たしかなこと (5) 最終話
香さんは何の店を開くのだろうか
二人の会話からは詳細を知ることはできなかった
でもその情報はたまたま耳にした話がきっかけで知ることができた
香さんはSNSのインスタグラムをやっていたようでそこに情報を上げていると聞こえてきた
僕はSNSは一切したことがない
インスタグラムも名前は知っていたがどういったシステムなのかも知らない
そんなSNSに疎い僕は取りあえずそのインスタグラムのアプリをインストールしてみた
でもそこからどうやって香さんを見つければ良いのかわからない
困った僕は娘の万結を頼ることにした
万結は大学生
そういうものには当然詳しい
万結はパパがインスタやるの!?と驚いた
始めは気乗りしない様子だったけれど
インスタグラムの面白さや便利さを語っている内に僕にも使い方を詳しく説明をしてくれ始めた
パパはどんな写真を載せるの?と聞かれ
携帯のアルバムを開いた
家の花の写真や釣った魚の写真ばかりだった
インスタに載せるために写真を撮るんだと
今運ばれてきたショートケーキの写真を撮っている
そんな万結を見て そんな風に何でも撮ればいいのか?と質問をしてみた
「何でもじゃダメ!バエる写真だよ?」
バエ… る?…
「綺麗だなぁ!とか美味しそうだなぁ!とか見る人にウケる写真だよ。」
「そう、なのか(笑) 意識してみるよ(笑)」
「パパのセンスはそんなオヤジ臭くない方だし意外とインスタは向いてるかもね(笑)」
「若く… 見えるか?」
香さんとお付き合いをして僕は自分の歳を気にするようになっていた
「見える見える(笑) 45…ぐらい?(笑)」
少しは若く見えるんだな(笑)
万結に教えてもらった通りにインスタグラムをきちんと始めてみた
他の人はどんな写真を上げているんだろうと見ている内に 幾つもの美しい写真を目にした
写真を上手く撮る方法とか携帯のカメラの画素数の高いものはどの機種でどれだけ違うのかとか いろんな事を調べ始めた
いかん!本来の目的からだいぶ反れた
インスタグラム内の香さんを探した
確か店の名前は Jolie なんとか…
検索すると沢山ありすぎて驚いた
意外と本名で登録をしていないだろうかと検索をすると
「あ、あった… 」
香さんのアカウントがあった
店を改装している写真から昨日撮ったばかりの写真もあった
でもどの写真を見ても香さんの顔は写っていなかった
プレゼント用の包装紙にリボン… 装飾の花やちょっとした雑貨も販売する小さなお店を開くようだ
香さん… 頑張ってるみたいだな
来月オープンか…
それまでも大変だろうし その後はもっと大変だろう
小さくても自分の店を作る、経営者になるという決断をした香さんを心から尊敬する
僕はインスタグラムで香さんのフォロワーになった
本名を伏せ 【ちょびひげ】と載せた
何故なら僕は鬚を伸ばしていないから
僕だとわからない方がいいしプロフィールにも僕の詳細も書いていない
これなら僕とは気付きはしないだろう
香さんが記事をアップするたび僕は必ずコメントを書いた
自分も食べ物の写真をアップしてみたり風景をアップしたりとインスタグラムを使って香さんと接点を持った
“店がオープンしたらもしお近くなら来てください。お待ちしております。”
それが営業文句だとわかっていても
僕の心は少し高揚した
でも… 直接行くことはできない…
いよいよお店のオープンの日
僕は匿名で店に花を贈った
インスタグラムには店の様子がアップされていた
そして僕が贈った花も…
ちゃんと僕の花も彼女の元に届き 受け取って貰えたことに喜びを感じた
“あなたがこれからも幸せでありますように”
そう花に添えたメッセージカードも読んでくれただろう
翌日の記事を見てハッとした
“匿名でこのお花を贈っていただいた方へ。
いつも温かく見守っていてくれていたことを私は知っています。私はまたあなたに胸を張ってお会いできるよう頑張っています。夏の暑さにも負けないポーチュラカの花のように強くなります。その時 私はまたあなたにお会いしたい。”
ポーチュラカ…
そのメッセージに涙がこみ上げた
この花を贈ったのが僕だとわかったんだ ーー
貴女はやっぱり素敵な女性だ
僕の心が貴女から離れようとしない
本当に罪な女性だね
「ふふっ… (笑) その時 僕は幾つになっているだろうか。」
“綺麗な花を咲かせてください ”
そうコメントをした
“ちょびひげさん。ポーチュラカ、綺麗に咲いていますね。”
えっ…
“それはどういう意味ですか?”
