妻(つま)は娘(むすめ)の香里(かおり)から送られてきた写真(しゃしん)を見て言った。
「ねえ、あなた。太一(たいち)、もう卒業(そつぎょう)ですって。ほら見て、香里より背(せ)も伸(の)びちゃって…」
夫(おっと)は写真を覗(のぞ)き込んで、「ほう、いい顔してるな。将来(しょうらい)が楽しみだ」
夫婦(ふうふ)は孫(まご)の卒業(そつぎょう)写真を見て笑(え)みを浮(う)かべた。のどかな休日の昼下(ひるさ)がりである。
夫はぽつりと言った。「俺(おれ)も、もうすぐ定年(ていねん)だ。会社を卒業ってわけだ」
妻はいろんなことが脳裏(のうり)に浮かんで、「そうね。長い間、ご苦労(くろう)さまでした」
「まあ、そこそこ貯(たくわ)えもあるし、これからは二人でのんびり暮(く)らそうや」
妻はこのときとばかり言った。「実(じつ)は、私も卒業しようと思うの」
夫はきょとんとして妻の方を見た。妻はにっこり微笑(ほほえ)んで、
「私、あなたの妻を卒業します。これからは、自分のために生きようって――」
夫は慌(あわ)てて言った。「ちょっと待(ま)てよ。それじゃ、離婚(りこん)しようっていうのか? 俺を一人にして…、俺のこと嫌(いや)になったのか?」
妻は夫の慌て方に大笑(おおわら)いして、「そんなんじゃないわよ。嫌になんか」
「じゃあ、何だってんだよ。俺は、これから二人で楽しく過ごそうって…」
「だからよ。これからは、お互いに自立(じりつ)しましょ。あなたも、身の回りのことは一人で出来るようにならなくちゃ。私がちゃんと教えてあげるから、心配(しんぱい)しないで」
<つぶやき>人にはいろんな卒業があるよね。でも、それは新しい何かの始まりなのです。
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