MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯192 子供を貧困から守る

2014年07月05日 | 社会・経済

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 人が貧困状態にあるか否かを判断する基準のひとつに「貧困線(Poverty line, Poverty threshold)」というものがあります。貧困線は、統計上生活に必要な物資を購入できる最低限の収入を表す指標で、それ以下の収入では一般的にその国で世帯の生活が支えられない。つまり、貧困線上にある世帯や個人は、娯楽や嗜好品に振り分けられる収入が存在しないというギリギリの所得水準にあることを意味しています。

 現在の日本における貧困線は、1人世帯では年収で概ね127万円、2人世帯では180万円、4人世帯は254万円とされているので、一般的にはそれ以下の所得層をいわゆる「貧困層」として認識することができます。

 データを見る限り貧困となる割合が大きいのは65歳以上の高齢者で、貧困率は20~21%、つまり高齢者の5分の1が貧困状態にあると考えられています。一方、18歳以下の子どもの貧困率は、2004年で13.7%であったものが2010年には15.7%に拡大しており、3年間で貧困状態にある子どもが約23万人も増えた計算になるということです。つまり、実に約7人に1人の子どもが貧困状態にあることになり、これはOECDに加盟している22ヵ国の中でも8番目の高さだとされています。

 特に、日本では、母子世帯の貧困率が特徴的に高いことが知られています。全世帯の4.1%を占める母子世帯の母親の約85%が就労しているにも関わらず、そうした母子世帯の貧困率は2004年時点で実に66%に達しており、その平均年間所得金額211.9万円は、児童のいる世帯の平均年収である718万円の3分の1以下という計算になるということです。

 国内の各自治体には「就学支援制度」というものがあり、生活保護世帯や住民税非課税世帯など経済的な理由により児童生徒を就学させることが困難と判断された世帯に対して、就学のために必要な給食費や学用品代などを支給しています。こうした支援金の支給対象者も母子世帯の増加に伴い調査開始以来17年連続で上昇しており、2012年度には全小中学生の15.64%に及んでいるということからも、子供の貧困が既に看過できない状態に陥っていることがわかります。

 こうした状況を踏まえ、6月10日の日本経済新聞の紙面では、生活保護世帯の子供が成長し再び生活保護受給者になるといういわゆる「負の連鎖」を生みかねない「子供の貧困問題」への政策的な対応について、いくつかの参考になる視点を提供しています。

 18歳の若者に職業訓練などにより500万円程度の投資をしても、そうした投資により正社員として就労できた場合、定年まで働けば5000万円(非正規でも2500万円)程度の税や社会保険料が社会に還元されることになると記事では説明しています。一方、これを放置して生活保護に陥った場合は、逆に約5000万円の費用が社会の負担となる。つまり(必ず就職できるとは限らないけれども)、この投資の費用対効果は1億円近い金額になる可能性があるという指摘です。

 また、海外では、貧困層の増加は治安の悪化や犯罪の増加につながるとして、社会的なロス(コスト)の試算に入れることが多いと言います。さらにアメリカのデータからは、貧困層の増加が経済成長を鈍化させるという結果も見られるということです。

 この記事において一橋大学教授の小塩隆士(こしお・たかし)氏は、日本の再配分政策は非常に「非効率」で貧困を解消するには力不足だという見解を述べています。日本の社会保障政策の多くが実態として幅広い高齢者層に向けられたものであり、本当に困窮している高齢者や若者、子供の救済に向かってない。実際、再配分による「相対的貧困率」の改善率は概ね50%と、OECD加盟30国中25位に過ぎないという指摘です。

 冷静に考えれば、一人の子供に投資する期間は高齢者の場合と違って極めて限られた期間のものであり、少子化により人数も減少しているので大きな費用にならない。しかも、就学前(成長段階にある)の子供への投資効果は非常に高いと記事は見ています。

 昨今の急激な少子高齢化を背景に、政府は現在、出生率に目標値を設定しその引き上げを目指しています。こうした目的を達成させるためには、出産・子育て世代に対する直接的な現金給付により家庭を安定させ貧困層にある子供たちの生活水準を引き上げることが、非常に効率的でしかも政策として取り組みやすいのではないかというのが、少子化対策も見据えたこの記事の「子供の貧困対策」への視点です。

 貧困は資本主義に組み込まれた構造的な問題と捉えれば、経済を持続的に循環(拡大)させるためのこのような再配分の措置がどこかで必要なことは言うまでもありません。問題はそのための投資をどのタイミングでどの程度行うことが、最も効率的で(費用対効果が高く)経済の再生産や社会の安定につながるのかをしっかり考え、そして必要があれば「敢然と」実行していくところにあるということなのかもしれません。

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