気まぐれ徒然なるままに

気まぐれ創作ストーリー、日記、イラスト

恋 (2)

2020-02-20 21:26:00 | ストーリー
恋 (2)






彼女と別れて一年が過ぎていた


54歳の誕生日はもう直ぐという時

いつものようにワイシャツをクリーニング店に出しに行くと店主のおばちゃんが笑顔で出迎えてくれた


よく喋る気さくなおばちゃんがしばらく入院すると話だした

以前から股関節が悪いとは聞いていたが
いよいよ手術をすることに決めたという

代わりにパートさんを雇うから店はいつもと同じように開いてるからねと元気に笑った



翌週にクリーニング店に行くと
新しいパートの女性がいた


40代前半だろうか

化粧っけのない、いかにも主婦といった感じの地味な女性だったが

ここで働き始めて間もないだろうに
てきぱきと慣れた感じが頭の良さを感じた


「 梶原さん、ですね。」

専用の機械を手慣れたように打ち込み
迷いもなく1週間分のワイシャツをカウンターまで持ってきて丁寧に袋に詰め込む


店主のおばちゃんよりも手早いんじゃないか?と思うほどだった


「 どうも、ありがとう。」

ほとんど会話も交わさず僕はワイシャツを受け取り店を出た



そのパート女性のことは
全く印象すら残っておらず


いつものように会社帰りにスーパーマーケットに立ち寄り

ビールと弁当を買ってスーパーマーケットを出ようとしたら女性から声をかけられた



「 梶原さんですね? 」


「 え? はい … 」


誰だろう?


「 ふふっ(笑) クリーニング店でお会いしましたよ(笑) 」


クリーニングって … あぁ!

「 あっ、どうも(笑) 」



あの一回で僕の顔と名前を覚えていたことに驚いた

僕はすっかり忘れていたのに


女性も買い物を済ませて帰るところだというから並んで歩いた


店での印象は地味な主婦といった感じだったが今日はちゃんと化粧もしていて

なんか別人に見える …


「 息子が大学を卒業するんですよ(笑) 就職先も決まってホッとしてます(笑) 」

大学!?
そんな大きな子供がいるのか!



「 若いお母さんですね(笑) 」


「 そうですか? もう48ですよ(笑) 」


彼女は僕のことを聞いてこない

結婚しているのかとか
子供がいるのかとか

まぁ僕に興味はないだろうから当然だな



「 じゃあ私はこっちなので(笑) 」


「 はい。ではまた(笑) 」


姿勢の綺麗な彼女の後ろ姿は
苦労を感じさせない品のある奥様という感じだった


多分 幸せな家庭なんだろう



ーーー



次にクリーニング店で会った時の彼女は

スーパーマーケットで会ったからか
少し親しみのある笑顔で出迎えてくれた


薄化粧ながらも綺麗に見え
地味な印象はなかった


他に客も来なかったから彼女は話し始めた


一人息子さんは県外に行くこと

歳の離れたダンナとは離婚して子供の学費や養育費はきちんと支払われているからそこは助かっていると


何故そんなプライベートなことを
そんな親しくもない僕なんかに話すのか戸惑った


「 僕には悩みのない幸せな奥さんって感じに見えていましたよ(笑) 」


「 そうですか(笑) 」
一瞬少し悲しそうな笑顔に見えた



そうか
そうだな

外からは幸せそうに見えても
そうじゃない人は沢山いるもんな


「 息子さんが県外に出るのは寂しいですね。」


「 そうですね(笑) 私よりしっかりしてるから大丈夫だとは思うんですが、やっぱり心配で(笑) 」


母親の顔をした


「 梶原さんは独身ですよね? 」


何故独身だとわかったのかと聞くと
毎週ワイシャツを自分で持ってきては自分で取りに来るし

スーパーで一人分の弁当を買っていたのを見たからそうじゃないかと思っていたという


よく見てるな!(笑)


