徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:トマ・ピケティ著、『21世紀の資本(Das Kapital im 21. Jahrhundert)』(C.H. Beck)

2018年04月07日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

トマ・ピケティ著、『21世紀の資本(Das Kapital im 21. Jahrhundert)』は昨年の9月半ばあたりから読み始めて、11月初めまでに第3部まで読んだところで中断して、小説などを読み漁り、今月になってようやく第4部に手を付けて、今日読了しました。実に長い道のりでした。ドイツ語版のペーパーバックは目次や索引を含めて816ページあります。約4.5㎝の厚みがあり、持ち歩いて読めるような重さではありません。

この本がブームになったのは3年前の2015年ですが、ブームになるほど多くの人が買ったにせよ、読破した人はあんまりいないのではないかと思います。日本語版では注釈を抜きにして608ページらしいですが、こういう分厚い専門書は研究対象でもない限り通常始めから終わりまで読破するものではなく、重要なところをつまみ読みするものでしょう。私は一応読破しましたけど、細かいところまですべてきちんと理解したわけではありません。

本書の最大の功績は「格差論」を歴史的データに基づいて展開したしたことでしょう。世界中の税務データを集めてネットで一般公開しています。フランスのデータに関しては18世紀から良質なものがあるというのは驚きです。世界の収入格差の変遷に関するデータベースで最大のものである「World Top Incomes Database(WTID)」が本書の最重要のデータソースだそうです。そうした実際のデータに基づいて富の集約による格差の歴史的変遷と、課税の種類や税率または戦争がどのように格差に影響を及ぼしたかを示し、それらの歴史的影響を踏まえた上で、格差是正のためには資本に対する累進課税を推奨しています。ただし、それを一つの国が単独で導入しても大して効果がないため、資産の透明性を高めることと、世界中とはいかなくても少なくとも欧州内や欧米両ブロックでのコーディネートを前提としています。

格差が広がる根本的原因は、「r >g」という不等式で表現される、財産の成長率が労働収入や生産の成長率を上回るという歴史的事実です。これによって長期的に富の蓄積・集約が起こり、政治的な介入なしには格差が広がる一方になるわけです。最も富の集中が激しかったのが19世紀のフランスの「ベル・エポック」と呼ばれる時代で、それが2度の世界大戦によって破壊され、戦争による破壊を修復するための高度経済成長を経て、税率が先進国で引き下げられる傾向が強まり、再び富の集約が進み、現在(2013年)ベル・エポックに支配的だった格差のレベルに近づきつつあるとのことでした。

重要なテーゼはこの「r >g」という不等式に加え、富の配分はあくまでも政治の歴史であり、経済的メカニズムの結果ではないということです。

歴史的にはアメリカで高所得に対する最高税率が90%という時代があり、その税率を超える税率をイギリスが戦後の一時期導入していたことがあります。また、ドイツでも戦後の占領時代に70~80%の税率があったそうです。この強制収用に近い高税率が上位1%の富裕層の肥大化を防ぎ、格差の是正に効果がありました。これを根拠に格差の是正には「資産に対する累進課税」という提唱が出てくるわけですね。

ピケティは「資本主義対共産主義」というドグマチックな対立が建設的な議論の妨げになってきたと主張し、そうした対立軸を超えた格差に関する議論を提案しています。

平等な民主主義社会において受容可能な格差のレベル ― たとえば1970-80年代のスカンジナビアのように上位10%の富裕層の資本占有率が30%(2010年現在のヨーロッパでは60%、アメリカでは70%)- を目標に格差是正をすべきである、という提言には私は賛成ですが、賛否両論あることでしょう。

いずれにせよ、格差問題に関する世界的な議論を巻き起こした功績は大きいですね。

本書の目次は以下の通りです。

Danksagung 謝辞

Einleitung はじめに

Erster Teil - Einkommen und Kapital 第1部 所得と資本

Kapitel 1. Einkommen und Produktion 第1章 所得と生産

Kapitel 2. Das Wachstum: Illusionen und Realität 第2章 成長ー幻想と現実

Zweiter Teil - Die Dynamik des Kapital-Einkommens-Verhältnisses 第2部 資本所得比率のダイナミクス

Kapitel 3. Die Metamorphosen des Kapitals 第3章 資本のメタモルフォーゼ

Kapitel 4. Vom Alten Europa zur Neuen Welt 第4章 古いヨーロッパから新世界へ

Kapitel 5. Das langfristige Kapital-Einkommens-Verhältnis 第5章 長期的な資本所得比率

Kapitel 6. Das Verhältnis zwischen Kapital und Arbeit im 21. Jahrhundert 第6章 21世紀における資本と労働の比率

