Your Love 4 (最終話)
最後の出勤日
ーー 朝
「明日から私の代わりにここのマネージャーとして鹿島さんが来られます。皆さんには今と変わらず頑張って欲しい。」
「移動の時期でもないのにどちらに移動ですか?」
皆は俺が社内の別の課に移動すると思っていた
「あぁ、うん、、」
俺は希の顔を見た
希はショックを受けている表情をしていた
「移動先は、、ニューヨークなんだ。」
一瞬ざわつき 祝福の言葉をかけてくれた
彼女は今にも泣きそうな表情に変わりだれにも気付かれないよう部署から出ていった
あの表情を 見たくなかったーー
ーーー
悲しむ彼女の顔が見たくなくて
手紙は彼女の引き出しに入れておくことに決めていた
彼女に宛てた手紙はタイミングを見て彼女の引き出しの奥に忍ばせた
そして俺は午後からの通常の業務が開始する前に日本での最後の仕事を終えて退勤したーー
帰宅して引っ越し業者の荷物運搬を見届けた
空になった部屋…
一度だけになってしまったけれど
希がこの部屋に泊まった日のことを思い出す
一緒に旅行するはずだったな ーー
俺は彼女とのそんな簡単な約束さえ守れなかった
俺は一通り用事を済ませて最後に母の元に向った
栄転とはいえ5年以上も日本から離れるのは寂しいと母は涙ぐんだ
まとまった休暇が取れたら帰ってくるよと約束をしその夜 俺は実家で過ごした
翌朝 俺は実家から空港に向かった
この風景もしばらくは見られない
君は今頃 何を想っているのだろう
結局 昨日もメールは来なかった…
あえて引き出しの奥にしまったあの手紙に
君はいつ気付くのだろうか
そして 読んでくれるだろうか…
あぁ…
なにもかも先回しにして後手後手になり
結局 言いそびれ
その結果 希を深く傷つけてしまった
後悔ばかりが胸に残っていた
大切にすると約束したのにーー
こんな形で離れてしまうなんて思いもしなかった
ようやく 彼女と心通わせあえる仲になれたのにーー
君と同じ部署になる前
君が入社するもっと前…
百合と別れて辛かった時 俺は君と初めて出会った
俺は君がアルバイトをしていた店にたまたま入り君を初めて見たあの時
不思議と君だけが違って見えたんだ
何となく君のことが気になり
俺は自然とその店に通うようになっていた
君の笑顔はとてもチャーミングで
当時 失意に満ちた俺の心はその笑顔に癒されていった
なぁ 希…
毎週火曜と決めて あの店に俺が通っていたことを君は気付いてなかっただろ?
君が同じ会社に入社したのを知って
同じ部署に配属になったのを知って
どれだけ俺が嬉しかったか
君は知らないだろ?
一緒に仕事をして 君の頑張りを見て
他者への然り気ない気配りや優しさを垣間見て
俺の心が君の魅力に強く惹かれていくようになっていったことも
君からライブに誘ってくれたあの時
大事な先約をキャンセルしてまで君と一緒にいたかったあの時の俺の想いも
全ては人生で一番大切な時に伝えようと思っていた
手紙なんかじゃなくて
君の目を見ながら伝えたかった ーー
ーーー
なんで私は素直になれなかったんだろう
もっと素直になっていれば
彼がいなくなってから自分の愚かさに気付く
私に宛てた彼からの手紙を見つけたのは彼が日本を去った2日目の夕方だった
手紙はそのまま家に持ち帰り
バッグから手紙を取り出し封を切った
手紙を読んだら寂しさや後悔で心が壊れてしまうかもしれない…
ーー 少し震える手で ゆっくり手紙を開いた
あぁ… 彼の字だ
綺麗な文字というより 一字一字とても丁寧に書かれた文字
手紙は5枚あった
まだ読んでないのに涙が溢れてくる
手紙には 彼の想いが切々と綴られていた
そしてあの彼女のことも
会社に入る前から
私は彼に見つけてもらっていたことを知った
その手紙は私が気付かなかったことや知らなかったことばかり
彼は私とちゃんと向き合おうとしてくれていたことも
あの時の私は傷つくのを恐れ、逃げて、彼と向き合えなかった
ほんとに バカだ…
ーーー
昼休みに会社近くの定食屋に入り“本日のランチ”を注文した
「ねぇ聞いた!?ニューヨークに行った藤川さんのこと!」
“藤川さん”という言葉に反応し 会話の聞こえた方向に振り返った
「なに?」
「なんかね、向こうで事故にあったんだって… 」
ーーー 今… なんて
「嘘っ!で、藤川さんどうなったの!?」
「それが… 」
タイミング悪く
「お待たせ致しましたー!」
私の前に“本日のランチ”が運ばれた
ちょっ、聞こえなかった!!
