「ねえ、暑(あつ)いわ。あたしたち、どこまで歩けばいいのよ」
女は照(て)りつける陽射(ひざ)しを気にしながら言った。男はただ黙々(もくもく)と歩いている。
「聞いてるの? あたし、日陰(ひかげ)が欲(ほ)しい。雲(くも)を出してよ。あなた何だってできるんでしょ」
女は男に無理難題(むりなんだい)をふっかける。男はそれを聞き流(なが)し、女を励(はげ)ました。陽射しはどんどん強くなり、足元(あしもと)の砂(すな)を熱(ねっ)し続ける。まるでフライパンの上を歩いているようなものだ。
「ねえ、喉(のど)が渇(かわ)いたわ。水をちょうだい。水筒(すいとう)の中にまだ入ってるんでしょ」
男は首(くび)を振り、水筒をカラカラと振った。女は立ち止まり、溜息(ためいき)をつく。男は女の手を取り、優(やさ)しく引き寄せた。そして、女の耳元(みみもと)で囁(ささや)いた。
「もう少しだ。もう少しでエンドロールが入るから。そしたら、二人でオアシスへ行こう」
女は驚(おどろ)いて男を押(お)しやり、「何で! これで終わりなの? あたしたち、歩いてるだけじゃない。恋が始まるわけでもないし、アクションシーンだって何ひとつないじゃない。それに、カメラはどこよ。スタッフの影(かげ)すらないじゃない」
男は女をグッと抱(だ)きしめて言った。「ダメだよ。短気(たんき)を起こしちゃ。ここまで歩いてきたことが無駄(むだ)になってしまう。――僕(ぼく)たちの恋はこれから始まるんだ。ここからがクライマックスだ。さあ、最高の笑顔を見せてくれ。カメラは一キロ先で君(きみ)を――」
<つぶやき>二人はなぜ砂漠(さばく)を歩いているのでしょう。本当に映画の撮影(さつえい)だったのかな?
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