Dritter Teil - Die Struktur der Ungleichheit 第3部 不平等の構造

Kapitel 7. Ungleichheit und Konzentration: Erste Anhaltspunkte 第7章 不平等と集約:最初の手がかり

Kapitel 8. Zwei Welten 第8章 二つの世界

Kapitel 9. Ungleichheit der Arbeitseinkommen 第9章 労働所得の格差

Kapitel 10. Ungleichheit des Kapitaleigentums 第10章 資本所有の格差

Kapitel 11. Verdienst und Erbschaft auf lange Sicht 第11章 長期的観点からみる所得と遺産相続

Kapitel 12. Globale Vermögensungleichheit im 21. Jahrhundert 第12章 21世紀におけるグローバルな財産所有の格差

Vierter Teil - Die Regulierung des Kapitals im 21. Jahrhundert 第4部 21世紀における資本の規制

Kapitel 13. Ein Sozialstaat für das 21. Jahrhundert 第13章 21世紀にふさわしい福祉国家

Kapitel 14. Die progressive Einkommensteuer überdenken 第14章 累進型所得税を見直す

Kapitel 15. Eine globale Kapitalsteuer 第15章 グローバルな資産税

Kapitel 16. Die Frage der Staatsschuld 第16章 国債問題

Schlussbetrachtung おわりに

Inhaltsübersicht 内容一覧

Auflistung der Grafiken und Tabellen 図・表一覧

Personenregister 人物索引

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トマ・ピケティ著、『ユーロをめぐる戦い(Die Schlacht um den Euro)』(C.H. Beck)


ドイツのイースターの過ごし方(世論調査)

2018年04月05日 | 歴史・文化

イースター(復活祭)はドイツ語ではオースタン(Ostern)で、「春分の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われる移動祝日で、毎年3月22日~4月25日の間の日曜日になります。2018年は4月1日が復活祭の日曜日(Ostersonntag)でした。

イースターの過ごし方についての世論調査がドイツ連邦統計局のサイトに出ていたのでご紹介させていただきます。

まず、イースターを祝うかどうかについてですが、「祝う」と回答したのは78%でした。

イースターにすること:

  • イースターエッグを探して、見つける 58%
  • イースターエッグの色付け/絵を描く 54%
  • イースターブランチ 35%
  • イースターバスケット(かご)をつくる 34%
  • イースターエッグを吹き出す 28%
  • イースターファイアー 23%
  • 礼拝式/教会へ行く 18%
  • イースターキャンドル 17%
イースターで最も重要なこと:
  • 家族の集まり 55%
  • 長い週末 10%
  • イースターエッグを探す 6%
イースターに誰かにプレゼントする 75%
 
人気のプレゼント:
  • チョコレート、プラリネ、甘いもの 70%
  • 色付きゆで卵 37%
  • 花/植物 22%
プレゼントに15ユーロ以上使う 67%
 
 
 
 
 
 
この世論調査は2018年2月9日~2月13日の間にドイツで任意に抽出した1005人(18歳~64歳)を対象に行われました。出典はStatista.deです。

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イースターエッグに色を付けて隠すウサギの話~ドイツのイースター


書評:雪乃紗衣著、『レアリア I~III』(新潮文庫)

2018年04月03日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

雪乃紗衣の『レアリア』最新刊IIIの前後編を買ったのはいいのですが、何分II巻発行から3年も経っていて、そもそもかなりややこしい話なので、III巻をいきなり読み出しても話が見えるわけなく、1巻から読み直した次第です。

1巻はまず物語の世界の設定 - 月から地上に転げ落ちた太古神の女神「レアリア」が大地(魔女の大地ウイザレシア)に豊穣をもたらした。女神はしかし記憶も心も失っており、その不完全さから「魔女」と呼ばれるようになった。彼女が自分の心を探す旅の途中で半死半生で倒れていた冬の王シャルムラグリアを見つけて助けた。彼は東の風王との戦いに敗れたのだった。魔女は冬の王の代わりにこの東の風王と戦い、ついに退けた時、冬の王は背後から魔女を剣で刺し、両腕、両足腰...順々に杭を打ち込んで大地に縫いとめた。魔女のキスによって冬の王の首が落ちた。魔女の体は大地となった。

