MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#1929 中国で広がる「頑張らない」生き方

2021年08月08日 | 社会・経済


 中国の習近平国家主席は2021年の中国人民への新年祝辞において、我々は「青山(せいざん)ニ咬(か)ミ定メテ放鬆(ほうしょう)セズ」(つまり、地に足をつけて頑張り)共に豊かになるという目標に向け着実に前進しなければならないと説いています。
 また、今年の6月1日に行われた中国共産党創立100周年祝賀大会では、「新しい時代の中国の若者は中国人としての気概、気骨、自信を高め、時代に背かず、青春に背かず、党と人民の切なる期待に背かないようにしなければならない」と党や国家への献身を強く求めているところです。

 こうして、当局から共産党一党支配の礎として期待され、また一人っ子政策の下、親たちの期待を一身に背負って、学歴社会の中で「頑張れ、頑張れ!」とお尻を叩かれてきた中国の若者たち。テレビの報道番組などを見る限り、インタビューに受け答えしている中国の若者たちは、確かに(少なくとも日本の同世代に比べ)自分たちの立場をわきまえかなりしっかりと意見を述べているなと、常々感じていたところです。

 しかしここに来て、こうした中国の若者たちの間にも「寝そべり主義」と呼ばれる諦め感が広がっているようだと6月24日のAFP=時事通信が伝えています。
 現代の都会のせわしない暮らしに疲れた中国の若者たちの間で、「寝そべる」という意味の「躺平(タンピン)」という言葉がSNSの流行語となっている。彼らは、報われない仕事に縛られた日常を捨てようとしていると記事は記しています。

 格差が広がり生活費が高騰する中国で、伝統的な意味での成功は手の届かないものになりつつある。そうした中から出てきたのが、彼ら最小限の仕事しかしない生き方を選ぶ若者たち「躺平族」だと記事は言います。
 彼らの眼差しは、親の世代が抱いていたがむしゃらな野心とは真逆を向いている。大勢の応募者を押しのけて仕事にありつき、長時間労働に耐え、人口過密都市で法外な家賃を払う…そうした親たちの背中を見て育った彼らが、これを避けるために選んだスタイルがこの「躺平主義(寝そべり主義)」だということです。

 中国の若者はSNSを通じて常時、新しい言葉や表現に触れている。「寝そべり」は、掲示板サイトへの匿名の投稿者が「寝そべりは、賢者の行動」と書いたのが始まりだとされています。
 一方、急増する「持たざる」若者たちの間で一年前に流行した言葉は、「内巻(ネェイジュエン)」だったと記事はしています。これは、元々は首都北京の一流大学、精華大学の学生たちが自転車で走りながらノートパソコンを使う姿を揶揄する言葉で、今では現代生活、特に都市における競争過多を表す日常語となっているということです。

 新卒者の平均初任給は1000ドル(約11万円)前後で、北京の家賃はその半分を優に上回る。こうした厳しい現代社会に暮らす若い世代の幻滅感は「喪(サン)文化」という言葉でくくることができると記事は言います。
 「喪」は意気消沈、無気力を意味する言葉。今では普通に使われるようになった若者の「喪文化」は、1990年代以降の若者たちの敗北感を表す自虐的なサブカルチャーとして世に出て、その後の環境の中で育っていったというのが記事の認識です。

 中国の若者たちの間に広がるこうした風潮は、習近平国家主席が声を大きく唱える「腕まくりして頑張ろう」というスローガンで駆り立てるダイナミックな社会とは相容れないというのが記事の指摘するところです。
 敗北主義や屈しやすさは、世代間でも価値観の衝突を生んでいる。中国の高齢者世代は、極限の貧困や飢餓、暴力などを体験し、社会の梯子をよじ登ってきた。そうした世代には、現代の若者を覆う「喪文化」や「躺平主義」が極めて無責任な態度に映るのは当然で、共産党だけでなく、10億人を超える(それ以前の世代)の人々を失望させるに十分なものだということです。

 国営新華社通信は「寝そべり」文化を痛烈に批判し、12時間働き続けるある科学者の1日を追った動画を公開。「寝そべることを拒否する86歳の科学者」とハッシュタグを付けたと記事はしています。
 しかし、そんなことで、将来に期待や希望の持てない若者たちが、発奮するとも思えません。共産党一党支配の閉塞感に加え、必ず訪れるであろう少子高齢化をめぐる将来への不安と行き詰まり感。経済的な格差が広がる中、海外に目を向ければ中国の進もうとしている「一帯一路」への道も向かい風ばかりで、国際社会からなかなか理解を得られそうにありません。

 改革開放政策以降、共産党指導部と彼らの親世代の頑張りが、ここ30年余りの中国の発展を支えたて来たことはおそらく間違いありません。しかし、14億という巨大な人口を抱えるこの大国の舵取りが、現代の若者たちに託される日もそんなに遠くはないでしょう。
 去る7月24日には、行き過ぎた学歴偏重社会を是正するため、中国政府が学習塾に関し新たに厳しい規制を設けることを表明したとの報道もありました。

 振り返れば清王朝の末期、英国がもたらしたアヘンに苦しむ中国の大都市では、多くの困窮者がアヘンを吸いながら路上に横たわっていたという話を以前教科書で読んだ記憶があります。
 これから先、中国の次の世代がどのような国を目指していくのか、その混沌の向かう先を(隣国に暮らす)私たちも十分に注目していく必要があると、記事を読んで改めて感じているところです。



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