我が国の喫緊の課題のひとつである財政赤字の主要な原因は、高齢化の進展に伴う社会保障給付費(年金・医療・介護等)の急激な増大にあります。
これらの給付費全体をまとめると、平成15年度に約84兆円であったものが、高齢化の進展により、10年後の平成25年度には名目GDPの2割を超える約110兆円にまで増大しています。
この間、給付費は年平均2.6兆円のスピードで膨張しています。このペースで社会保障給付費が増えていくと、例え毎年消費税を1%ずつ増税しそれを全額社会保障費増大のカバーに充てたとしても、調達可能な財源(年間約2~2.6兆円)がそのまま食い潰されてしまう計算になります。
ちなみに、平成25年度の社会保障給付費110兆円の財源構成は、現行制度上では社会保険料収入が約60兆円、資産運用収入が約10兆円、そして残りの約40兆円が公費で賄われています。しかし、ここ数年を見る限り、生産年齢人口の減少などによって社会保険料収入は横ばいとなりつつあるということです。
そうした中、社会保障に係る政府機関による民生費支出は、現在、国と地方の歳出合計163.7兆円の2割以上を占めており、(国債、地方債の元利償還財源である)公債費とともに最大の歳出項目となっています。
さらに言えば、そのうちの約7割が最終的には地方自治体の歳出として支出されていることからも、現在の(そしてこれからの)社会保障サービスの主役が地方自治体であることは明らかです。
さて、1月30日の日本経済新聞の紙面では、関西学院大学教授の上村敏之氏が、増大する我が国の社会保障費を支える地方財源に関し、財政制度上の課題などを中心に整理をしています。やや細かくなりますが、社会保障財源としての地方税制の問題点等について、氏の説明に基づきこの機会に少し勉強してみたいと思います。
地方財源のうち、特に社会保障サービスの財源については、地域間の偏りが少なく税収が安定的であることが求められるのは言うまでもありません。そしてこれらの条件を満たすのが「消費税」であることは、既に財政政策上の常識と考えても良いかもしれません。
ひと括りに「消費税」と呼ばれていますが、そこには国税としての「消費税」と地方税としての「地方消費税」があることは、もしかしたら余り知られていないかもしれません。平成26年4月に消費税率が(全体で)8%へ引き上げられましたが、正確に言えばこれは、国の消費税の税率が6.3%に、地方消費税の税率が1.7%に引き上げられたというのがその内訳です。
また、この消費税法の改正に伴い消費税の増収分は社会保障財源化され、国と地方の社会保障サービスに向けられることになりました。地方消費費税に関して言えば、現在、税率引き上げ分0.7%の税収が、社会保障財源に充てられることになります。
地方消費税は国が国税としての消費税と合わせて徴収し、(これも余り知られていないようですが)その税収を一定の基準のもとに、国が都道府県に配分しています。
地方消費税は、納税義務者を事業者とする一方で、負担者に最終消費者を予定する消費型付加価値税として制度設計されています。つまり、負担するのは一般の消費者自身でありながら、消費財を作ったり売ったりする事業者に納税義務が課される税金だということです。
県境を跨いだ中間取引でも当然に地方消費税が課税され、それを作ったり売ったりした事業者により納税が行われることになります。しかし、支払われた税金をそのままその自治体の収入としてしまうと、支払った消費者が暮らす自治体と事業者から納税された自治体とが異なる状況が生じてしまうため、制度として適正だとは言えません。
そこで、税の帰属地と最終消費地を一致させることを目的に8%の全額をまず国が徴収し、そのうちの地方消費税分の税収を都道府県ごと「消費に相当する額」のデータに基づいて分配し、これを都道府県の収入としているところです。
次に、この「消費に相当する額」の算定方法ですが、(ざくっと言ってしまうと)各都道府県の年間小売販売額とサービス業対個人事業収入額とを合算した消費データを「8分の6」、人口と事業所の従業員数のデータを「8分の1」のウェートで計算し、この数値の全国シェアを基準にして総額を分配する形を取っています。
さて、このような現状を念頭に置いた上で、上村氏がこの論評で問題視しているのは、こうして分配された地方消費税の税収が、都道府県の家計消費の実態に対応しきれているのかという部分にあります。