という感じの神話的創世記が語られます。冬の王の弟エリヤの子孫が現在の皇帝で、魔女に仕えた人たちの子孫であるジェレミア家は帝国の軍事・外政を担い、帝位継承権を持ちます。対する東の風王の末裔の王朝とはいまだに敵対しているものの、4年前の「グランゼリアの戦い」で双方ともかなりの痛手を被り、5年間の停戦を締結。

現在の帝国の皇帝ユーディアス、魔女家当主の軍師オレンディア、そして王朝の皇帝アリュージャは前皇帝時代に囚われの身として10年間共に過ごしたことがあり、前皇帝ヴァルデミアスの死後に開放されて、バラバラになって敵対関係になったものの、お互いに複雑に絡んだ思いがあるようです。

主人公のミレディア(17)は銀髪に紫の目というオレンディアと同じ魔女の外見をしているものの、魔女家と血縁関係はなく、13年前に森で拾われました。彼女が魔女家のものに拾われる直前に出会った金髪碧眼の妖しい美貌をもつ「アキ」は、長いことミレディアの宝物でしたが、彼はその後法皇家から派遣された軍師ロジェとして姿を現し、どうやら「グランゼリアの戦い」で帝国軍の敗北を招くように画策したもよう。現在は「法皇の代理人」と呼ばれる枢機卿。

停戦期間があと9か月で終わるという頃に、次期皇帝を選出する皇帝選が行われることになり、開戦派の法皇が推すラムザ皇子を認めたくない講和派のオレンディアはもう一人の陰の皇子(12)を対立候補に立て、ミレディアと結婚させることでその後見に着くことにします。1巻ではミレディアが命を狙われながら帝都に向かい、帝国宰相会議に参加してオレンディアの言を伝え、皇子と結婚するまでが描かれます。皇帝自身は停戦延長を冷酷に却下。これによって翌年の開戦は決定的となり、ミレディアも召集されて恐らくもう生還しないであろう運命も決まってしまいます。彼女自身はそのことをはなから承知していましたが。

2巻「仮面の皇子」ではアリルとミレディアが共に時を過ごし、少しずつ理解を深めていく様子や皇帝選を争うことになる両皇子ラムザとアリルがデュアメル学院で共に過ごす様子、またミレディアの過去ー同じ年の敵国皇子アイゼンを助けて逃したこと、その10か月後に起きた「グランゼリアの戦い」で彼の長兄を彼の目の前で殺してしまったこと等も語られます。

少しずつ過去の陰謀がぼんやりとした輪郭を持ってくるなか、ラムザ皇子の母・白の妃ネネの呼び出しに応じたアリル皇子が姿を消してしまい、次巻へ続く、となります。

III巻「運命の石」前編ではいきなりアリル皇子が死んだ?ことになります。白の妃ネネに大事な記憶を破壊されないように皇帝魔法で対抗し、異界の扉を開けて魂がそちらでさまようことになります。その異界とは時空を超越しているようで、皇子は過去の様々な時点を浮遊し続け、なんとか披露目がある冬至の日までに自分の時代に戻ってこようとします。ミレディアは皇子を探し続け、ついに彼を追って異界へ行き、魔術的な方法で彼を呼び戻そうとします。この辺りはなんとなく『彩雲国物語』で神事をつかさどる標家の手にかかって心の深い所へ落とし込まれて迷子になってしまった李絳攸と彼を救おうとする人たちの魔術的な「導き」を想起させますね。

それはともかく、この巻でラムザとアリルの正体やアキこと枢機卿ロジェの正体、「道化師(ラ・ピエロット)」の謎などが徐々に解かれてくる一方で深まっていく謎もあり、緊張感を保つために張り巡らされた伏線がどう回収されていくのか楽しみな感じです。

III巻後編では無事に戻ってきたアリル皇子とミレディアがなんだかんだと紆余曲折した後に共に披露目に参加します。でもミレディアは儀式の休憩の時にアキの危機を察知し、「0時までに戻る」と皇子に約束したのに、それを破ってまで彼を助ける方を優先してしまいます。大幅に遅刻して戻っては来ますが。アリル皇子はミレディアと過ごすときが開戦までの短い期間では足りないことをはっきりと自覚しますが、彼女との新しい約束は彼女の誕生日である3月31日に彼女の時間を貰うことで妥協(?)します。さて、彼はどうやって自分の願いを叶えるのでしょうか。