しかも初めて僕のことを聞いてきたことに
少し嬉しくなった


「 独身です。男やもめでつまんない毎日ですよ(笑) 」

「 毎日夜はお弁当ですか?身体に良くないですよ?(笑) 」


「 そうですね(笑) 何か作れたらいいんですが、何もできなくてね(笑) 」


せめて豆腐と刻みネギの冷奴とかサラダとか
調理しなくても済む物でも付け合わせた方が良いとアドバイスをくれた


女性らしいな(笑)


そこで初めて僕は
彼女を女性として意識をした



千里とは違うタイプ
母性を感じる家庭的な女性



こういう女性と暮らせたら
穏やかな生活がおくれるんだろうな


なんてチラッと思った


でもこれは恋じゃない


自分が楽になりたいがための
逃げの考えかもしれない



「 そろそろ、、帰ります。」


「 吉田です。」


「 え? 」


「 私、吉田 由美と言います(笑) 」


そうか、名前聞いてなかったな


「 吉田さん、、じゃあまた(笑) 」


僕はワイシャツの入った袋を持ちクリーニング店を出た




吉田さんとは毎週クリーニング店で顔を合わすが
僕の前後に他の客も出入りして


二人きりの瞬間はなかなか訪れず
その度 残念な気分になっていた



本当は週一じゃなく 毎日持って行ければいいけれど

最近仕事が終わる時間が遅くなりがちになって平日にはどうしても行けない


週末だけがチャンスなんだけど ーー


そんな風に考えるようになったってことは
僕は彼女に恋をしたってことかもしれない


彼女のどこに惚れたのかわからない
でも家庭的な彼女といると何故だか癒されていた


もっと彼女を笑顔にしたい
今よりもっと幸せな気持ちにしてあげたい

そう思うようになった




恋なんかしない

頭ではそう思っていても
恋とは勝手に堕ちるものだと認めせざるを得ない



恋だと自覚してしまったから
僕の気持ちは止めることができなかった



「 あの、これ。」


開店時間を少し過ぎた頃に店に行くと先客がいた

他に客がいるかもと先に想定していたから
事前にメモを書いて用意していた



僕の名前と電話番号にメールアドレス


電話番号は書かなくてもクリーニングのデータで残っているんだろうけど

ちゃんと個人的に教えたかった




やはり僕の後にも客が入ってきた

彼女はメモをチラッと見てエプロンのポケットに入れて笑顔で小さく頷いた



その瞬間
僕は彼女に受け入れられたと思った


急に鼓動が早くなってきて
早々に店を出た




帰るなり

ソワソワする気持ちで
家中を片付けて掃除を始めた



家に彼女を招くつもりはないが

ていたらくだった自分を変えて
ちゃんとしよう!と思ったからだ




恋だけで変わるなんて
僕はなんてチョロい男なんだ、と思いながらも

ワクワクする気持ちで一日中 徹底的に掃除をした



仕事が終わった頃には電話かメールがあるかもしれないと

携帯をずっとポケットに入れていたが

電話もメールも来なかった




もしかして迷惑だったか?

彼女には他に付き合っている男がいたのだろうか


そんなことも確かめもせず
先走ってメモを渡してしまった自分に少し後悔した



それから三日後
知らないメールアドレスからメールが来た


開くと彼女だった

返事が遅くなってすまないという書き出しから始まっていた


どういう理由で連絡先をくれたのかがわからないようだった


そうか

僕は彼女のことが好きだってことを伝えもせず
単に連絡先を渡しただけだったことに気付いた

気持ちを伝えるのはやっぱり会ってからが良いよな


お互いの休みが合うのは日祝だから
次の日曜に食事にでも行きませんかとメールを返信すると

OKの返信が返ってきた



日曜のためにどこに行くかをリサーチする

食べ物の好き嫌いもなく
こだわりのない自分


当然
デートで女性と行くような洒落た店なんか知らないぞ


「 困った … 」



会社の女の子に聞いてみることにした



「 は? 課長がデートですか? 」
明らかに怪訝そうな表情をされた


僕が女性とデートをするのが
変だとでも言いたいのか?
まぁ… 冴えない50代半ばのおっさんだからな



「 ( いいから、早く教えてくれ!) 」
恥ずかしいから急かすと携帯で検索して教えくれた




幾つか店を教えてもらい その店に予約を入れた


髪もちゃんと切って
身綺麗な服も買った


待ち合わせた駅の入り口に
彼女は約束の時間より15分も早く訪れた



おっ … !
ワンピースなんて初めてだ


清楚さが際立つ服に
降ろした後ろ髪


デートという実感が益々湧いて
心臓が壊れたかのように強く胸を打っている


「 もういらしてたんですね(笑) すみません、お待たせしましたか? 」


「 あぁ、いや、僕も今着いたところで … 」
本当は約束の30分前にはもう着いていた



「 梶原さん、今日は雰囲気違いますね(笑) 」



えっ!どう違う!?

