7月13日、東京地方裁判所は、福島第一原子力発電所事故による損害をめぐって東京電力の株主が旧経営陣5人に対し22兆円を会社に賠償するよう求めた裁判において、元会長ら4人に合計13兆円余りの賠償を命じる判決を下しました。
福島第一原発事故に関しては、すでに一審の判決が出ている刑事裁判で、当時の経営陣の責任は問われず無罪となっています。この刑事裁判では、東京高裁において現在上告審が審理されているところであり、二審の判決が出る前に旧経営陣の責任を認めた民事判決が出たことの影響は(ある意味)極めて大きいと言えるでしょう。
一方、今回の東京地裁の株主訴訟への判決については、(その莫大な賠償金額の割には)今のところ多くのメディアが淡々と報道している印象です。そうした中、7月14日の産経新聞が「13兆円超の賠償 またもや司法の大迷走だ」と題する論考記事を掲載していたので、参考までにその主張のポイントを紹介しておきたいと思います。
福島第一原発の事故に係る東京電力の責任については、避難した住民らが起こした集団訴訟で、最高裁によって国の賠償責任を否定する判決が出されたばかり。判決理由は、実際の地震は想定を大きく上回るもので、例え東電が津波対策をとっていても(津波による)浸水は防げなかったとしていると記事は記しています。
一方、今回の訴訟において原告の株主らは、「旧経営陣は巨大津波が第1原発を襲う可能性を事前に認識していたにもかかわらず、安全対策を怠ったことで東電に甚大な被害を与えた」と主張している。
最高裁の判断に照らせば、(旧経営陣が対策を講じていても事故は起きていたはずなので)株主側の主張とは正反対となることから、今回の東京地裁の判決は最高裁の審理を無視したものと見られても仕方がないというのが記事の見解です。
原発訴訟に関しては司法判断のばらつきが目立つ。避難者の集団訴訟がその典型で、地裁と高裁での判決に混乱があったと記事は続けます。 6月の最高裁の判決は、そうした状態の収束に寄与するはずのものであっただけに、(今回の東京地裁の判決は)極めて残念と言わざるを得ないということです。
さらに、旧経営陣4人中の3人は福島事故に関する業務上過失致死傷罪で強制起訴されたが、令和元年には東京地裁で無罪判決を言い渡されている。刑事裁判と民事裁判の差があるにしても、同一地裁で津波被害の予見可能性について3年を経ずに逆の判断が示される事態は、迷走以外の何物でもないというのが記事の指摘するところです。
一方、7月13日の東京新聞は、「13兆円賠償命令100点満点」と題する記事において、東京起債による「後世に残る名判決」、「原発政策の転換につながることを期待したい」と報じています。
原告団共同代表の河合弘之弁護士は、「事故を起こし、逃げ回ってきた幹部に対する裁判官の怒りがこの判決に満ち満ちている」「原発の再稼働についても非常にブレーキになる」と語り、「こんな巨額な賠償責任を負うなら、ほかの手段でいこうと判断する役員も出てくるのではないか」と、原発政策の転換に期待感を示しているということです。
さて、 多くの人がふるさとを失い被害を被った福島の原発事故から11年。責任の所在を明らかにしたいという被災者の思いや、「国益」を背景とした大企業の論理に抵抗したいという原告団の正義(感)は分からないではありません。しかし、経営者個人を対象にした訴訟の目的が、(ある意味)「見せしめ」を作り「留飲を下げる」ことに終わってしまうのであれば、(多くの時間と労力をかけているだけに)それ自体たいへん残念に思うところです。
今回の東京地裁による判決で、津波発生の予見可能性や対策に関する責任の問題がさらに混迷の色を深めるだろうという産経新聞の指摘は、(きっとかなり高い確率で)現実のものとなることでしょう。
原発事故の原因を経営者個人の判断ミスに矮小化させることは、問題の本質を誤った方向に導きかねない。もとより原発の運用は、戦後の早い時期から政府が国策として進めてきたものであり、民間の電力会社の経営者に「事故が起きた際の責任」を押しつけるのは(素直に考えて)かなりの無理があるような気もします。
さらに、(今回のような)天文学的な経営者個人への賠償命令が電力会社の経営判断のバイアスとなり、今後の日本のエネルギー政策に大きな影響を及ぼす可能性も否定できません。実際、今回の判決は、エネルギー危機が叫ばれる現状において、現に原発を運営する電力会社の経営陣を委縮させることにもつながることでしょう。
国民のだれもが恩恵を受けているエネルギーの問題は、そのリスクも含めて国民全体で十分に考えていかねばならないもの。福島第一原発の事故に関しても、多くの国民が「被害者」であると同時に「加害者」であることを、十分に自戒しておく必要があるのではないかと(今回の判決に関する記事を読んで)改めて感じるところです。
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