この巻にはグランディア戦を描く中編『碧落』も収録されています。

 

雪乃紗衣の新シリーズは『彩雲国物語』の陰謀渦巻く後半部の暗い部分を受け継いでお色直しをしたかのようです。前シリーズは角川ビーンズ文庫というライトノベルの範疇でしたから文体ももっと口語体に近く、世界観も『骸骨を乞う 彩雲国秘抄』を除けば、それほど暗くはなかったのですが、『レアリア』は主人公が10代後半の女の子で、彼女の皇子様は更に年下の12歳という低年齢にもかかわらず、描かれる世界は実に沈鬱で、絶望一歩手前みたいな感じですね。魔女(家)は皇帝のためにいつまでも戦い、皇帝はその犠牲を当然と受け止め、講和など一切考えない。魔力と狂気を持つのが「真正の皇帝」と考えられる帝国の信仰(?)ってどうなの、と思いますが。それでも先が気になるくらいには惹き込まれる魅力があると思います。

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書評:海堂尊著、『スカラムーシュ・ムーン』(新潮文庫)

2018年04月01日 | 書評ー小説:作者カ行

ようやく文庫化されて手に取った『スカラムーシュ・ムーン』ですが、途中まで読んでどうも話が見えてこないので、前作である『ナニワ・モンスター』を読み直してから再度挑戦することになりました。この作品では『ナニワ・モンスター』で散りばめられた伏線が回収されるので、その内容がきちんと頭に入ってないと不明な点がかなり出てきてしまい、単独作としては読めません。

また時間軸としては桜宮市に建設された東城大付属のAiセンターが炎上してしまういきさつを描いた『ケルベロスの肖像』と重なり、『スカラムーシュ・ムーン』の主役である彦根新吾がその事件で打撃を受けたことが言及されるため、そちらも読んでおいた方がピンと来ると思いますが、知らなくても「そんな事件があった」くらいの言及なので内容理解に支障が出るわけではありません。同様に『ブレイズメス 1990』で登場した天才外科医・天城雪彦のモナコの遺産が彦根の戦略に重要な役割を果たしますが、そちらも知らなくても内容理解に支障はありません。

その他、「桜宮サーガ」と呼ばれる作品群の登場人物たち、たとえば『極北クレーマー』および『ブレイズメス 1990』の世良と、『ジェネラルルージュの凱旋』および『極北ラプソディ』の速水、田口・白鳥シリーズで【電子猟犬】とあだ名される加納警視正もほんのちょい役で登場します。「桜宮サーガの集大成」という位置づけらしいのですが、それなら田口・白鳥コンビもちょい役で登場させてほしかったですね。

肝心の粗筋ですが、『ナニワ・モンスター』で仕掛けた「キャメル・インフルエンザ」による浪速攻撃に失敗した警察庁が新たに吹っ掛ける「ワクチン戦争」の攻防がメインです。彦根はワクチンで攻められることを早くに予見して、ワクチン製造に必要な鶏卵を求めて加賀へ飛び、また「日本三分の計」の第一歩である西日本連合・浪速共和国独立のための資金調達のためにヨーロッパへ旅立ちます。クライマックスはAiセンター潰しでずっと敵対してきた斑鳩の部下で、今回の警察側の軍師である原田雨竜と彦根の対決となります。サイドストーリーとして加賀の養鶏所ナナミエッグの跡取り娘・まどかがワクチン製造のために有精卵製造・納品プロジェクトのためにプチエッグ・ナナミを立ち上げ、幼馴染たちの協力を得て試行錯誤する様が詳細に語られます。こちらの加賀ドラマは微笑ましい若者の成長物語でもあるので、物騒な医療界の大ぼら吹き・彦根新吾と霞が関が繰り広げる浪速攻防戦のスリルと対を成し、独特の味わいを醸し出しています。

『ナニワ・モンスター』単独だといまいちな感じでしたが、この『スカラムーシュ・ムーン』で完成する大きなドラマの前段としての重要性が両作品を読んだ後に分かります。というわけで、セットで読むことをお勧めします。

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書評:海棠尊著、『新装版 ナイチンゲールの沈黙』(宝島社文庫)

書評:海棠尊著、『ランクA病院の愉悦』(新潮文庫)

書評:海棠尊著、『アクアマリンの神殿』(角川文庫)

書評:海棠尊著、『モルフェウスの領域』(角川文庫)

書評:海堂尊著、『ナニワ・モンスター』(新潮文庫)