何かおかしいか!?



「 変という事ではないですよ?(笑) とても素敵です(笑)
そのシャツもジャケットもよく似合ってて良い雰囲気ですね(笑) 」


「 素敵なのは、、吉田さんの方、ですよ、、」


僕は女性に誉め言葉を言う習慣がなかったから
どう伝えればいいのかわからない



「 ありがとうございます(笑) 」




あぁっ、
僕はなんてボキャブラリのない男なんだ

気の利いた言葉が出てこない



「 緊張してるんですか?(笑) いつもの梶原さんらしくないですね(笑) 」


「 えっ!そう、でしょうか … (笑) 」


年甲斐もなく
内心はしゃいでドキドキして

僕は思春期のガキか!




彼女を目の前にして一緒に食事をする

箸の持ち方も所作もとても綺麗で
普段の姿勢も美しいし品もある

金持ちのお嬢さま育ちなのだろうか

彼女を見てると自分の背筋も自然と伸びる



「 吉田さんは何故、食事に付き合ってくれたんですか? 」


「 ふふっ(笑) じゃあ梶原さんは何故、私を食事に誘ってくれたんですか? 」


まさか質問返しが来ると思ってなくて戸惑った


「 それは … 落ち着いて話をしてみたかったから、です。」


「 あのお店(クリーニング店)ではなかなか落ち着いて話せないですものね(笑)

私も梶原さんの話を聞かせてもらいたかったんです(笑) 」

僕のつまんない日常を?


「 何が聞きたいですか? 何でも答えますよ。」


何故 離婚したのかを尋ねてきた
いきなり率直に深いところを聞いてきたなと思ったが

僕は素直に話した


僕の離婚理由はまさに千里の時と同じだった

一言で言えば
気持ちをわかってやれず愛想を尽かされたってこと


情けないことに
二度も同じ失敗を繰り返したってことだ


だからこそ 今度こそは!と思っている


「 そうなんですね。言葉にしないと伝わらないですからね(笑) 」


「 本当、その通りです(笑) 」


穏やかな佇まいの彼女を見つめていると
そう見つめられると恥ずかしいですと笑った


そんな彼女がとても可愛いらしくて


“ 恋がしたいの ” と言って出ていった
千里の気持ちがわかった


「 あの、すみません。吉田さんはお付き合いしている男性はいるんですか? 」


「 何故、すみません なんですか?(笑)
離婚してからは誰ともお付き合いしていません(笑) 」



ということは …

離婚して10年と言っていたから …

もう10年はいないってことか



「 それは意外ですね。
あの、僕と友達としてで構わないので付き合ってもらえませんか? 」


目をパチパチさせた


「 あっ、すみません、迷惑ですか?」


「 いえ、もうお友達ですよね?(笑) 」


「 そうか、そうですね(笑) 」

そうじゃないだろう
男と女として “ 付き合ってください ” だろう

僕は馬鹿か!



額に汗が滲んできてハンカチで額の汗を拭う

「 あの、男としてあなたとお付き合いがしたいんですが、、」


「 梶原さん、ありがとうございます。でも … 」



ーー 『 でも … 』って流れは… フラれるな



「 そのお返事はお店を出てからで構いませんか? 」



え?

まだ首の皮一枚で繋がってるのか …?



