「PRESIDENT Online」に連載中の大前研一さんのコラムに「北方四島は日本の領土という外務省のペテン」というタイトルの寄稿がありました。大前さんは、5月にも日経BP誌のコラムにおいて、「面積等分論を前向きに検討し、日ロ経済協力を深めよ」として同様の主張を行っています。
大前さんはこのコラムにおいて、中国や韓国との関係については「反日」を政権のエネルギーに据える両国の国内事情により当面はにっちもさっちもいかない膠着状態におかれるだろうと言っています。このため、しばらくの間は、両国との間の歴史認識や領土問題などについて粛々と対応しながらも冷却期間を置き、この間にプーチン政権下のロシアとの関係改善に日本経済の突破口としての役割を見出したらどうかというのが大前さんの考えです。そして日ロ経済協力を大きく進める足がかりとして、この機会に北方領土問題の解決に向けた道筋をつけるべきだとしています。
そもそも、北方領土に関する歴史的な経過について、大前さんはこのように主張しています。
(1)日本では、ポツダム宣言受諾後にソ連軍が北方領土を不法占拠したと喧伝されているが事実は異なる。ヤルタ会談で北海道の北半分を要求したスターリンに対しルーズベルトはこれを認めず、代案として北方四島を含む千島列島の領有を認めた。アメリカはこの経緯をよく承知している。
(2)日本の外務省が北方領土について四島一括返還を言い出したのは1956年の重光外相とアメリカのダレス国務長官の会談以降のこと。それまでの戦後の10年間、日本政府はヤルタ会談の経緯を踏まえ四島一括返還を主張したことは一度もなかった。
(3)重光・ダレス会談で、二島妥結による解決を図ろうとしていた重光外相に対し、日ソ和平が進むことを警戒したダレスが、ソ連が受け入れる可能性の薄い四島一括返還を求めるよう縛りをかけた(「二島返還で妥結するなら、沖縄を永久に領有する」と脅した)という経緯が国民には知らされていない。
(4)鳩山一郎首相が1956年に実現させた日ソ共同宣言では、平和条約締結後歯舞・色丹島の日本への引き渡しが明記されている。しかし、その後日本側が態度を急変させ四島一括返還にこだわったために領土交渉が膠着した。つまり戦後日本が一貫して四島一括変換を主張してきたというのはアメリカにへつらう外務省のペテンである。
大前さんによれば、自ら柔道の有段者でもあり世界の指導者の中でも特に日本通といわれるプーチン大統領の就任によって、日本とロシアとの経済協力が大きく動く可能性がでてきているといいます。このチャンスにロシアに集中的なエネルギーを注ぐことで、停滞する日本経済に大きな刺激を与えることが出来る…というものです。
また、プーチン大統領は今年4月の安倍総理との首脳会談において、領土問題の解決方法の例として係争領土を等分する「面積等分」の考え方を紹介したということですが、大前さんは、この際、歯舞、色丹、国後と、択捉の一部にまでおよぶこの「等分」の考え方を受け入れ、直ちに「日ロ平和条約」を締結すべきだとしています。そして、ロシアとの関係改善により経済分野でのロシアブームを呼び込むことで、天然ガスや電力などアメリカや中東に依存しないエネルギーの確保や核廃棄物の最終処分など、日本経済の最優先課題の解決の糸口を見つけていくこができるのではないかとしています。
確かに私の知る限りでも、戦後日本ではこの北方四島一括返還の主張がひとつの障害になって、ロシアとの関係が60年以上にわたり閉塞状況にあることは否めない事実です。戦後世代の我々にとって、北方領土といえば物心ついた頃から「歯舞」「色丹」「国後」「択捉」の四島のことであり、それ以上でもそれ以下でもないと言われ続けてきました。
ソ連は敗戦のどさくさに乗じて四島を不法に占拠した。ソ連は崩壊したのにそれをまとめて返さないロシアはけしからん。四島そろって帰ってくるまではロシアとは一切つきあうな…と。また、我々の父母の世代には、「ソ連侵攻→敗戦」の記憶に東西冷戦の社会状況が相まって、ロシア(=ソ連)に対する不信感には相当なものがありました。そういう意味では、こうした戦中・戦後の世代にとって、今回の大前さんの意見は極めて突拍子もないことと聞こえているのではないかと思います。
一方、現在この昭和一桁世代も現役を離れ、満州の平原になだれ込むソ連兵のイメージは徐々に薄れつつあります。社会主義が倒れて早四半世紀となり、冷戦の記憶もずいぶんと遠いものになってきました。そんなとき、実効支配されている北方領土の、それも一括返還に拘泥するあまり、ロシアという可能性を全て捨ててしまうことへの愚かしさを説く大前さんの主張に、耳を傾ける人も多くなって居るのではないかと思います。
大前さんは、アメリカの機嫌を損ねることばかりを心配する外務官僚の保身のために、戦後の日本はロシアというきわめて魅力的な商売相手を奪われ続けてきたと言います。プーチン政権が海外との経済協力を模索するこんな時こそ、戦後60年にケリを付ける大きなチャンスだと主張しています。そして目玉の乏しい「第三の矢」にこうした「ロシアプログラム」を追加すれば、成長戦略も一瞬にして具体的な魅力的なものになるだろうとしています。
領土問題には様々な立場からの意見があることは承知をしています。独立した主権国家の基盤は領土であり、主張すべき所は主張する必要があることも事実です。しかし、一方で歳月により生まれる「英知」というものもあるのかもしれません。立場ばかりを厳密にとらえて思考停止に陥るのではなく、様々な可能性とメリットを比較考量し解決策を相手国とともに探る柔軟性も、時に必要なのかもしれません。
心情の問題は当然あるとしても、誤解と非難を恐れず様々なオプションを探ることもまた政治を託された者のひとつの責任なのかなと、この論評を読んで改めて感じた次第です。
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