気まぐれ徒然なるままに

気まぐれ創作ストーリー、日記、イラスト

たしかなこと (2)

2020-03-25 22:52:02 | ストーリー
たしかなこと (2)



部長はいつもと同じように職務をこなしていて
私を特別扱いはしない

それに不満は全く無いしむしろその方が良い

でもせっかくLINEができるようになったのだから仕事が終わった夜にでも たまには何か送って欲しいなと思うようになった

私から送れば良いんだろうけど どこまで踏み込んでいいのか 距離感がわからない

部長はやっぱりただの食事友達という感覚なのかもしれないし

もしも好意を持ってくれているとしたら部長も私との距離感がわからないのかもしれない

こういう時はどうしたらいいんだろう
私から誘う? それとも誘いを待つ?

うーん…


あれから1ヶ月何も変わらない


LINEの受信音がして開いてみると部長からだった

『笹山さん。本日の業務も御苦労様でした。突然ですが、今週末予定が入っていなければアウトドアしに行きませんか?』

アウトドア!!
部長がアウトドアするようなタイプには見えないわ…

へぇ~!でも面白そう!
『楽しそうですね!是非!』と返すと

返ってきた返事に戸惑った
『日帰りと宿泊、どちらがいいですか?』

しゅ、宿泊!?
これは… もしや…
いやいや、、まさかね


『日帰りでも構いませんよ。その場合は朝から行きましょう。宿泊ならグランピングでも良いし、車で山梨辺りの山頂に移動してシュラフや毛布を持参して天体観測という選択もあります。 』


天体観測? あぁ!星を見ようって言ってもんね


真面目な仕事ぶりの今日の部長が頭に浮かんだ

本当にギャップが大きいな
天体観測とかグランピングとかしそうに見えない


『天体観測に行ってみたいです♪ 』

『ではそうしましょう。空が明るくなる前まで起きていられそうですか? もし眠くなったら寝ても構いませんが、せっかくなので。』

『がんばります!!(笑) 楽しみです!!』

『わかりました。では身体が冷えないように温かい服装でお願いしますね。』



本当に 星を見に行くのね



「は、はい、、(笑)」

一瞬だけ変な勘繰りしちゃった
… 恥ずかしい



ーーー




楽しみにしていた週末
待ち合わせは夕方


降水確率は0%
晴れてて良かったなぁ(笑)

曇ってたり雨でも降ったら部長と会えなかった



部長が近所の公園まで車で迎えに来てくれた

紺のステーションワゴン
トランクにはクーラーボックスやキャンプ道具、天体望遠鏡が積んであった

たまに一人で天体観測に行っていると話してくれた

意外すぎる趣味(笑)



「僕一人ならおにぎりと卵焼きとソーセージぐらいしか作って行きませんね(笑) 貴女が一緒なのでもうちょっと用意しました。」


切った野菜と焼き肉用の肉がクーラーボックスに入っていた


「焼き肉好きでしたよね。」

「焼き肉できるんですか!?」

「ええ、できますよ(笑) こちらも持ってますので。」


キャンプ用のガスやフライパンもあった

「部長ほんとにギャップ凄いですね… 」

「そうですか?僕の趣味なんですよ。」


ーー あれ? 今、“僕” って言った



「釣りなんかもします。もっぱら一人遊びばかりですよ。では行きましょうか。」


運転する姿 初めてだ
チラチラと横目で見てしまう

車の中って距離感が近くなる



部長って…


お腹も出てない
年齢の割にスタイルが良い

日頃 食事も気にしてるようだし


ハンドルを握る部長のゴツッとした男っぽい手に血管が浮き出ている



ーー 男性なんだなぁ


今さら意識してきてなんだか落ち着かなくなってきた




車の中はFMラジオが流れている

「この曲 本当に良いですね。好きです。」
小田和正の “たしかなこと” が流れてきた


何故だか この曲を聴くと
胸が熱くなって泣けてきちゃう…

一生寄り添いたい人と出逢えたら
こういう想いになるんだろうな…



「部長は今までどんな恋しましたか?」

「恋ですか?」

「想像つかなくて(笑)」

「ありますよ。そうですねぇ… 」


学生の頃 付き合っていた彼女の話を聞かせてくれた

陸上部に入っていた部長は 彼女が毎日部活が終わるまで待っていてくれて一緒に帰っていたとか

大会前には必ず御守を渡してくれたこととか
可愛らしいエピソードを教えてくれた

大人になってから付き合った彼女はお互い仕事が終わると毎日電話をしていたらしく

昔はまだスマホが無いから毎日家電にかけていて彼女のお母さんが出ると申し訳ない気になっていたとか (笑)