ドキドキしながら返信した
“ポーチュラカの花。ちょびひげさんの写真に写っていました。”
そんな、載せたつもりは…
手前の花を写した奥に 少しだけ写りこんでいたのを香さんは気付いたのか…
“綺麗に咲きました。愛情をこめて毎日声をかけています(笑) ”
“ちょびひげさんらしいですね(笑) 声をかけている姿が想像つきます(笑)”
“むさ苦しいおっさんなのでお恥ずかしい(笑) ”
“ちょびひげさんはとてもセンスが良い方なのでそんな風には見えないでしょう(笑)”
ちょびひげを僕だとわかっているのか いないのか…
どちらにしても
またこうして繋がれた縁を大切にして貴女を見守っていこう
ーーー
それから一年…
もう僕は52歳になっていた
香さんの店はインスタを見る限り順調のようだった
時々 彼女の店の向かいにあるカフェの窓際に座り珈琲を頼む
彼女の姿はハッキリとは見えないが笑顔で客と話し込んでいる様子を時々は見ることができる
僕はまだ香さんに恋をしていた
貴女に会いたい…
ちゃんと顔を見て話がしたい…
募り続けるこの想いを貴女に伝えたい
でも僕なんかとうの昔に忘れてしまっているかもしれない
カフェを出ると 香さんも客を送り出すところだった
ーーあっ、、!
慌てて顔を反らし 足早に立ち去ろとしたその瞬間ーー
「白川さん?」
懐かしい声だった
ずっと聞きたかった声…
ーー 僕は… どんな顔をすればいいのか…
ゆっくりと振り返ると
夕陽に照らされた香さんが
僕に優しく微笑みかけていた
ーーー
香さんの店はとてもセンスが良く
男性でも気軽に入れるような雰囲気になっていた
ネット通販が多い今の時代だからこそ、プレゼントに自分なりの気持ちを込めた特別な物にしたい人が包装紙やリボンや飾り花を必要とするんですよと
楽しそうに話す貴女を見て
とても充実した日々を過ごしていることが伝わった
「私… 白川さんに謝らないといけないとずっと思っていました。何も言わずに去って行くようなことになってしまって… ごめんなさい。」
香さん…
「もういいんだ。今 貴女が幸せならそれで。」
「… お花、ありがとうございました。」
えっ…?
「オープンの日にお花を贈ってくれましたよね。一緒に添えていただいていたメッセージカード、あれは白川さんの文字でした。」
あぁ… 気付いていたのか
「僕の書く文字は特徴ありますか?」
「好きな人の字はちゃんと覚えてますよ(笑)」
好きな人…
「まだ… 僕の文字を覚えていますか?」
「もちろんです。白川さんですから… (笑)」
彼女がまとう空気が一年前と変わっていたことに気付いた
凄く綺麗になったね…
珈琲を入れたカップを丁寧に僕に差し出した
「ありがとう。」
まだ少し 胸がドキドキとしている
まるで学生の頃の純愛のようだ
「香さんとこうしてまた向かい合えていることが夢のようです。」
「白川さんのそのロマンチストな部分、変わってないですね。ふふっ(笑)」
心がフワフワする
まるでほろ酔いの状態に似た感覚だ
貴女といる時の僕は
自分がもう50を越えているということを忘れてしまう
「本当は貴女からの連絡を待つつもりでした。」
「私から連絡するつもりでした。白川さんのお誕生日の明日。」
えっ…
明日 誕生日… だった
僕の誕生日を貴女は覚えてくれていたのか
「明日も、、会ってくれますか?」
「そのつもりでした(笑)」
ーー 貴女とまた もう一度…
その想いは胸の奥にしまった
「白川さん。私… 強くなりましたか? 白川さんとつりあいが取れる女になれてますか?」
え…?
つりあい?
「どうしてそんなことを思うんですか?僕はどんな貴女でも構わないと何度も言ったはずです。」
「私は自分に自信を持ちたかったんです。白川さんに似合う女になりたかったんです。」
ついあうとか 似合う女だとか
香さんがそんなことを考えていたなんて思いもしなかった
「僕と貴女の間にそんなこと、必要ありましたか?僕が貴女にそう思わせることをしたのでしょうか。僕は… ありのままの貴女が傍にいてくれればそれで良かったんです。」
困ったように眉尻を下げて微笑んだ
「… 私が一人でそう思ってたんです。自信の無い自分自身の問題だったんです。遠回りしたんでしようね。でも遠回りして良かったと思っています。やっと自分が好きになれましたから(笑)」
“遠回り”
貴女がまた僕の元に戻ってきてくれる可能性が少しはあると… 僕は希望を持ってもいいのですか…?