また会話に聞き耳を立てた
「… そんな 」
「信じられないよね、、」
なに!? なんなの!?
その女性達に直接話を聞こうと立ち上がると
同期入社の友達が店に入ってきた
「あっ!中野さん!その前の席空いてるなら一緒に座ってもいい?♪」
「あっ、あぁ、うん、、」
その ほんの少しの間に彼の話をしていた二人は席を立った
「中野さんとランチなんて一体何年ぶり~?(笑)」
彼のこと、ちゃんと聞きたかったのに
ーー でももう私の彼氏じゃ… ない
「そうそう、中野さんって営業企画部だよね?」
「そうだよ。」
「じゃあ藤川さんと一緒に仕事してたよね」
「うん… 」
「なら藤川さんの事故のこと、知ってるよね?」
「えっ…?」
彼はニューヨークで交通事故に遭い
今は意識が戻らない状態で
独身で単身で渡米した彼を向こうの社員が交代で様子をみていると話してくれた
「栄転でニューヨークに行ったのに… ずっとこっちにいればそんな事故になんか遭わずに済んだのに。こっちに居て欲しかったのにな… 」
その言葉が私の胸を突いた
私が彼にちゃんと向き合い 彼の言葉を聞いていたら
私が彼に行かないでと引き留めていたら
もしかすると彼は行かなかったかもしれない
事故になんか遭わずに済んだかもしれない
「食べないの? えっ!? どうしたの!? 」
気付いたら 私の目から涙がぽろぽろと落ちていた
「私、もういいや 」
お金を机に置いて店を出た
部署に帰ると まだ昼休憩中だからか
まだ誰も帰ってきていなかった
彼に電話をかけることにした
スマホの画面に彼の電話番号を表示させるのは久しぶり…
電話に出て欲しいーー
恐る恐る発信ボタンを押した
でも電源は入っていなかった
意識不明で入院中なんだから繋がらないのは当然… だけど…
今すぐにでも彼の元に飛んで行きたいーー
ニューヨーク支社の住所と電話番号を調べて手帳に書き込み
ニューヨーク行きのフライトの確認と航空券の空き情報を調べた
ーーー
「マネージャー。こちら、よろしくお願い致します。」
私は有給届を提出した
10日間もの長期休暇を一気に取ることに
鹿島マネージャーは渋い表情をしたけれど
多忙な時期ではなかったのが幸いして希望通り休暇を取ることができた
ーーー
羽田空港 国際線ターミナルに着いた
また彼に電話をかけてみたけれどやっぱり繋がらない…
現地に着いたらそのままニューヨーク支社に向かうしかない
自分がこんなにも行動力があるなんて思いもしなかった
毎日 同じ時間に起床して出勤し 仕事して帰って晩御飯を食べて寝て
そしてまた同じ時間に起床する
そんなルーティンの日々を繰り返していた
でもそれを不満と感じてはなかったし
それが当然のように生きてきた
そんな私が英語も話せないのに単身海外に行くなんて今までの私なら考えもしなかった
でも 全然不安じゃない ーー
私は晴樹に会いに行く
もしまだ意識が戻ってなくても
ただ、彼が生きていて
一目だけでも会えればそれで良い
平凡に生きてきた私に
その想いが 強く背中を押してくれた
ーーー
初めての長いフライトに疲れたけれど ニューヨークに降り立ち空を見上げるとその疲れは消えた
今… 晴樹と同じ空の下にいるーー
翻訳アプリでタクシーの運転手に住所を告げ
ニューヨーク支社に到着した
現地には日本人の社員もいた
40代半ばの日本人男性社員の高畠さんという方が応対してくれた
その高畠さんに晴樹の具合と入院先を聞いた
晴樹は咄嗟に子供をかばい事故に遭ったと話し始めた
「いつも公園で一人でいる少年がいたらしくてね。その少年は友達がいないらしく毎日一人で遊んでいたようだ。
その頃 きっと彼自身も孤独を感じていたんだろうね。
彼はその子がこっち(ニューヨーク)に来て初めてできた友達だと 嬉しそうに話してくれたことがあったんだ。
そして… その子をかばって事故に遭ったようだ。」
嬉しそうに笑う彼が目に浮かび
堪えきれず涙が溢れた
「もしかして… あなたは彼の恋人かな。
彼は日本に愛する女性を残してきたと話してくれたことがあってね。
彼女を深く傷つけたまま離れてしまったことをとても後悔しているように私には見えたよ。
そのあなたがこんなに遠いところまで会いに来てくれたんだ。
きっと彼も喜ぶよ。」
ーーー
病院に着いて彼の病室を訪ねた
ーー 晴樹!
