横山秀夫の作品を読むのは約2年ぶりになります。警察小説が多い著者ですが、この『出口のない海』は大学野球のピッチャーであった並木浩二という青年が肘を痛めながら魔球の開発に取り組み、学徒動員後海軍に入って予備士官となり、「回天」と呼ばれる海の特攻兵器・人間魚雷に乗り込んで散っていく物語をメインとする戦争青春小説です。前後に並木と同じA大野球部員だった今や80歳になった郷原や北といったおじいちゃんたちがかつて入り浸った喫茶店「ボレロ」を訪れて思い出話をするシーンが描かれています。
物語は大きく2つに分かれており、前半は大学野球部での肘の故障と格闘するスポ根+淡い恋で、後半は太平洋戦争開始・学徒動員を経て海軍での理不尽な暴力、「回天」との出会い、野球への未練、魔球の夢、特攻の意味、生きる意味、死の恐怖、死ぬ覚悟などを高揚したり混乱したり自暴自棄になったりしながら考えていく戦争青春が濃厚になります。
私は野球というスポーツが好きではないので、前半部はどちらかと言うと退屈してましたが、後半の軍隊生活に入ってからは俄然読むスピードが上がりました。祖国のためにと勇ましいことを言いつつ、それでもなお生への執着、奪われた未来の絶望、死の恐怖との葛藤を心の奥底に秘めて厳しい訓練に耐えながら(一度限りの)出撃の日を待つ心情が生々しく綴られています。
「回天」の完成度が低かったために出撃しても母船の潜水艦から回天に乗り込むことがないまま敵襲を受けて故障し、生きて戻って来ることもあった一方で、訓練中の事故で命を落とすこともあり、なんとも不条理な状況だったようですね。しかも、生きて戻って来ると「根性が腐ってる」と上官に殴られるなんて、本当に病んでますね。「祖国のために立派に死ね」というドグマは恐ろしい。そうやって全滅を目指してどこが祖国のためになるのか、全滅したら国が亡ぶだけで、どこら辺が国のためになってるのか疑問しかない感じです。特に特攻は戦果にほとんど影響がなく、ただひたすら人的資源を消耗するという恐ろしくコスパの悪いもの。そこに放り込まれた当事者たちはその状況に折り合いを付けなきゃいけないので軍国主義的に自分を鼓舞する以外にはなかったのかもしれませんが、やるせないですね。
そのような自滅作戦が必要となることが二度とないように願うばかりです。