「明日の僕の誕生日、貴女にお願いがあります。」
「なんですか?」
「僕と… 食事してくれませんか。焼き肉でも構いません。」
「白川さんのお誕生日なんですよ?(笑) 白川さんが食べたい物はなんですか?」
そうして また香さんと会う約束をした
今日 家を出る時には想像もしていなかった
まさか今日
手を伸ばせば触れられる距離に香さんがいるあのシチュエーションが叶うなんて…
しっとりと
柔らかな微笑みだった…
この一年で貴女は変わったんですね
それだけ いろいろとあったんでしょうね
「本当に… 綺麗になりましたね …香さん 」
ーーー
店は 15時から臨時休業とインスタグラムに書かれていた
花を贈ったのは匿名だったけれど文字で僕だとバレていた
でもインスタグラムの【ちょびひげ】は僕だとはわかってない
だからちょっと聞いてみよう…
【ちょびひげ】 “今日はどこかに行かれるのですか?”
【香さん】 “素敵な再会があったのでまたお会いすることになりました”
素敵な再会…
楽しみにしてくれてるのかな(笑)
【ちょびひげ】 “デートですか?”
ドキドキしながらそう聞いてみた
【香さん】 “それはどうでしょうか(笑)”
“どうでしょうか” !?
勝手にデートだと僕は思いこんでいた…
17時 待ち合わせ場所に香さんは現れた
「素敵なワンピースですね(笑) よく似合っていますよ。」
「え? ありがとうございます。白川さんも素敵です。やっぱり今もセンスが良いですね(笑)」
並んで歩く
手を伸ばせば貴女に触れられる距離
なのに あの頃のように手を伸ばせない…
浮かれちゃいけない
これはデートではないんだと自分にそう言い聞かせた
和食の創作料理の店の小さな個室に僕らは向かい合わせで座った
「お誕生日おめでとうございます(笑)」
「ありがとう… (笑)」
照れくさいな
この歳で誰かに誕生日を祝ってもらうなんて思ってもみなかった
しかも… 香さんに
「何ですか?(笑) あまりじっと見られたら恥ずかしいです(笑)」
「あ、、すみません、、」
視線を反らした
でもつい見つめてしまう
「あまりお話してくれませんね(笑)」
「えっ、、そうですね… (笑)」
香さんは会社に入社してからお店を開くことを夢にしていたと話してくれた
でも夢は夢と割りきっていたけれど
退職が決まった時に店を開く決断をした
退職前に早々と退社をしていたのはリサーチや経営の準備をしていたようだ
僕に愛想を尽かしたとか嫌いになったという訳ではないと打ち明けてくれた
店を開き 少し自信をつけた時
また僕に連絡を取ろうと彼女は思っていた
でも 時間が経つにつれ
彼女の中に迷いが出てきた
何も話さず 何の連絡もせず 今更どんな顔をして会えばいいのかと…
「私、本当に勝手で図々しいですよね(笑)」
「過ぎたことはもういいんです。今、こうしてまた貴女に会えたんですから。」
店を出ると もうすっかり日が落ちていた
今日は満月だった
綺麗な月だ…
今夜みたいにまた貴女に会いたい
貴女の傍にいたい
離れたくない
またあの頃のように…
その言葉を胸にしまって並んで歩いた
「白川さん。」
「はい… 」
香さんは足を止め 夜空を見上げた
「綺麗な月ですね… 」
えっ
それは…
意味のある言葉なのか
単純に月が綺麗だからそう言ったのか
その真意を知りたくて香さんを見つめた
「白川さんはどう思いますか?」
微笑んで僕の返事を待っている
「本当に… 綺麗な月ですね 」
貴女が好きです
今も全く色褪せず 冷めてもいない
運命の女性なんだと思う…
だから気持ちが変わらないんだと思う
「 “月が綺麗ですね”って言葉の意味、まだ忘れていませんか?」
「もちろんです。“あなたが好きです” ということです。」
「ふふっ(笑) 良かった(笑) 忘れてなかったんですね。私は… 」
真剣な表情に変わった
「あなたが好きです。ずっと忘れられませんでした。もし… あなたの気持ちがまだ変わっていなければ、」
「変わってませんっ、僕も!」
香さんは ふふっと笑った
「私とお付き合いしませんか?」
月明かりに照らされた香さんはとても美しく輝いていた
「貴女はずっと僕の心から貴女を忘れさせなかった。ズルい人だよ(笑)」
「ふふっ(笑) やっと“ちょびひげさん” に逢えた(笑)」
「気付いてたんですか!?」
「ええ(笑) 文面で、そうかなって(笑)」
「ひどいな(笑) 気付いてたならそう言ってくれれば良かったのに(笑)」
「それじゃ面白くないでしょ?(笑)」
「貴女って人は… 本当にズルい人だ(笑)」
僕は彼女を抱きしめた
「もう… 絶対に離さないから。」
たしかなことは
ずっと貴女の傍にいること
そして僕と香さんの時間がまた動きだした
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