一気に涙が汲み上げた
まだ頭には痛々しく包帯が巻かれていて
彼の体は沢山の線で繋がれていた
「晴樹… 」
こんな悲しい再会 嫌だよ
「晴樹… 会いにきたよ。起きて… 」
彼の頬は温かかった
ちゃんと生きてる…
声をかけても
その日は彼の意識が回復すことはなかった
それでも私はニューヨークを経つ日まで毎日病院に通うことに決めていた
「ねぇ晴樹。晴樹の代わりに来た鹿島マネージャー、凄く厳しい人なんだよ~(笑)
この有給も取れないかもしれないと思ったけど許可してもらえたから奇跡かと思った(笑) ふふっ(笑) 」
私はずっと彼に話しかけた
「ねぇ… いつまで寝てるつもり?」
彼はずっと目を閉じたまま返事をしてくれない
「ずっとそんなんじゃ私、他に好きな人できちゃうよ。いいの?早く起きてよ…
一緒に旅行に行こうって約束したのに、大切にするって約束してくれたのに… 」
ーー 閉じている彼の目から
静かに一筋の涙が流れ落ちた
えっ…
「え… 晴樹!? 」
私の言葉はちゃんと彼に届いているーー
私がこっちに来て3日目で初めての反応だった
でも 反応はそれだけだった ーー
「明日、私はここを経つの。しばらくは会えないと思う。
目が覚めた時に私が“何を言ってたのか忘れた”なんてあなたなら言いそうだもんね(笑) ふふっ(笑)
だからちゃんと手紙に書いておくからね(笑) 」
いつ命が突然尽きるのかわからない彼に私は手紙を書いた
本当は仕事を辞め こっちで暮らし毎日あなたに会いに通いたい
ーー この人に残された時間がどのくらいなのかわからない
何十年もこの状態のままかもしれないし
明日突然 命が尽きるかもしれない
そんな先が見えない彼と
また離れてしまうことが恐い ーー
本当はここに来てずっと葛藤してる
あなたなら
“こんな俺の傍にいて自分の人生を無駄にするな”というのかな
それとも
“ずっと傍にいて欲しい”というのかな…
ーーーー
晴樹の顔が見られるのは今日で最後
「もう直ぐここを経たなきゃいけない。
晴樹… 本当に目を開けてくれないの?
いつものように 私をちゃかしてからかったりしなくていいの?
ねぇ、晴樹… 起きてよ… 」
結局 彼の目が開くことはなかった ーー
ーーー
私がニューヨークから帰ってきて半年 ーー
ニューヨークで対応してくれた高畠さんとは時々連絡を取り合った
彼の様子は何も変わらないようで 変化があったら直ぐに連絡すると約束をしてくれている
私はまたニューヨークに向かうための資金を貯め続けていた
彼は今は休職扱いになっているけれど
それも一年間という期限がある
あと半年だよ…
一日でも早く目を覚まして欲しい
ニューヨーク支社での仕事が夢だったんでしょ?
その彼の夢が消えてしまう…
毎日毎日 私は彼の意識が回復したという連絡を待ち続けた
ある夜
私は晴樹の夢を見たーー
あれは
彼の後ろ姿…
彼が振り返ると私に微笑みかけた
『 希… 愛してるよ… 』
そして 次第に姿が見えなくなった
目が覚めて夢だと理解した
嫌だよ…
まさか… これフラグじゃないよね…
慌ててスマホを確認した
ニューヨークの高畠さんから着信もメールも入っていないことに安堵した…
今日は休日
晴樹の夢を見て本当は喜ぶべきなのに
私の心は不安に満ちていた
よくため息をつくようにもなっていた
元々 深く悩み続ける性格じゃなかったし
気持ちの切り変えは上手だったはずなのに
私は自分が自覚していた以上に彼のことを愛していたんだと思い知らされた
明るく朗らかな私を彼は好きだと言ってくれていたのに…
彼の好きだった私に戻らなきゃ…
なんでもきちんとしていた彼に負けないように
私も どんな時もちゃんと生きなくちゃ…
ヘアサロンに午後からの予約を入れ
それまでの時間は洗濯や掃除をした
そして私は長かった髪をバッサリと切った
こんなに短くしたのは高校生以来
学生の頃ずっと女子として見られない私はせめて髪を伸ばせば違うんじゃないかとロングヘアにした
やっぱりショートにしたら女子度が減った気がしないでもないけど
ゆるふわパーマもかけたし学生の頃とは全然違う!結構似合ってる!