「 あっ、はいっ、もちろんっ…! 」



「 ではお店でますか? 」



「 え、ええ、、出ましょうか、、 」




恐いな …

イエスなのかノーなのか

ソワソワする



こんな気持ち
こんな年齢になってもまだあるんだな

今度は冷や汗が出てきた



「 汐入公園が近いからそちらまで歩きません? 」


季節は春の終わり
日差しだけはもう初夏を感じさせていた




歩く彼女の首筋に汗が滲んできた

彼女が暑いとカーデガンを脱ぐとノースリーブだった


男と違って
柔らかそうな白い肌が

ソワソワさせる ーー



うっ、、なんか
これ見た後にフラれたら… 相当キツイ …


「 さっきのお話なんですけど … 」


来た!
心臓が暴走したようにいきなり強く鼓動を打つ


「 は、はい!」息を飲んだ


「 よろしくお願い致します 」

僕に頭を下げた



え?
ごめんなさい… じゃない?



「 えっ!? あっ、こちらこそ、どうぞよろしくお願いします! 」

頭を下げた僕にクスクスと笑いだした




「 私が硬い挨拶しちゃったから(笑) ごめんなさい(笑) 」

彼女は葉が濃くなった桜を見上げ


「 私、もう恋愛なんてできないと思ってました。

離婚して子育てに追われ、生活も余裕がある訳ではなかったから一生懸命働いて …

親として生きてきた時間が長かったからまた誰かを好きになるなんて思わなかったです(笑) 」



僕の方に視線を移した


「 また、そういう気持ちにさせてくれて …
ありがとうございます。」


その笑顔は とても美しく眩しかった ーー



「 … 僕ももう恋なんてできないと思っていました … 」



川沿いの
涼しい風が吹いて

葉音が爽やかに鳴っていた



「 これから夏ですね(笑) 」

彼女はそう言いながら
風に揺れる髪を抑えていた




「 季節には四季があるように
人生は冬ばかりではないですね。

夏も秋も冬も一緒に楽しんでいきましょう。 」




寒い冬も 二人なら寒くはない





僕の冬は

終わったようだ










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恋 (1)

2020-02-20 21:14:00 | ストーリー
恋 (1)






僕はどこにでもいる45歳で普通の男

趣味と言えるものも特になく

自慢できることと言えば
高校野球で甲子園に行った事ぐらいで

それも遠い昔の話




彼女は 千里 38歳 イラストレーター

芸術には全く疎い僕と 機械関係は弱い彼女は
真逆といっていい


行きつけだった小さな居酒屋の客として
たまに彼女が訪れるようになった


人見知りのしない彼女が
“ また会いましたね~ ”

と声をかけてきたのがきっかけで
話をするようになった


僕と違ってセオリーに囚われない考え方に興味が湧いた

決してしおらしい女という訳ではなく
サバサバとした元気な彼女に

仕事で疲れていてもその疲れを忘れられた


いつしか僕は
彼女が居るかなと居酒屋に通うようになっていた


彼女がいないと残念な気持ちになり
その残念な気持ちで

僕が彼女に恋をしたのを自覚した




「 ねぇねぇ、梶原さんはパソコンとか得意? 」

PCに疎い彼女の部屋に招かれ
購入したばかりだというPCの設定を確認してあげることになった


僕は危険人物じゃないと信用されたことは嬉しいが
男として見られているのだろうかが気になる


「 仲谷さんは (男の)僕を部屋に入れても平気なんだ? 」


彼女の部屋で二人きりの状況が照れくさくて
設定を確認しながらディスプレイを見る


「 梶原さんだからお願いしたんだけど 」

それは僕はPCが得意そうだったから?
男として意識してないから、ということなのか?


その疑問を素直に聞くことができず
画面から視線を外さない僕に


「 あれ? わからない? 私、梶原さんが好きだからよ。」


好き!?