「今の時代なら携帯があるのであんな苦労はしないで済みますね。」

部長が恋をするとどんな(男の)顔をするんだろう

「部長は優しくてロマンチストですよね(笑) 部長とお付き合いするとワクワクすることばかりかも(笑)」

「… え?」少し驚いた反応をした


あっ、、
何言ってるんだろ 私



「ははっ(笑) すみませーん(笑) なんか変なこと言いましたね(笑)」

「そう思って貰えると嬉しいですね(笑) 今夜は星が 綺麗に見られます。」



今夜の天体観測のことを言ったんじゃないんだけどな…




いよいよ山の中に入って行った

高原の公園内にキャンプもできる所があって
水道とトイレも完備されていた

他に車が数台来ていた
思ったより少ない

「ひとまずはここで食事にしましょう。今夜は流星群が見られますよ。食事したらあの階段から上に昇って行きます。今夜は流星群が見られますので上は外灯を消しているそうなので(星が)よく見えるはずです。」

そう言いながらトランクに積んだ荷物を降ろして手慣れたように準備を始めた


「座っててください。僕がやりますから。」

初めてで何をしたらいいのかわからない私はお言葉に甘えて座らせてもらった

普段から卒のない部長は こんな時もやっぱり無駄のない動きで準備をしていた

「僕一人だったら本当に誰もいない山の中に行きますが、今夜は貴女が一緒なのでね(笑)」

だから整備された所を選んでくれたのか…



ちゃんと考えてくれていたことに感動…
紳士的なんだなぁ



「部長、すみません、、」

「こんな所で部長はやめてくれないかなぁ(苦笑)」


え?じゃあ何とお呼びすれば…

「白川さん、でよろしいですか?」

「部長よりかはいいですね、それでもまだ堅苦しい感じはありますが(笑)」

「白川さんも硬苦しいですけど?(笑)」

冷えたビールと膝掛けを持って私に差し出した

「では、笹山“さん”。これ、冷えないように。」

笹山“さん” って
“くん”呼びとさほど変わらないと思うんだけど(笑)


「二人の時は無礼講で構いません。」



白川さんの方が私より硬いですよ?

野菜を焼きながら私に視線を向けた


「…やはり、“香さん” でも構いませんか…?」


え!?
いきなり名前呼び!?

急に距離を詰めてきた感!




「は、はぁ、、構いませんけど… わ、私の下の名前までご存じだったんですね(笑)」

「はい。皆さん全員覚えています。」


なぁんだ
私だけじゃないのね


「名字以外で呼ぶことはないですがね(笑) 肉焼けましたよ。」


乾杯をした

どうして外で食べる物ってこんなに美味しいんだろ! あ~ビールも美味しい!


「ありがとうございます(笑) 部長!美味しいです!」

「部長じゃないですよ(笑) 喜んでいただけて良かった(笑)」
優しく微笑んだ

こんな風によく微笑むようになってくれて嬉しい


ーーー


時間をかけて食べて飲んで のんびり落ち着いて
片付けをしてトランクに不要な物を積み

部長は大きなリュックを背負って天体望遠鏡を肩に担いだ

「行こうか。」
3分程 昇ると展望台があった

家族連れやカップルが数組がもう天体望遠鏡を覗いていた

二人きりじゃないんだ… 残念(笑)

慣れたように天体望遠鏡を組み立てて調整をしている
「白川さん。あっちは?」
少し離れた所は人がいなかった


「… あちらにしますか? トイレ少し遠くなりますけど。」

「大丈夫です。」

「じゃあ移動しますか。」


誰もいない所に移動した
さっきの開けた展望台の人は暗くて見えない

「こちらの方が見やすいですね。移動して良かった。」
レンズを覗く白川さん

部長には下心とか無いんだなぁ~
下心があるのは私か(笑)


「見てみますか?」
レンズを覗いた

わぁ…
全身鳥肌が立つほど綺麗に星が見えた


「凄い… こんなの初めて見た 」

「良かった。貴女の初めての経験が僕で嬉しい。」

またドキッとした
それって初エッチの時に言うよなセリフでは…(笑)

ほんと部長の発言には笑っちゃうな(笑)

なら…
「初体験が白川さんで私も嬉しいです(笑) 」

「 あ … そう、か、、」
気付いたみたい(笑)
暗くて表情がよく見えないのが残念(笑)

「寒く、ない、ですか? 」
今 動揺してるような(笑)

表情がわからない分 声や話し方で何を考えているか少しわかりやすい

「冷えてきましたね… 」
リュックをゴソゴソと探りだして膝掛けを私にかけてくれた

「湯を沸かしますね。」珈琲を入れてくれた



隣に座る部長が珈琲を飲みながらゆっくりと話始めた

「香さんは… やはり結婚を望んでいるのですか?」

ーー え?

