世界の長者番付を毎年公表している米国の経済紙『フォーブス』は、アメリカ国内には資産10億ドル(約1000億円)以上のビリオネアが705人もいるが、その一方で、全国民の半数以上がその日暮らしの不安定な生活を余儀なくされていると指摘しています。
政府が公表しているデータを見ても、米国で所得階層の(下から)50%を占める約1億2000万人の労働者階級の平均所得は1万8500ドル(約190万円)に過ぎず、1億人を超えるアメリカの成人が年収200万円程度の生活をしていることが見て取れます。
しかし、その上の(つまり、中間値より上位の)40%に位置する中流階級(9600万人)の人々の平均所得は7万5000ドル(約750万円)あり、日本のサラリーマンの平均収入(平均441万円/2018年)よりも7割も多い、世界的に見れば裕福な人々だといえるでしょう。
さらにその上の9%を上位中流階級(2200万人)とすれば、その平均所得は22万ドル(約2200万円)に達していることがわかります。郊外に広々として家を所有し、十分な年金を積み立て保証が手厚い医療保険に入っている富裕層のイメージがここに当てはまることになります。
そして、その上の上位1%が、いわゆる「富豪」と呼ばれる階層ということです。
彼らの年間平均所得は150万ドル(約1億5000万円)に達し、その頂点にいるのがジェフ・ベゾス(資産13兆円)、ビル・ゲイツ(10兆円)、ウォーレン・バフェット(8兆円)らの超富裕層です。
1980年当時、こうした上位1%の所得が米国の国民所得に占める割合は10%程度だったされていますが、40年後の現在では既に20%台まで拡大しているということです。
米国において膨らみ続けるこうした(気の遠くなるような)所得格差に関し、プリンストン大学教授のアティフ・ミアン氏が10月14日の日本経済新聞に、「富裕層の過剰貯蓄、是正急げ」と題する論考を寄せています。
経済全体の健康状態は、需要と供給のバランスのとれた相互依存関係の上に成り立っている。そこに極端な不平等が生じれば、需要と供給のバランスが危うくなるとミアン氏はこの論考に記しています。
例えば、経済の不平等化が進み、生産の大半を人口のごく一部が生み出すようになった状態を思い浮かべてほしい。一握りの富裕層が生産に占める割合が大きくなりすぎれば、残りの人々は富裕層が生産したものを買おうにも購買力がなくなってしまうと氏は言います。
この場合、経済は「過少需要」状態になり、政府支出など外部からの支援のない限り、深刻な景気後退に陥る危険がある。そして、データをみる限り、米国は既にこうした状況に直面しているというのが氏の認識です。
米国の税引き後所得合計に占める最上位1%の割合は、1980年には9%だったのが、近年では15%に達している。富裕層は所得に占める貯蓄の比率が高いことがわかっており、所得格差が拡大すれば最上位1%の貯蓄は大幅に増えるとミアン氏は指摘しています。
今日の米国で最も富裕な一人であるアマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏の資産は1450億ドル。この資産を運用して年5%のリターンが得られるとしたら、資産を一銭も減らさずに毎日2千万ドル使うことが可能だということです。
そして、この金額は、米国の中位個人所得の約21万倍に相当する。ベゾス氏の日々の支出は平均的な米国人より多いにしても、約21万倍ということはあるまい。となれば所得のかなりの部分を貯蓄に回しているはずだと氏は説明しています。
ここで生まれる問題は、ベゾス氏のような金満家たちが毎年スウェーデンの経済規模に匹敵するほど貯蓄を増やす結果として、その追加的な貯蓄はどこかに行かなければならないということ。それでは、こうした過剰貯蓄は一体何に使われているのか?
結局のところ、こうした余剰資金は銀行やクレジットカード会社、住宅ローン会社などにより貸し出され、「普通の市民の消費に回されている」というのがその答えだと、氏はこの論考に綴っています。
デパートでしきりにクレジットカード申し込みを勧誘されたり、銀行が盛んに住宅ローンを勧めたりするのは、こうした富裕層の過剰貯蓄で説明がつくと氏は言います。
米国では最上位1%が総所得に占める比率が高まるにつれて、それ以外の層の債務水準が上昇している。ここ数十年は、政府の財政赤字も富裕層の貯蓄でファイナンス(資金繰り)されるようになっているということです。
要するに、政府や富裕層以外の家計の債務の大幅増は、富裕層の貯蓄で手当てされてきたとミアン氏はこの論考で指摘しています。
不平等を巡る議論ではこの関係性はとかく見落とされがちだが、富裕層による行き過ぎた富の蓄積は、それ以外の層の債務水準の急上昇に直結しているというのが氏の見解です。
そこに現れる問題は、格差が拡大した経済システムでは不均衡が生じ最富裕層の貯蓄が大幅に増えるので、それを誰かが借りて消費に回し総需要を増やさねばならないことだと氏は続けます。
その結果、借金頼みで経済を維持することになるが、それで何事もなく済むはずがない。借金マシンを回し続け、どんどん積み上がる過剰貯蓄を毎年吸収するための唯一の方法は、金利が下がることだというのが氏の指摘するところです。
米国ではまさにそうなった。10年物米国債利回りは82年には10%を超えていたが、今日では1%を下回っている。このプロセスはいわば「借金に裏付けられた需要」だと、氏は説明しています。
一方、債務水準が高くなりすぎて金利がゼロに近づくと、経済は債務からいつまでも抜け出せない債務のわなに落ち込み「超低金利」のまま停滞すると氏は言います。
停滞は新型コロナウイルスの感染拡大の前から明らかだったが、パンデミック(世界的流行)により不平等ひいては不均衡が深刻化し、事態は一段と悪化した。低所得層がとりわけ重大な影響を受ける一方で、富裕層の貯蓄率はさらに上がっているのは(パンデミックのせいで)休暇や旅行や娯楽への支出が減ったからだということです。
米国においては、これまで所得格差の拡大が引き起こす不均衡は野放しにされてきたが、新型コロナ危機は、米経済がいかに病んでいるかを暴き出したと氏はしています。
甚だしい不平等は公正を欠くだけでなく、米国全体の潜在的経済力を損ねることにもなりかねないのは自明です。
そうした観点に立ち、米経済が持続可能な健康体を取り戻すには、新型コロナ危機への対応にとどまらず、経済政策により不平等拡大の根本にある構造問題に取り組まなければならないとするこの論考におけるミアン氏の指摘を、私も大変興味深く読んだところです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます