『日本人の給与明細 古典で読み解く物価事情』は、古代から近世まで、米や土地などの値段を手がかりに、先人たちの給料を現代のお金に換算する試みで、山上憶良、菅原道真、紫式部などの収入を現在の貨幣価値で明らかにします。また、土地がどのくらいの価格で売買されたかとか、どの官位がどのくらいの価格で買えたとか、職を得るための賄賂がいくらだったとか、非常に興味深い話題が満載です。
平安後期は官位を買って、職を得るために賄賂を贈るのが当たり前になっており、そうまでして職を得ようとするのは、役得(つまり役職を利用した汚職)があることが前提になっているとのことで、よく考えてみると随分と汚職まみれのどうしようもない社会だったのですね。
室町になると、少なくとも専門職は世襲制ではなく能力のあるものにつかせるようになったようですが。。。
江戸時代は貨幣経済も浸透しているため、現代の貨幣価値に換算するのは慣れてしまえばどうということもないでしょうが、それ以前は現物支給が一般的なので、古典の記録を読んだところで全然ピンとこないというのが普通でしょう。本書はそうした理解の壁を取り除いてくれます。分かりやすい文体で、面白い古典のエピソードを紐解いており、読み物としても上等。
ふっと笑ってしまったのが兼好法師とその友人の頓阿(とんあ)の歌のやり取り。
よもすずし ねざめのかりほ たまくらも まそでもあきに へだてなきかぜ(兼好)ー>「よねたまへ、ぜにもほし(米給へ。銭も欲し)」
よるもうし ねたくわがせこ はてはこず なほざりにだに しばしとひませ(頓阿)ー>「よねはなし、ぜにすこし(米はなし。銭少し)」
戯れ歌で、歌の中に言葉が隠されており、各句の頭字を上から下へ、尾字を下から上へ読むそうです。兼好法師は生活に困って友人に無心し、半分断られたということですね。それで評論家に転身したとか。「徒然草」を読むと、雲か霞を食って生きているような世捨て人っぽいですが、実際には生活にきゅうきゅうとしていた模様。
室町時代の御家人の苦労や戦国雑兵の生きるための戦略なども興味深く、遥か昔の人たちの暮らしが一気に身近に感じられるような気になってきます。
江戸時代の下級武士の家計簿も面白いです。
巻末に各時代の物価表が載っています。