急激な経済発展を背景に、軍事力の拡大や海外投資、途上国への経済支援などを通じ国際的な影響力を強める中国は、今や「アメリカに並ぶ超大国」「世界二大超大国」を自ら標榜し、漢民族を中心としたいわゆる「中華帝国」の威信の回復とアジアにおける覇権の奪回に自信を深めているように見受けられます。
一方、中国国内では、現在でも多くの少数民族を抱えるチベットや新疆ウィグル、内モンゴルなどに意図的に漢人を移住させる膨張政策が継続的に進められています。少数民族を圧迫することにより辺境地域における「領土」の既成事実化を図るこうした手法は、人権に対する挑戦として欧米諸国を中心にしばしは国際的な非難を浴びているところです。
また、他国との関係においても、東シナ海や南シナ海において領土と海洋権益の拡大を狙って周辺国と衝突を繰り返したり、日本や韓国、台湾などと重複する形で一方的に防空識別圏を設定するなど、軍事力の拡大を背景とした中国の動静は、東アジア最大のリスクファクターとして顕在化してきています。
少し古い話題になりますが、最近とみに顕著となっているこうした中国の膨張政策に関し、週刊「PRESIDENT」誌(2013年9月16日号)の誌上において、経営コンサルタントの大前研一氏が、「中国とどう付き合うか」という視点から興味深い論評を加えているので、改めてその視点を整理しておきたいと思います。
今や中国共産党指導部は、共産主義の「教義」と毛沢東時代の「版図」を守ること自体が政権の目的と化していて、何のために「それ」をやるのかという、本当の目的がわからなくなっている状態にあるのではないかと大前氏は見ています。
国家の「繁栄と発展」を目的とするなら、漢民族が楽に支配できる版図に絞り込んでも中国は問題なくやっていけるだろう。例えば英連邦のような形で、北京を盟主にした中華連邦に移行して、余計な締め付けをやめるほうが統治しやすいのではないかと大前氏は疑問を呈します。
香港と台湾、チベット、ウィグルなどに対し、「それぞれ勝手にやっていけ」と自由にやらせれば彼らは喜んで発展していくだろうし、国民国家としての体裁を整えてやれば国連の加盟も可能なはず。縛り付けておく負荷が軽減されれば北京政府も楽になるし、締め付けを緩めたほうが、中華連邦全体としては繁栄する。総じてみれば国際的な影響力も高まるはずだ…というのが大前氏の指摘です。
しかし、今の中国政府にはそれができない。その理由として大前氏は、共産党の一党独裁体制を正当化するための教条的な政治姿勢と、社会の不満から国体を守るための(ある意味ポピュリズムを扇動する)不透明で硬直的な政策運営を挙げています。
そもそも世界で「最も赤裸々な資本主義国」となった中国は、すでに農村をベースとしたコミューン建設を教義とした毛沢東時代の共産主義とはかけ離れていると大前氏は見ています。それでも共産主義の版図を縮小することは、中国共産党の生みの親である毛沢東を否定することにつながるとその末裔たちは考えているのだろうというのが大前氏の認識です。
日本との関係に関して言えば、「抗日戦争で勝利し、独立を勝ち取り、人民を解放したこと」、これが中国共産党の一党独裁を正当化している縁(よすが)であり、たとえこれが歴史的事実とかけ離れていたとしても党としてその大義名分を覆すわけにはいかない。従って、日本にはいつまでも「植民地支配で中国人民を苦しめた許しがたい軍事独裁国家」というイメージを纏っていてもらわねばならず、それが日本へのぎこちないほど頑な(かたくな)な態度の理由であると大前氏は見ています。
つまり、日本に対する現在の中国政府の姿勢は「政策」以前の問題としてとして妥当性(必要性)を帯びており、彼らの言う「国家の核心的利益」とは、要は共産党一党独裁という国体を守るための「確信的利益」であり、今後も一歩も譲れないものだというのが大前氏の指摘するところです。
歴史的に見れば、抗日戦争で勝利したのはどう考えても蒋介石(或いは国共合作+連合軍)であり、戦勝国が集まったヤルタ会談にもカイロ会議にも毛沢東は招待されていない。しかしこの簡単な論理の整理さえ行われていないのは、戦後一貫して自国民に対し説明してきた中国共産党の存在理由、そして一党独裁の正当性が否定されてしまうことになるからだと大前氏は言います。
中国共産党が中国全土の土地を所有し民主主義ではなく一党独裁を正当化している背景には、この「抗日戦争で中国人民を植民地支配から解放したのは中国共産党である」というレトリックがあり、中国共産党指導部が歴史を直視しこの欺瞞を改めない限り、日本との関係が友好的かつ互恵的になることはありえないという厳しい視点です。
そもそも、「マルクス・レーニン主義」は貴族や資本家から収奪した富の分配については説明しても、富をどうやって創るか、皆で創った富をどうやって分けるかという論理がきわめて弱い。ここが共産主義の一番の問題だというのが大前氏の認識です。また、このような視点から大前氏は、そもそも共産主義とは「皆が貧しい時代の教義」だと言い切ります。
そして中国が国家として経済的に豊かになってきた現在。たとえ社会に不正や腐敗が横行していても、また富の偏在が革命以前よりも拡大していても、それでも指導者層の中に「共産主義革命は失敗した」と中国版ペレストロイカを叫ぶ人間が現れないのは、富の創出に貢献のあった人よりも権限を持った共産党の幹部や政治家に富が集中しているせいである。それが中国における一党独裁の「成果」であり、今の中国が抱えている矛盾の全てを物語っているというのが大前氏のもう一つの認識です。
当然、中国社会、中国人民には不満が充満しています。現在も年間20万件くらいのデモやストライキが発生しているようですが、その主役はあくまでも土地を取り上げられた農民など貧しい人たちだったと大前氏はしています。
しかし、成長が止まり土地バブルが崩壊するとなると、先に豊かになった「ハズ」のインテリ層、小金持ち、中金持ちが不満分子の中核となってくる。そういう人たちの不満が表出した形の1つとして、中間層による昨今の「国外脱出の風潮」がさらに加速されるだろうというのが大前氏の指摘です。
習近平国家主席は、党の重要会議で「民衆の支持がなくなれば、党の滅亡につながる」として、内政引き締めの動きを強めています。しかし、改革開放で決定的となった貧富の格差の拡大がこうした腐敗の摘発で埋まるわけもなく、結果として中国の政治と経済の矛盾はますます拡大していると大前氏は言います。
そのような諸々の状況の中で、人民の目を外に向けるために必要な政策として周辺諸国との関係を緊張させている。今の中国指導層にそれ以外の知恵も歴史を見直す勇気もないというのが大前氏の立場です。
そして、中国に進出した日本企業の経営者達は、次の10年も、チャイナリスクと向き合う覚悟と準備をすると同時に、アジアの他の諸国との「リバランス」を検討する時期に来ているのではないかと大前氏は示唆しています。
現在の中国には、建国以来の枠組みを変えていくほどの「中興の祖」が育っていないと大前氏は指摘します。いずれ出現するかもしれないけれど、まだ出現していないと言ったほうが適切かもしれません。アジアの大国であり、歴史上も日本とのかかわりが深い隣国であり、大国である「中国」と付き合っていくには、中国の体制が抱えるこうした矛盾を十分に認識しておく必要があるということです。
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