MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

 伊皿子坂社会経済研究所のスクラップファイルサイトにようこそ。

♯1703 ドラマ「半沢直樹」と時代性

2020年08月17日 | テレビ番組


 今から7年前、放送が始まるや否や「倍返しだ」の決め台詞と共に話題が話題を呼び、最終的には視聴率が40%を超えたTBSの(化け物)ドラマ「半沢直樹」。

 (コロナの影響で放映が先延ばしされていましたが)7月に始まった新シリーズも好調で、8月9日に放送された第4話の平均視聴率は22・9%、初回から連続で22%を上回ったということです。

 新シリーズでは、前作同様、第1回から主演の堺雅人が演じる銀行マン(前半は出向先の証券マンでした)半沢直樹が出身銀行を始めとした企業の不正を次々と暴いていく展開が続き、コロナで自粛生活を続ける視聴者の留飲を下げさせています。

 相変わらず、登場人物たちの人間関係は極めて濃密で、(こんなことをしていたらあっという間にコロナのクラスターができてしまうだろうなというくらい)大声で怒鳴り合い、時には胸ぐらをつかむような熱い演技が続いています。

 特に今回は、香川照之演じる大和田取締役、片岡愛之助演じる金融庁の黒崎検査官という超個性的な面々に加え、市川猿之助演じる伊佐山部長という新ヒールキャラが登場し、舞台はヒートアップするばかり。歌舞伎役者ならではの(目を剥く)大見栄え顔のアップが、正に板についているという感じです。

 もはや、これは「ドラマ」といよりも、台詞で戦うプロレスのようなもの。四角いテレビ画面をリングに見立て、鍛え抜かれた顔力と言葉の殴り合いが続くひとつの格闘技と言っても良いかもしれません。

 7年ぶりに「日曜劇場」に戻って来た今回のシリーズのこのような過激な展開については、「ショーになりすぎて、人間ドラマが損なわれているのではないかという疑問の声もちらほら…」といった声も聞かれます。(東洋経済ONLINE「半沢直樹 続編も快進撃の裏に潜む1つの不安」2020.8.16)

 「相手を叩きのめすことばかりが主になり、言葉が暴力的でキツイなどという意見から、いやもはや笑ってしまうという意見まで。7年前は、銀行業界のリアリティーも含めて働く日本人を活写していた「半沢直樹」も、やや時代からズレているのではないか」と東洋経済の記事は指摘しています。

 確かに、ドラマ中に出てくる台詞の多くはハラスメントぎりぎり(と言うよりもハラスメントそのもの)の内容で、労基署に訴え出れば「完全アウト」のものばかり。今どきの企業で上司や得意先からこんな扱いを受ければ、上司としての能力を疑われるばかりか企業の信用すら危うくなって来るでしょう。

 ま、そこはあくまでドラマですので心配はいらないのでしょうが、こうした場面ばかりを見せられていると、(例え15分ごとにCMが入るとしても)見ている方の視聴者も少し疲れてしまいます。

 そこで、中年男性の怒鳴り合いで熱くなった場をクールダウンさせるような存在として登場するのが、井川遥演じる小料理屋の若女将や上戸彩演じる半沢直樹の妻「花」ということになるでしょう。

 実のところ、前回の半沢直樹シリーズでは、主要な役柄・キャストには女性がほとんど充てられておらす、それは「むさくるしい」ドラマだと評されていました。

 しかし、それから7年もの歳月を経た現在では、例え企業ドラマとは言え女性が出てこないというのは不自然ということで、若手社員や政治家役にも女性が配置されるようになっています。

 それはそれで少し落ち着きがよくなった観はあるのですが、直樹の妻、「花」の描かれ方は相変わらず不変で、直樹を支えるもの分かりの良い優しい専業主婦の役柄に徹しています。

 銀行の「奥様会」で上司の奥様に嫌味を言われたり、結婚記念日の食事会を直樹にすっぽかされたりしても、直樹の仕事のためならと笑顔で振舞う良妻賢母(子供はいない設定ですが)が花の役どころです。

 なぜ、これだけ濃密なドラマの中で、上戸彩は前シリーズに引き続き(まるで「おみそ」のように)直接ストーリーに関係のない存在として半沢直樹のバックアップに徹し続けているのか。

 8月16日の「AERA dot.」は、そんな花の役割を『武士の妻』に見立てています。(「半沢直樹の妻、花の描かれ方に賛否」)

 (外で戦う夫に対し)理屈抜きで夫の味方となり、言うべき事は言っても最後は夫の行動を見守って支援をする。そこに視聴者は安心感を覚えるし、よりドラマに感情移入しやすくなる効果も狙っているのではないかということです。

 確かに、男たちには、そうした(自分を認めてくれる)存在がいつもそばにいて欲しいという願望があるのでしょう。また、そういう存在があってこそ頑張れるという、半沢直樹の強さの源泉(のひとつ)として描かれているのかもしれません。

 一方、この記事によれば、直樹の妻「花」は、原作では広告代理店で働くキャリアウーマンで、上戸彩が演じている専業主婦の花はいわばドラマのオリジナル版なのだということです。

 しかし、前作の視聴者の中には専業主婦の花(上戸彩)に感情移入しながらドラマを見ているファンも多く、視聴者からの支持が現在の「花」の姿を作り上げているようです。一本気の(武士のような)経済戦士の妻ならば、夫に尽くす専業主婦の方が市場のニーズに合っていたということでしょうか。

 その一方で、「花の人物描写に違和感を覚える人がいないわけではない。激務の夫を支える専業主婦という設定ゆえ、ジェンダー的な観点から疑問を持つ視聴者の声はツイッターでも散見される」とAERAの記事は指摘しています。

 ドラマ自体には好意的であっても、まるで「昭和妻」のような花の振る舞いには批判的な声もある。しかし、このような「花」の設定にジェンダー的な批判の声が上がるのも、制作陣は既に織り込み済みだったのではないかというのが記事の見解です。

 様々な意見が出るのは国民的ドラマの宿命とも言える。物語を安定させ、緩急をつけるためにも、花の(安定感のある)人物像を貫いたのは、制作陣の“覚悟”の表れでではないかということです。

 さて、そうは言っても、自分が半沢直樹の妻だったとしたら、夫のこうした扱いには(多分に)考えるところもあるような気がします。

 これだけ近くで毎日顔を合わせているにもかかわらず、夫が何に苦労しているのかとか、どれだけの瀬戸際に立たされているのかなどを知らされてもいなかった。

 窮地に立つ夫に対し、自分はただ毎日食事を作りテレビなどを見ながら平穏に過ごしていたという事実を後で知ったら、何も教えてくれない夫はパートナーとしての自分をどう見ているのかと不信の目を向けていることでしょう。

 たかがテレビドラマとは言え、見方は人や時代によって変わるもの。「専業主婦」という位置づけの如何は(この際)脇に置いておいても、ドラマ「半沢直樹」は、あくまで昭和の男たちのノスタルジックな(ある意味「独りよがり」とも言える)生き様を象徴しているのではないかと、改めて感じているところです。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