驚いて彼女の方を向いた
その時の僕の表情がよほど可笑しかったのか

彼女は笑った




そうして僕達は付き合うようになった

その翌月に戸建てに住む僕の家に彼女は越してきた


バツイチ同士

前の結婚でお互いに痛い経験をしているため入籍にはこだわっていなかった


それから5年の月日が経った ーーー



僕が53歳
彼女は45歳になっていた


お互い全く違うタイプだけれど
それでも僕らは夫婦のようなそれなりに良好な関係を築いていた


付き合い始めのようなラブラブな空気は当然ない

まぁ5年も一緒に暮らせばどこもそんなもんだろう



「 たーちゃーん!ちょっと来てー! 」

彼女の仕事部屋と化した
かつての僕の趣味だったプラモデル部屋から声をかけてきた


「 なんだ? 」

「 またフリーズした!もう、ほんとおかしかいよ 」


最近 彼女のPCの具合が悪い
どうも要領だけの問題だけじゃない


「 もう買い換え時期だな。 」

「 じゃあまた出費!? 」頭を抱えた

「 仕方ないさ。5年間も毎日使ってるんだから。 」

「 5年 … 私達の関係も5年経つってことだよね。」

このPCも彼女と一緒に家にやって来たヤツ



「 そりゃそうなるな 」

「 ねぇ。たーちゃん。どうする? 」真顔で尋ねてきた

「 もう古いし買い換えだろ? 」

「 そうじゃないってば 」

「 晩飯のこと? そうだなぁ … 」

「 5年毎に更新する約束よ。」

更新 …?


「 私がここに来た時に二人で決めたでしょ? 5年毎に これからも付き合いを続けるか別れるかを話し合うって約束よ。忘れた? 」


あぁ そういえば …

「 思い出したけど、あれは冗談だろ? 」

「 冗談じゃないよ。」

「 え? ははっ!(笑) なら更新だろ?(笑) 」

この時まで まだ冗談だと思っていたし
一緒に暮らすこの日常が当たり前と思っていた


「 私は更新しないつもりなんだけど。」

は!?

思ってもみなかった言葉に動揺した
「 なっ、なんでだよ! 」

「 私、また恋がしたいよ 」

はぁ?


「 恋って(笑) 」

「 そういう感情、私達にはもう無いよね。」

「 そんなこと、、 」

僕は好きだ、と言おうとした瞬間 違和感を感じた

でも今はそんなことを冷静に考える余裕がない


「 でも、でも、5年だぞ!? 5年も一緒に暮らしてるんだぞ!? そんなに簡単に別れられるような時間じゃないだろ?

それに恋がしたいってなんだよっ!
僕とじゃもう、その、、恋愛はできないってのか!? 」

「 たーちゃんだってもう私の事、女として見てないじゃん?」


ズキンと胸が痛んだ


ーー 確かに

僕らがキスしたのはいつが最後だったのかも
もう …



「 だから籍を入れなかったんだよ? 」

「 もう僕のこと男として見られないってこと… か? 」

「 それはお互いに、でしょ? 別に嫌いになって別れるんじゃないんだし(笑) 」

またPCに向かってキーボードを叩いてみる彼女

僕を見ない ーー


「 ねぇ… たーちゃんは私に “ 嫁 ” という役割を求めてた?