ヘアサロンから帰宅するとポストに宅配の不在連絡票が入っていた
再配達をしてもらうと
それは海外からのもので小さな荷物だった
ニューヨーク!
それは高畠さんからだった
その小さな箱を慌てて開くとそこには写真のアルバムが入っていた
ニューヨークの街の風景や子供達の写真
なんでこの写真をーー
箱の中には手紙も入っていた
この写真は藤川が撮ったものだから君に託すと書いてあった
手紙の封筒の中には三枚の写真があった
ーー そこには晴樹が写っていた
ニューヨーク支社のメンバーと笑顔で写っている写真
ニューヨークの冬は雪が積もる
そんな雪の中をコートを着て歩く晴樹の後ろ姿
その直後に写したような振り返った笑顔の写真
それはまるで『なに撮ってるんだ(笑)』と言っているように見えた
ーー 私は 泣き崩れた
ーーーー
それから2ヵ月
晴樹とよく一緒に行った映画館や
晴樹と始めてキスをした公園を歩いてみた
あぁ…
あの頃が夢だったみたい
あの頃は初夏だったけれど 今はもう春…
春の強い風が突然吹いて
短くパーマにしている私の髪はボサボサに乱れた
すると突然後ろから
まるで犬でも撫でるように
私の髪を誰かがフワフワと触った
「 へぇ?髪切ったのか(笑) 」
驚いて振り返った
ーー 晴樹だった
なん で…
「ぶっ(笑) はははっ!その表情が見たかった(笑)」
あぁ 晴樹だ…
「 … なんで 」
「また君のその驚いた顔が見たくてね(笑)
高畠さんに君には俺の事を黙っていて欲しいと頼んであったんだ。
君が帰国した後 俺は意識が戻って…
君の手紙を読んだ。それで俺、君に会いたくて必死でリハビリしたよ。」
涙が溢れて止まらなくなった私を晴樹は抱き締めた
「会いたい想いでいっぱいだった… 」
晴樹の声…
晴樹の匂い…
生きてる…
私は子供みたいに泣いた
「どうして… あなたは… そんなに意地悪なの… ほんとに信じられない 」
「待たせて… ごめんよ… 」
晴樹の声は泣いていた
二人でまたここを歩けるなんて思いもしなかった
「 この公園も変わらないね。帰国して空港から直ぐ君の部屋に向かったけれど君はいなくて。
電話やメールで知らせたくはなかった。
やっぱり驚く君の顔が見たくて(笑)
でも どこを探さばいいのかわからなくて。
もしかしたら… と ここに来てみた。」
幸せな夢みたい…
前を歩く晴樹が振り返って微笑んだ
「 希… 愛してる… 」
ーー それは 夢で見たあの場面だった
「 私も… 愛してる 」
彼は私に手を差し伸べ
「 俺と一緒にニューヨークに行こう 」
私はその手を取った
「これからずっと… 一緒に生きて行こう 」
もう この手を離さない
「旅行の約束も守ってね。」
「わかってる(笑) 泊まり掛けだろ? じゃあニューヨークからロスでも行く? 」
「移動が壮大(笑) 」
彼の薄茶色の瞳に吸い込まれそう
彼は私を愛おしそうに見つめキスをした
「これからはちゃんと大切にするよ 」
私も 大切にする
「ならもう私をからかわないで!」
また彼は吹き出した
「そこは約束できないな(笑) だってとっさの表情か堪らなく可愛いんだから(笑) それにこのトイプードルみたいな髪もね!」
私の頭をまたくしゃくしゃっと撫でた
「余計にくしゃくしゃになっちゃう!!!」
そんな変わらない彼に
私はこれから先もずっと恋しているだろう ーーー
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