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22日 新国立 ジャコモ・プッチーニ  ラ・ボエーム

2008-01-24 | 新国立オペラ・・

今年最初のオペラ ラ・ボエーム・新国立   
               4公演・2回目3F2-50・6300円。妥当な額
そのプッチーニ・今年生誕150年なんです・・・

 瀕死の状態で屋根裏部屋に運び込まれ、愛するロドルフォの傍らで息を引き取る。

プッチーニ節に泣ける場面ですね、ムゼッタの祈り、哲学者の歌唱・・4幕は見応え、聴き応え十分ですね・・今回はピアニッシモの響きが実に美しいオケ、歌手陣ですね

 全体を通しては甘い、緩い、オケの響きかな、歌手人も指揮者の解釈と歌唱とづれがある様な?・・佐野さんの低音、中音声域が綺麗ですね、高音声域がやや不満かな?・・

ミミ】マリア・バーヨ 【ムゼッタ】塩田 美奈子・・終幕の歌唱には感動かな

ラ・ボエーム
パリの屋根裏部屋に灯った恋。ボヘミアンたちのほろ苦い青春像。
イタリア・オペラの魅力を余すところなく堪能できる巨匠プッチーニの青春オペラ。クリスマスのパリを舞台に、明日を夢見る若い二人の純愛物語に加え、当時パリの屋根裏部屋に住む若いボヘミアンたちの生活ぶりを流麗な音楽で描きあげています。ミミを演じるのは、ヨーロッパを中心に活躍するスペインの歌姫マリア・バーヨ。ロドルフォ役には“光り輝く美声”で世界的に評価の高い佐野成宏が登場。暖かくほろ苦い恋物語、ラストはハンカチのご用意を・・・。
ものがたり
クリスマス・イブのパリ。若くて貧しい芸術家4人が住む屋根裏部屋で詩人ロドルフォが独り仕事をしていると、階下のお針子ミミがロウソクの火を貰いに現れ、たちまち恋に落ちる。画家マルチッェロも元恋人のムゼッタとよりを戻し、若者たちは恋を謳歌する。数ヶ月後、ロドルフォは、胸を患うミミを救うために痛恨の別れを決意する。その後、子爵の庇護をうけて生活していたミミが、瀕死の状態で屋根裏部屋に運び込まれ、愛するロドルフォの傍らで息を引き取る。

スタッフ
【作 曲】ジャコモ・プッチーニ
【原 作】アンリ・ミルジェ
【台 本】ジュゼッペ・ジャコーザ/ルイージ・イッリカ
【指 揮】マウリツィオ・バルバチーニ
【演 出】粟國 淳
【美 術】パスクアーレ・グロッシ
【衣 裳】アレッサンドロ・チャンマルーギ
【照 明】笠原 俊幸
【チーフ音楽スタッフ】石坂 宏
【舞台監督】大仁田 雅彦
【芸術監督】若杉 弘
キャスト
【ミミ】マリア・バーヨ 【ロドルフォ】佐野 成宏
【マルチェッロ】ドメニコ・バルザーニ* 【ムゼッタ】塩田 美奈子
【ショナール】宮本益光 【コッリーネ】妻屋 秀和
【べノア】鹿野 由之
【アルチンドロ】初鹿野 剛 【パルピニョール】倉石 真

【合唱指揮】三澤 洋史 【合 唱】新国立劇場合唱団
【児童合唱】TOKYO FM少年合唱団
【管弦楽】東京交響楽団
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 ジャコモ・プッチーニ(Giacomo Antonio Domenico Michele Secondo Maria Puccini, 1858年12月22日 - 1924年11月29日)はイタリアの作曲家。その作品であるトスカ、蝶々夫人、ラ・ボエームなどのオペラは今日でも上演の機会が多いことで知られる。イタリアのルッカに生まれ、ベルギーのブリュッセルで没した
生涯
プッチーニ家は、18世紀から連綿と続くルッカの宗教音楽家の家系であるが、中には器楽作曲家もいた。この中で唯一オペラ作曲家を目指し、なおかつ今日、唯一世界的音楽家として名声を残したのがジャコモ・プッチーニである。
 わずか5歳のときに父親が没したため、叔父フォルトゥナート・マージより、温情をもって教育を与えられる。最初は教会オルガニストの職を得るが、ジュゼッペ・ヴェルディのオペラ『アイーダ』の上演に接して、オペラ作曲家を志した。1880年『グローリア・ミサ Messa di Gloria』の完成をもって、初期の音楽修業と、家業である宗教音楽家の道に区切りをつける。この作品では、やがてミラノの舞台においてプッチーニが開花させることとなる劇的な表現力を、魅力的なまでに垣間見せている。
 1880年から1883年までミラノ音楽院にてアミルカーレ・ポンキエッリとアントーニオ・バッジーニに師事。1882年には、出版社ソンツォーニョ社主催の1幕物オペラの作曲コンクールに参加、入賞することはできなかったが、提出作品『妖精ヴィリー Le villi』は後に1884年に舞台化され、出版社リコルディ社主ジュリオ・リコルディに注目されるきっかけとなった。こうしてリコルディ社の依嘱によって作曲されたのが、1889年に完成された2作目のオペラ『エドガー』である。1891年には、トスカナ地方のトッレ・デル・ラーゴに別荘を購入し、終生にわたって仕事場兼自宅とした。プッチーニの亡骸が眠っているのもこの地である。プッチーニ
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偶然BSで映像、メンコン?、3楽章のみ観ました・・深い音楽性と技量の確かさが・・
江藤俊哉氏(バイオリン奏者)が死去(読売新聞) - goo ニュース