帝アリュージャは前皇帝時代に囚われの身として10年間共に過ごしたことがあり、前皇帝ヴァルデミアスの死後に開放されて、バラバラになって敵対関係になったものの、お互いに複雑に絡んだ思いがあるようです。
主人公のミレディア(17)は銀髪に紫の目というオレンディアと同じ魔女の外見をしているものの、魔女家と血縁関係はなく、13年前に森で拾われました。彼女が魔女家のものに拾われる直前に出会った金髪碧眼の妖しい美貌をもつ「アキ」は、長いことミレディアの宝物でしたが、彼はその後法皇家から派遣された軍師ロジェとして姿を現し、どうやら「グランゼリアの戦い」で帝国軍の敗北を招くように画策したもよう。現在は「法皇の代理人」と呼ばれる枢機卿。
停戦期間があと9か月で終わるという頃に、次期皇帝を選出する皇帝選が行われることになり、開戦派の法皇が推すラムザ皇子を認めたくない講和派のオレンディアはもう一人の陰の皇子(12)を対立候補に立て、ミレディアと結婚させることでその後見に着くことにします。1巻ではミレディアが命を狙われながら帝都に向かい、帝国宰相会議に参加してオレンディアの言を伝え、皇子と結婚するまでが描かれます。皇帝自身は停戦延長を冷酷に却下。これによって翌年の開戦は決定的となり、ミレディアも召集されて恐らくもう生還しないであろう運命も決まってしまいます。彼女自身はそのことをはなから承知していましたが。
2巻「仮面の皇子」ではアリルとミレディアが共に時を過ごし、少しずつ理解を深めていく様子や皇帝選を争うことになる両皇子ラムザとアリルがデュアメル学院で共に過ごす様子、またミレディアの過去ー同じ年の敵国皇子アイゼンを助けて逃したこと、その10か月後に起きた「グランゼリアの戦い」で彼の長兄を彼の目の前で殺してしまったこと等も語られます。
少しずつ過去の陰謀がぼんやりとした輪郭を持ってくるなか、ラムザ皇子の母・白の妃ネネの呼び出しに応じたアリル皇子が姿を消してしまい、次巻へ続く、となります。
III巻「運命の石」前編ではいきなりアリル皇子が死んだ?ことになります。白の妃ネネに大事な記憶を破壊されないように皇帝魔法で対抗し、異界の扉を開けて魂がそちらでさまようことになります。その異界とは時空を超越しているようで、皇子は過去の様々な時点を浮遊し続け、なんとか披露目がある冬至の日までに自分の時代に戻ってこようとします。ミレディアは皇子を探し続け、ついに彼を追って異界へ行き、魔術的な方法で彼を呼び戻そうとします。この辺りはなんとなく『彩雲国物語』で神事をつかさどる標家の手にかかって心の深い所へ落とし込まれて迷子になってしまった李絳攸と彼を救おうとする人たちの魔術的な「導き」を想起させますね。
それはともかく、この巻でラムザとアリルの正体やアキこと枢機卿ロジェの正体、「道化師(ラ・ピエロット)」の謎などが徐々に解かれてくる一方で深まっていく謎もあり、緊張感を保つために張り巡らされた伏線がどう回収されていくのか楽しみな感じです。
III巻後編では無事に戻ってきたアリル皇子とミレディアがなんだかんだと紆余曲折した後に共に披露目に参加します。でもミレディアは儀式の休憩の時にアキの危機を察知し、「0時までに戻る」と皇子に約束したのに、それを破ってまで彼を助ける方を優先してしまいます。大幅に遅刻して戻っては来ますが。アリル皇子はミレディアと過ごすときが開戦までの短い期間では足りないことをはっきりと自覚しますが、彼女との新しい約束は彼女の誕生日である3月31日に彼女の時間を貰うことで妥協(?)します。さて、彼はどうやって自分の願いを叶えるのでしょうか。
この巻にはグランディア戦を描く中編『碧落』も収録されています。
雪乃紗衣の新シリーズは『彩雲国物語』の陰謀渦巻く後半部の暗い部分を受け継いでお色直しをしたかのようです。前シリーズは角川ビーンズ文庫というライトノベルの範疇でしたから文体ももっと口語体に近く、世界観も『骸骨を乞う 彩雲国秘抄』を除けば、それほど暗くはなかったのですが、『レアリア』は主人公が10代後半の女の子で、彼女の皇子様は更に年下の12歳という低年齢にもかかわらず、描かれる世界は実に沈鬱で、絶望一歩手前みたいな感じですね。魔女(家)は皇帝のためにいつまでも戦い、皇帝はその犠牲を当然と受け止め、講和など一切考えない。魔力と狂気を持つのが「真正の皇帝」と考えられる帝国の信仰(?)ってどうなの、と思いますが。それでも先が気になるくらいには惹き込まれる魅力があると思います。