上村氏は、もしも消費税の帰属地と最終消費地が一致し、家計消費と地方消費税の税収が連動するならば、1人当たりの消費支出が大きな都道府県ほど1人当たりの地方消費税の税収が大きくなる関係が見られるはずだと言います。しかし氏の分析によれば、都道府県民1人当たりの消費支出のデータと地方消費税の税収データは必ずしも対応した関係にないということです。
例えば、奈良県、埼玉県、千葉県など東京や大阪などの大都市への隣接県においては、1人当たりの消費支出が大きいにもかかわらず1人当たりの地方消費税の税収が少ない傾向が見てとれる。奈良県民の1人当たり消費支出は全国で14位と比較的上位にあるにもかかわらず、1人当たり地方消費税収は全国で46位である。その一方で、東京都の都民1人当たりの地方消費税の税収は、他の都道府県に比べて圧倒的に大きく算定されているという指摘です。
上村氏は、このように1人当たりの消費支出と地方消費税の税収に正の相関がほとんど見られないのは、県境を越えた消費が影響している(きちんと算定されていない)からだと考えています。
奈良県民や埼玉県民が、大阪や東京で買い物や様々な消費をする機会が多いことは言うまでもなく、また、インターネットによる取引の活発化などによっても、県外消費が拡大することは自明だと氏は指摘しています。
先にも述べたように、地方消費税の配分基準には事業者の販売額と事業収入という供給側のデータが主に使われており、居住地以外での消費支出を反映できるものがほとんど組み入れられていないという状況にあります。このため、県民による県外消費が大きい県ほど分配される地方消費税収が少なく見積もられ、その分が県外在住の消費者を引き込める大都市を持つ都道府県に分配されるという、「税収格差」が生じていると上村氏は見ています。
都道府県に分配された地方消費税の税収は、その半分が市町村に交付されることになります。現行制度では、人口と従業員数によってその配分基準が定められており、都道府県間に税収格差が生じてしまえば、市町村間にも格差が持ち込まれる仕組みになっています。
県外の購入地を最終消費地と見るか、県内の居住地を最終消費地と見るかは議論の余地があるでしょう。しかし、少なくとも地方消費税の一定部分が住民(居住者)の「社会保障財源」として位置付けられているのであれば、消費者が社会保障を受ける居住地に十分な配慮を行い、地方消費税格差が社会保障サービスの格差に繋がらないようにしなくてはならないとする上村氏の指摘には、十分に説得力のあるものと感じられます。
居住地以外での消費を考慮できる形で地方消費税の税収格差を是正するためには、昼夜間人口比率など配分基準に家計の需要側のデータを反映させることが必要だと上村氏は述べています。また、配分基準の一部に高齢者人口や18歳以下の住民の人口などの社会保障サービスの需要をとらえた基準など、社会保障サービスを提供する自治体サイドからの視点を加味することが必要だとする指摘も、この際考慮すべきものと考えられます。
平成27年度の税制改正により、今年4月以降の配分基準のウェートは、人口が「8分の1.2」に増え、従業員数が「8分の0.8」に引き下げられるということです。また、ネット販売など供給地で計上されることになる事業収入は配分基準の積算から除外されるなど、少しずつではありますが、消費地と居住地が一致しない可能性のある指標などは排除される方向にあるようです。
しかしながら、こうした改正内容は実態に対してかなり小幅なもので、東京への税収の集中にも大きな変動は見られないというのが上村氏の認識です。
安倍総理は昨年末の総選挙に際し、消費税の税率引き上げを1年半先送りし平成29年の4月に実施するという方針を打ち出しています。消費税の税率が10%になればそのうちの2.2%が地方消費税となり、その税収は現在の約1.3倍に膨らむ見込みです。
折しも、昨年末から国会などにおいても地方創生が喫緊の課題として議論されるようになりました。人口構造の高齢化の中で(特に)増大していくと見られている都市周辺地域における社会保障サービスへのニーズを見据えながら、地方消費税の税収格差が拡大していくことの内容、データに基づく整理された議論が行われることを、私も期待してやみません。
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