旅行業や宿泊業に関係する企業や団体が組織する日本観光振興協会が、10月15日、国土交通大臣に対し政府の観光需要喚起策「GoTo トラベル」の早期再開などを求める緊急要望書を提出したとの報道がありました。斉藤鉄夫大臣は要望に対し、「感染状況を見極めながらできるだけ早く検討したい」と応じたということです。
観光庁では既に10月8日から、新型コロナのワクチンの接種者らを対象に行動制限を緩和する枠組み「ワクチン・検査パッケージ」を使った団体旅行の実証実験を始めており、「GoTo トラベル」についてもその利用を前提に準備を進めているようです。
また、再開時期について斎藤大臣は、「感染状況を見極めながら、実証実験の結果を見てできるだけ早く検討したい」と述べたとされています。
もとより、現在事業が停止されている「GoTo トラベル」は、菅義偉元首相が官房長官時代から旗を振ってきた菅政権肝いりの政策です。
1人1泊2万円を上限に、旅行代金の半額を政府が補助する仕組みで、実施されていた昨年7~12月で延べ8781万人が利用。最初の緊急事態宣言が出されていた2020年5月に前年同月比で約2割まで落ち込んでいた延べ宿泊者数が、11月には約9割にまで回復したということです。
ところが、感染の再拡大により12月下旬に全国一律で執行が停止されて約1年。約2兆7千億円の総予算のうち、半分弱の1兆3千億円ほどが未執行のまま残されています。
既に莫大な予算が用意されていることもあり、コロナの感染拡大がようやく落ち着きを見せてきたことで、関係業界に大きく期待されている「GoTo トラベル」事業。しかし、聞こえてくるのは(どうやら)再開を望む声ばかりではないようです。
10月14日のNewsweek日本版では、慶應義塾大学大学院准教授の小幡績(おばた・せき)氏が、「すべての経済政策が間違っている」と題する論考において「GoToトラベル」の復活に「待った」をかけているので、参考までに本欄で触れておきたいと思います。
小幡氏は、政府が再開を急ぐ「GoTo トラベル」事業に対し、「これ以上、明らかに間違った政策もない」「日本経済全体だけでなく、観光業界にとっても最悪の政策だ」と厳しく批判しています。
多くの国民の間に「GoTo をやる」という話が広まったため、貧乏根性に溢れる日本国民は、GoTo が始まるまで旅行を手控えている。感染が収まり旅行に行くなら今がチャンスだが、税金の補助金を待つため多くの人が消費を控えているのが現状だというのが氏の認識です。
それでは、一日でも早くやればいいかというと、早くや、ればやるほど、歪みは大きくなると氏は言います。
なぜなら、そこでは「反動減」も大きくなるから。一旦、おいしいGoToキャンペーンを味わってしまうと、GoTo なしのときに旅行に行くのが馬鹿馬鹿しくなってしまう。なので、GoTo が打ち切りになる前には駆け込み需要が起こるし、実際、前回2020年11月にはそれが起きたということです。
つまり、GoTo がもたらすのは需要の先食いに過ぎないということ。しかも、それは一過性、かつ一期間に集中するために、その需要をうまく処理できず、消費者の側の満足度も低くなる。「まあGoTo で得したからいいか」という感じに終わり、将来の需要増加につながらないどころか、かえって需要を削いでしまうと小幡氏は説明しています。
さらに、貧乏根性でありながら少しお金のあった人たちは、「この機会に」とばかりに今まで泊まったことのない、そして将来はGoTo なしでは行くことのない高級旅館、ホテルに泊まろうとする。彼らは、リピート客とは程遠い。なので、需要喚起には繋がらないと氏はしています。
悪いことに、そういう旅館、ホテルの常連客は、普段来ない人々が押し寄せるため、落ち着いて過ごせないので行くのを止めてしまう。消費額も利益率も高くなるはずの一番よい顧客層の需要を失ってしまい、満員御礼でてんてこ舞いの旅館の利益も失われるということです。
こうして、リーズナブルな宿泊施設から高級旅館やホテルまで、最終的な需要が大きく増えることはない。そして、(残念なことに)税金だけが大きく失われる。過密にもなりやすいので、感染リスクも普通の観光よりも高くなる。つまり、誰も得をしないのがこのGoTo だと氏は話しています。
何より最も根本的に間違っているのは、「なぜ観光業が苦境にあるのか」を無視して、それと無関係に政策を打ち出していること。(有権者受けを狙って)税金をばら撒いているところにあるというのが、この論考において氏が強く指摘するところです。
なぜコロナで観光客が減ったかと言えば、(「お金がないから」とか、「旅行代が必要以上に高いから」ではなくて)感染が怖いから。また、緊急事態宣言で自粛を呼びかけたからであり、行動制限がかかったからだと氏は言います。
したがって、需要を元に戻すには、行動制限を外してやればよい。ただ、それだけのこと(で十分)だというのが氏の見解です。
その意味からすると、今は、旅行費用を政策的に補助する意味はまったくない。行動制限を外されて、ある意味タガが外れて、人々はどっと押し寄せていく(そして、緊急事態宣言の解除も待たずに実際に押し寄せている)ということです。
一方、もしも「そんなことない」「コロナ前の水準にはまだ届かない」という観光業者の不満があるとすれば、それは、別の理由からきている可能性が高いと氏は続けます。
依然、コロナ感染を怖がり続けて、自主的に行動制限をかけている人々は確かにいるだろう。これは、高齢者富裕層に多い。彼らは、金がなくなって旅行をしなくなったのではない。恐怖と不安によりしなくなったのだというのが氏の想像するところです。
であれば、彼らの不安は金を配ることでは解消しない。彼らを動かすには感染の恐れをなくすことが必要であり、GoTo の実施は(彼らにとって)感染不安を増やすばかりで逆効果だということです。
観光業を救済するならば、まずはこの1年半で傷ついた財務の建て直しを助けることだと氏はこの論考で指摘しています。過去の債務処理に関して銀行側にインセンティブを与えること。そしてそのことにより、それぞれの事業者に事業再構築に向けた安心感と落ち着きを持ってもらうことではないかと考える小幡氏の指摘を、私も興味深く受け止めたところです。
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