MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯133 医療の公平性とは?

2014年03月09日 | 社会・経済

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 昨年11月に厚生労働省から発表された報告書「国民医療費の概況」によれば、2011年度に病気やけがの治療で全国の医療機関に支払われた医療費の総額(国民医療費)は、前年度比で1兆1648億円増、率にして3.1%増の385850億円であったということです。

 これを国民一人当たりに直すと301900円となり、前年度より9700円(3.3%)増加し、史上初めて30万円を突破したということになります。

 国民医療費は、総額においても、また一人当たりの金額においても5年連続で過去最高を更新しています。日本において医療費が膨張している主な原因は、人口構成の高齢化が進み医療機関において治療を受ける人が増加していることに加え、医療技術の進歩に合わせて治療費が膨らんだことにあると考えられています

 確かに医療費の状況を年齢別にみると、65歳以上の高齢者にかかる医療費が214497億円で全体の55.6%を占め、さらに75歳以上の後期高齢者に限っても131226億円で34.0%に上っています。

 国民医療費が国民所得に占める割合は、11.1%にも上っています。この医療費を賄う財源の内訳は、実は国民や企業が負担する保険料が187518億円で全体の48.6%を占め、さらに国と地方を合わせた公費が148079億円(38.4%)投入されていることから、患者が医療機関に支払う自己負担は4兆7416億円で全体の12.3%にすぎません。

 日本の医療は複雑な規制や保険制度などにより現場が縛られていて医療機関などの自由度が低いとのイメージがあり、こうした国民医療費の膨張を踏まえ、メディアなどからは「もっと市場原理を導入すれば効率化できるのではないか」とする主張もよく耳にするようになりました。

 さて、日本経済新聞の紙上では、2月17日からコラム「やさしい経済学」において一橋大学教授の井伊雅子氏が「医療の公平性とは」と題する連載を行っています。連載の中で井伊氏はそんな日本の医療制度について、国際的に比較してみると日本の医療制度は「医療現場でどのような医療が提供されるかに関して行政の政策低介入が少ない、世界でも類を観ない自由放任的な体制である」としています。

 井伊氏は、日本の都市では民間病院や国立病院、公立病院や大学病院などいずれも設立母体が異なる病院が乱立し、各病院が自由に競争をしている。最新の医療機器を病院だけでなく診療所までもが競って導入し、非営利と称しながら自由競争をしているという現実があることを改めて指摘しています。

 その上で、そうした現状を踏まえ「市場原理を追求するだけで上手くいくのなら日本の医療はとっくに効率化している。ところが、現実には一人の患者がいくつもの病院や診療所を回り、それぞれの医療機関を掛け持ちして検査や投薬を受けるといった非効率な状況が生じている。」との疑問を投げかけています。

 日本の医療は過度に商業化されつつあるのではないか。医学知識のない一般の人々が様々な医学情報や健康情報に振り回され、新薬や診断テスト、画像検査や手術などの高価な診療や高額な健康食品などをエビデンス(科学的な証拠)もないままに過剰に利用しているのではないか。

 高齢者の健康や医療に対する「思い」や「欲求」を市場とするこのような過剰な商業主義に対し、井伊氏は「公平性」という観点から懸念を投げかけています。「医療を市場に任せる」とは、お金を持っている人のみが良い医療を受けることができる仕組みを作ることではなく、オープンな情報に基づいて限られた医療資源を最大限に生かす工夫をすることではないかというものです。

 一般に「優劣を互いに競い合う」という意味でつかわれる「競争」という言葉は、経済学では「公正または平等なルールの下で限られた資源を適切に分配するためのメカニズム」を指すと井伊氏は言います。今の日本の医療には、こうした観点から行うべき「工夫」が乏しいのではないかという指摘です。

 具体的な例として、井伊氏は、日本の医療費膨張の一因ともなっている「患者がより高価な検査や治療を好む」傾向を挙げています。経済原理から考えれば、ふつう同じ価格であれば安い方を選ぶ消費者が多いはずなのに、なぜこのような現象が起こるのか。井伊氏はここに医者と患者の間にある「情報格差」の存在を指摘しています。

 通常、患者と医師との間には知識面で大きな格差があり、そういった「情報の非対称性」の状況の中では患者側に正確な情報が伝わる仕組みがなければ市場原理は上手く働かないと井伊氏は言います。こうした場合、医師が患者を支える責任者として医療情報を的確に提供できれば市場原理が上手く働き、双方の利益となる。しかし、現実は必ずしもそのような関係になっていないというのが井伊氏の認識です。

 この問題の本質は、医療についての情報を患者に分かりやすく伝える専門的なトレーニングを受けている医師が少ないところにあると井伊氏は分析しています。適切な情報を提供するソースがないと人々はサービスの種類だけでなくその必要性や有益性、起こり得るデメリットなどのサービスの質に対する判断材料が入手できないことになります。

 医療の現場で言えば、そのために患者は様々な評判を頼りに病院を回り、安いものは質が悪いと敬遠し、そしてたとえ過剰であっても高くて新しい治療を選択する傾向にあるということです。

 医師が信頼され、患者にきちんとした情報を提供することが適正な医療の提供につながり、患者の医療費負担の軽減や国民医療費の低減の第一歩となること。医療の効率化のためには単に市場原理に任せるのではなく、安心、安全のために規制をかけるべき領域と、効率や創意工夫のために自由にすべき領域を明確に区分することが重要だという井伊氏の指摘を興味深く読みました。



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