MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2160 問われる報道姿勢

2022年05月19日 | テレビ番組

 厚生労働省は5月11日、芸能人の自殺報道が相次いだことを受け、「著名人の自殺及びその手段や場所等の詳細に触れる報道は、報じ方によっては『子供や若者、自殺念慮を抱えている人の自殺を誘発する可能性』がある」とし、各メディアにWHO(世界保健機関)が定めた「自殺報道ガイドライン」を踏まえた報道を求める文書を通知しました。

 文書では、「亡くなった方の自宅前等から中継を行う」「街頭インタビューで、市民のリアクションを伝える」といった“過剰報道”の例を挙げ、自殺の手段を明確に表現したり、報道を過度に繰り返したりしないよう注意喚起を行っています。また、報道を見て苦しくなったときは、SNSのミュート機能を使ったり、ネット・テレビから距離を置いたりするよう案内するとともに、不安を感じた人は厚労省やその他関連団体が設ける窓口への相談を促すよう求めているということです。

 とはいうものの、視聴者に身近な人気芸能人が突然亡くなるという事態を追いかけるのは、テレビのワイドショーの宿命のようなもの。実際、5月11日の朝以降、テレビの情報番組では、大半の時間が割かれ関連するニュースを報じています。

 親交のあった芸能人の声を追いかけたり、過去の映像を何度も繰り返し流したり、「専門家」を名乗る人のコメントを集めたりと、そこはそれお手のもの。そうした中、ガイドラインがあるせいでしょうか。沈痛な面持ちの司会者が 「なぜ、死を選ばなければならなかったのか…」とまとめた後に、とってつけたように「いのちの電話」や「こころの健康相談室」の電話番号などがテロップで流されるのを見て、これは何かの冗談ではないかと感じているのは私だけではないでしょう。 

 そんな折、5月12日の「東洋経済オンライン」にコラムニストの木村隆志氏が「芸能人の自死関連報道は絶対に見てはいけない訳」と題する一文を掲載していたので、参考までに紹介しておきたいと思います。

 今回の芸能人による自殺報道に関し、メディアの報道姿勢として疑問を呈しておきたいのが「相談窓口」の添付という「免罪符」だと木村氏はこのコラムに記しています。

 媒体を問わず自死関連の報道には、最後に「いのちの電話」「こころの健康相談」「生きづらびっと」などの連絡先を添えることがお決まりのようになっている。しかし、当然「これを添えれば、どんな内容でも許される」というものではなく、そもそも相談窓口は「悩みが解決できる」のを前提したものではないというのが氏の認識です。

 精神状態には個人差があり、たとえば相談員に心を開いて悩みを打ち明けられるかどうかが未知数なのは自明のこと。相談員にも対処能力に個人差や相性があり、必ずしも万能とは言えないと氏はしています。

 加えて、そこで連絡がつながらなければ「ここも私を見捨てるのか」と絶望してしまうリスクもある。それが故に、「自死報道でショックや悲しさを増したうえで、相談窓口に誘導する」という現在の流れは看過できないというのが氏の指摘するところです。

 さらに怖いのは、幾度となく報道されることで、「本来自分とは縁遠いものだったはずの自死が少しずつ身近なものになってしまう」こと。好き嫌いを問わず知っている人の自死には少なからず自分への影響力があり、有名人であればなおのことだと氏は言います。

 たとえば、「自分は自死なんてしない」と思っている人の心にも、「自分もそういう可能性はあるのか?」という小さな疑問が芽生えてしまう。あるいは、「自分たち一般人と同じような悩みがあったのかな」などと親近感を抱いてしまうことで、自死の連鎖につながるリスクが高まるということです。

 いずれにしても、怖いのは、自死報道を見れば見るほど、縁遠かったはずの自死が、自分にも起こりえる可能性がある生々しいリアルなものとして心の奥に認識されてしまうこと。自分にとって「ありえないもの」が知らぬうちに「あるかもしれないもの」に変わり、「もともとすべての人間が自死という選択肢を持っている」と自認してしまうというのが氏の懸念するところです。

 氏によれば、カウンセラーとして日ごろ相談を受けていると、悩みの程度が軽い相談者の中にも、「『死んだら楽になれるかな』と思ったことがある」という人が少なくないということです。

 「死んでしまいたい」とまでは思わないけれど、「死んだら楽になれるかな」くらいの思いが頭をよぎる人たちは大勢いる。実は、それくらい自死は身近なもので、それだけに、できるだけ遠ざけておかなければならないのではないかとこのコラムを結ぶ木村氏の指摘を、私も改めて重く受け止めたところです。

 



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