嫁さんなら家事をしてくれる、帰ったら必ずあったかいご飯が出てくる、タンスを開ければ洗った靴下が入ってるって。

でも私、ちゃんと自分の稼ぎで自分の保険や税金払って、生活費も折半して入れてるよね? 」



僕の方に向き直し
「 私、たーちゃんの嫁でも家政婦でもないよ? 」

「 そんなこと、わかってるよ!そんな風に思ってない! 」


言われて初めて気づいた


そう
彼女の言う通りだった


確かに 無意識でそう思ってたんだ 僕は


「 でもね、部屋が決まるまではいさせてね(笑)
( PCの) 買い換えかぁー。痛い出費だなぁ。 」

サバサバと未練も何もないような彼女の口振りに
これは現実だと実感した

それと同時に 別れる恐さを感じた



「 やっぱり… 嫌だ。お前だって情ぐらいあるだろ? 」


困った表情でまた僕の方に振り返った

「 私達は男と女だよ。夫婦じゃないんだから。
一緒に住むには情だけじゃなくて愛がなきゃ。」



思い出した …
彼女はそう言っていた


“ 私はずっと恋愛をしていたい ” んだと

お互いに求めるものが違ってきていたことに気付かなかった

一晩中 話し合ったけれど
やはり彼女の気持ちは揺るがなかった


結局
翌週 彼女は家を出て行った ーー




彼女が使っていた元々の僕の部屋は
ガランとしていて

ホコリを被った僕のガンダムのプラモデル 一体だけが夕陽に照らされ白く映った


僕ですら忘れていた物

取り残されたそのホコリを被ったガンダムが
まるで僕自身のように見えた



「 はぁ … 」
溜め息をつくと 涙も一緒に込み上げてきた




彼女に …

全く愛情が無かった訳じゃない

僕にとっては傍にいるのが当たり前の
そんな無くてはならない空気のような存在になっていたことに気づいた


彼女にとって僕は
そんな無くてはならない存在ではなかったということ…か


忙しい日常を日々送ってる内に
一緒に暮らしてる内に

恋なんて感情は自然に消えてくもんじゃないのか?

代わりに残るものが信頼関係だったり愛情なんじゃないのか?


“ 私達 結婚しないんだから 恋心が消えたら別れよう ”

なんで僕はあんな提案を認めてしてしまったんだろう



もう恋なんてしない …

あぁ
そんな歌があったな


いや、違うな

あの歌の最後は
もう恋なんてしない “ なんて言わないよ絶対 ” だ

結局 恋すんのかって
心の中でツッコミを入れたのを思い出した


「 はははっ … 」


こんな心境でも
そういうどうでもいい事も考えられるんだ


きっとその内
こんな孤独な感情も消えるだろう ーーー


ーーーー


彼女が出ていってから一週間
僕はいつもと変わらず会社に出勤をしていた


同じ時刻の電車に乗り
同じ時刻に出勤し

いつもと変わらず仕事をする僕は

周囲からはいつもと何ら変わらないように見えているだろう


と言っても
誰も僕の個人的なことなんか興味すら持っていない

大勢が働く会社の中に在籍していても
みんなそれなりに孤独な存在なんだ


でも唯一
傍にいて理解してくれていると思っていたのが千里だった


でもそれも 幻想で
僕の思い込みだったんだ ーー




コーヒーを飲む瞬間
昼飯を食べる瞬間
その瞬間 瞬間で

僕は彼女のことを思い出していた


珈琲豆にこだわっていた彼女は
お気に入りの豆を遠いのにわざわざ
お気に入りの店にまで買いに行っていたこと


珈琲にこだわりの無い僕は
その店がどこにあるのか興味もなかったし聞きもしなかった


遠いのに面倒じゃないのか? と問いかけると
あなたは何もこだわりが無いね と呆れていた


そういうのがダメだったのか?


気が緩むと
何がダメだったのかと

自問自答を繰り返していた




ーーーー



一人の一軒家に帰ってくると当然部屋は真っ暗で

独りぼっち取り残されたガンダムのような自分

もっと彼女を大切にしてたらこんな結果にはならなかったのだろうか

今更どうしようもないこととわかってるけどつい考えてしまう


夜になると孤独で心が押し潰されそうになるから
酒を飲んで酔っ払って寝ることが習慣になっていた


会社に着ていくワイシャツやスーツはクリーニングに出し会社帰りに取りに寄って帰る

今までは彼女がワイシャツにアイロンをかけてくれていた


家に帰っても 何もする気が起きず
ていたらくな生活をしていた


男やもめ って
こんな感じなんだな


まさか 自分がそうなるなんてな



ーーーーー



人間には忘れるという都合のいい能力がある

そんな精神状態だった僕にも
時間というものは悲しみを消してくれた


でも もう恋はしない

面倒だ ーー


面倒という言葉で
僕は自分に言い訳をしていることも自覚している


女にモテる要素も魅力も持ち合わせていない僕が
出会いを求める行動を起こすのは無謀な挑戦で無駄なだけだ


もう昔みたいに勢いで付き合うほど若くもないしバイタリティもない



男は女のように強くはない
また誰かに心を開いて傷つくのが恐い
この年齢で傷つくと立ち直れそうもない …


それが 本音だ

もしも今
誰かにお前は幸せかと聞かれたら
今の僕なら “ 不幸ではない ” と答えるだろう

それで十分ではないか ーー






ーーーーーーーーーーーーーーー