主人(しゅじん)は女の顔をまじまじと見つめたが、どうにも思い出せない。女は、
「あたし、まだ子供(こども)だったから。でも、あたしの名前(なまえ)を聞いても全然(ぜんぜん)気づかないんだもの。だからあたし、あなたの家庭(かてい)も壊(こわ)してあげようと思って」
「何だと…。神谷(かみや)…、あかね…。誰(だれ)だ? 神谷…。ええっ、俺(おれ)は知らんぞ! そんな――」
「別に構(かま)わないわよ。思い出してもらわなくても。あなたの家庭はもう壊れちゃったから」
「どういうことだ? お前、何をしたんだ!」
女は笑(わら)い声を上げて、「あなた、家族(かぞく)のことなんか何とも思ってないじゃない。自分(じぶん)のことしか頭にない。そうでしょ?――仕方(しかた)ないわね。じゃあ、教えてあげる。さっきの勇太(ゆうた)くん。彼の借金(しゃっきん)って、ギャンブルが原因(げんいん)なのよ。誰に、そんなこと教わったのかしらね」
「まさか…、お前がギャンブルに誘(さそ)ったのか?」
「あら、いやだ。あたしじゃないわ。あたしはただ、お金を返(かえ)す方法(ほうほう)を教えて上げただけ。別に、借金の肩代(かたが)わりをしたわけじゃないわ。ちょっときつい仕事(しごと)だけど、何年か頑張(がんば)れば戻(もど)ってこられるわよ。まあ、音(ね)を上げても、逃(に)げ出せないけどね」
「きつい仕事って、何をやらせるつもりだ」
「男の仕事よ。海の上でお魚(さかな)をとるの。でも、あんなひ弱(よわ)な身体(からだ)で大丈夫(だいじょうぶ)かしら。もし病気(びょうき)にでもなったら、きっと帰って来られないかも。あの船長(せんちょう)さん、ひどい人だから」
<つぶやき>お金を借りるときには、よく考えてからにしましょう。返せないと大変(たいへん)です。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。