妻(つま)は、包丁(ほうちょう)を振(ふ)り回して女を追(お)いかけ回した。だが、途中(とちゅう)で足がもつれて床(ゆか)へ倒(たお)れ込む。その拍子(ひょうし)に、包丁は妻の手を離(はな)れて床を滑(すべ)って行った。それでも妻は止(や)めようとしなかった。妻は女をつかまえると、取っ組み合いになる。お互(たが)いに一歩(いっぽ)も引かなかった。
女が妻を壁(かべ)に押(お)しつけたとき、いつの間にか主人(しゅじん)がすぐ横に立っていた。その瞬間(しゅんかん)、女は顔を歪(ゆが)めて主人を見つめる。主人は嫌(いや)らしい目つきで笑(え)みを浮(う)かべた。妻には何が起こったのか分からなかった。だが女が自分から離れていくと、すぐに分かった。女のワンピースのわき腹(ばら)のあたりが真っ赤な血(ち)で染(そ)まっていたのだ。
女が倒れ込むと、主人は手に包丁をにぎったまま笑(わら)いながら言った。
「ハハ…、お前なんかに邪魔(じゃま)されてたまるか。俺(おれ)は、俺はもっと偉(えら)くなるんだ」
女は顔を上げると、喘(あえ)ぎながら主人に向かって呟(つぶや)いた。
「これからよ。これから、本当(ほんとう)の復讐(ふくしゅう)が始まるの…。あなたは、もうおしまいよ」
その時、玄関(げんかん)のチャイムが突然(とつぜん)鳴(な)り出した。主人は、自分のしてしまったことに初めて気づいたように、その場(ば)に立ちつくした。庭(にわ)を回って来たのだろう、スーツ姿(すがた)の男たちが走り込んでくる。男たちは、部屋の中に血を流して倒れている人を見つけて大騒(おおさわ)ぎになった。男の一人が窓(まど)を叩(たた)き叫(さけ)んだ。「警察(けいさつ)だ! ここ開(あ)けなさい! 開けるんだ!」
それと同時(どうじ)に、玄関から入って来た刑事(けいじ)たちが、包丁を持った主人を取り囲(かこ)んだ。
<つぶやき>壮絶(そうぜつ)な結末(けつまつ)になってしまいました。女は助(たす)かったのでしょうか、それとも…。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。