構想に40年かかったという本書『日米開戦へのスパイ 東條英機とゾルゲ事件』(祥伝社)は著者の『日米開戦の正体』の対となり、本来は一つの著作になるところを、あまりにも膨大な話になるので、ゾルゲ事件関連だけ分離独立させたそうです。
本書では【ゾルゲ事件】を検証し、本来死刑を正当化するような罪状などなく、一つにゾルゲの情報提供者であり、日米開戦反対派の近衛首相(当時)の「側近」とされる尾崎秀実(おざき ほつみ)を逮捕することで近衛首相を追い落とすためにでっち上げられ、もう一つに「伊藤律の自供が発覚の糸口となった」という説をばらまいて、共産主義者排斥(いわゆる「赤狩り」)に政治利用されたことを膨大な資料を元に証明します。
リヒャルト・ゾルゲがソ連のスパイであったことは紛れもない事実ですが、通常「スパイである」という事実だけで逮捕され死刑にされることなどありません。CIA等の情報機関の人間は世界中に何千人と展開しており、日本の内閣調査室の人たちもあまり情報収集能力はないらしいですが、やはりあちこちに展開しています。だからといってただそれだけで逮捕され、ましてや死刑になるなどあり得ません。諜報員の罪を問う場合、当該国がこの諜報員に「いかなる害を受けたか」というのがまず問題になります。しかし、「ゾルゲによっていかなる害を日本が受けたか」ということがまともに問われることはなく、本人は死刑に処されました。
東条英機は尾崎秀実のゾルゲ事件への関与をネタに近衛首相に辞任の決意をさせ、自ら首相になって日米開戦に突っ走った、というのが真相だったようです。
もちろん米側もイギリスの諜報機関と共に「日本側からの攻撃」を実現させ、米国の世論を参戦へ向けさせるために画策し、日本を石油の禁輸などで追い込むなどの挑発を行っていたことも確かですが、それにまんまとはまって実力を遥かに超えた戦線拡大に進んだ日本も随分とおバカです。日本の真珠湾攻撃の報を受けてチャーチル英首相は「これで我々は勝った!」と狂喜乱舞したといいますから、戦略家として「真珠湾攻撃→米国参戦」で連合国側の勝ちが見えたから喜んだ、というのは理解できないでもないですが、あまりにも膨大な破壊と数多い犠牲者のことを考えると、非常に苦々しいエピソードですね。
目次
はじめに
序章 仏アバス通信社支局長のゾルゲ回顧
第1章 近衛内閣瓦解とゾルゲ事件
第2章 冷戦とゾルゲ事件
第3章 つながる糸
第4章 ゾルゲ報告とソ連極東軍の西への移動
第5章 米国を参戦に向かわせるために動く英国安全保障調整局
第6章 ゾルゲ事件の評価
エピローグ
参考文献・引用文献一覧
人物索引
本書は内容的には非常に興味深いのですが、「読みやすさ」という点では若干難があります。重要なことを繰り返し記述するのは構わないのですが、少々話が前後したり脱線したりしすぎているようなきらいがあります。もうちょっとすっきりとまとめることができたのではないかと思わなくもないです。