主人(しゅじん)は吐(は)き捨(す)てるように言った。「ふん、あんなごくつぶし。どこで野垂(のた)れ死(じ)にしようがかまうもんか。どうせ何の役(やく)にも立たんからな」
「まあ、可哀(かわい)そう。でも、仕方(しかた)ないわね。その通(とお)りなんだから」
女はそう言うと、キッチンのほうをうかがった。でも、妻(つま)の姿(すがた)はここからでは見えない。女は改(あらた)めて座(すわ)り直して、主人の顔を見据(みす)えて言った。
「では、奥(おく)さまにお貸(か)ししている一千万の返済(へんさい)の件(けん)ですが――」
「俺(おれ)は知らんぞ。あいつから取り立てればいいだろ。どうせ返(かえ)せるもんか」
「はい。それは初めから分かってましたので、別(べつ)の方(かた)に返済(へんさい)してもらうことにしました」
「別の方? あいつの親類(しんるい)にそんな金持(かねも)ちがいるはずないだろ。まったく、何にそんな金を使ったんだ。まさか、誰(だれ)かに欺(だま)されて…」
「奥さまも、お寂(さび)しかったんじゃないですか。こんな大きなお屋敷(やしき)でひとりだなんて…」
「男か? あんな不細工(ぶさいく)な女が、男に貢(みつ)いだのか? もう終(お)わりだ。離婚(りこん)してやる」
「それはいいですね。そうすれば、奥さまも自由(じゆう)の身(み)になれますわ。贅沢(ぜいたく)な暮(く)らしはできませんけどね。ああ、そうそう。返済の件は大丈夫(だいじょうぶ)だと思いますよ」
主人は怪訝(けげん)そうな顔をして、「何を言ってるんだ。どこにそんな…」
「まゆちゃん。まだ高校生(こうこうせい)ですけど、将来(しょうらい)楽しみですよね。磨(みが)けば、素敵(すてき)な女になると思いますよ。きっと、たくさん稼(かせ)いでくれるはずですわ」
<つぶやき>どこまで卑劣(ひれつ)なことをするのでしょう。よほどの恨(うら)みがあるのでしょうね。
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