「結婚… ですか?まぁ… いずれは… 相手次第ですけど。彼とはもう自然消滅になってしまいましたから… いつの話になるやら(笑) 」

「そうなんですか。今は好きな人はい
ないのですか?」



ーー なんて答えよう…



「好きな人は… います。」

「そうなんですね。前の彼、ですか?」

「いえ… 」


部長が…
好き なんですけど…



「僕はその人を知っていますか?」

相手は社員なのかを聞いてるんだな…



あなたなんです、なんて
告白できない


「あ、来ましたよ。」

空を見上げるとチラホラと流れ星が見えはじめて
展望台の方から歓声が聞こえてきた


「なんだか感動で鳥肌立ってきました… 」
初めて見る流星群 本当に何秒かに一個見える



「こうして貴女と見られて良かった… 」



の上で綺麗な月を一緒に見た時を思い出した

「あの時の白川さんは “綺麗な月ですね” と言いましたね。」


「そうですね。あの言葉の隠語を香さんは知っていますか?」



やっぱり部長は知ってて言ったんだ…

それは私に愛の告白をしたということになる



「あの時貴女は “手が届きそう”と答えましたね。その言葉の意味も知っていますか? 」

それは “私もあなたが好きです” という意味になる ーー


どうしよう
心臓がバクバク鳴って汗が吹き出てきた


「あ、後で知りました。でも、あの時そう答えて、、良かったと思っています。」


少し沈黙した
その沈黙が物凄く長く感じて戸惑った


「ぶ、部長?」

「すみません、驚いてしまって、、」



ドキドキする

驚いたってどういう意味!?




しばらく黙ったまま空を眺めた

時々遠くから聞こえてくる歓声で二人の沈黙をより実感する

少し離れて座っていた部長が私の隣に座り直した



「僕は今… 貴女に恋をしています」






ーー 部長が私に恋 ーー








「私も、部長が好き、です…」

「… 男として、ですか?」



表情は見えないけど
声だけで緊張してるのが伝わる




「はい…」

「貴女の顔がはっきり見えなくて… 残念です…」


部長の手が頬に触れた


その手の大きさと体温に
私の心臓は壊れそうに激しく鼓動を打った




優しく柔らかな彼の唇が
私の唇にゆっくりと軽く触れて

そしてまたゆっくりと唇が離れた


バーボンの香りと少しのフレグランスの香りが混りあっていた





「…すみません」


え?
今キスしたことを謝ったの?


「決して酔った勢いなどではありませんから。」



わかっていますよ(笑)

「… はい(笑)」







まだ暗いけれど夜明けも近くなってきて展望台に人はいなくなった


「朝日も見て帰りましょうか。」



海岸線を走って車を停めて海岸に降りて歩いた

「珈琲 飲みますか? 」
お湯を沸かして淹れてくれた

朝の空気は澄んでいた


「海辺なので少し寒いですね。」
車の後部座席に載せてあった膝掛けとダウンジャケットと肩にかけてくれた

「優しいですね… 」

「それは貴方だからですよ。」
さりげなく胸がキュンとなる言葉をくれる


一晩で急転直下の如く恋に落ちた

次第に空が明るくなり
朝日が昇り始めた

陽が昇るのを見るなんて初日の出ぐらいしかないと言うと部長は微笑んだ



「眠くないですか? 」

「少し(笑) でも大丈夫です!」

「でも冷えてきたでしょう。帰りましょうか?」

車に荷物を載せ 車をゆっくり発進させた




私はいつの間にか眠ってしまっていて

目が覚めると 少しシートが倒れていてダウンの膝掛けと部長のダウンジャケットをかけてくれていた

いけない!着くまで起きてるつもりだったのに!


「まだ寝てても大丈夫。着いたら起こしてあげるので。」

「いいえっ!起きてます。私一人寝るなんて申し訳ないですから。私が運転できるなら変わりたいんですけど!」

キョトンとした表情から笑いだした

「気にしなくていいのに(笑) 夜釣りに行く時は徹夜だし慣れてるよ(笑) 」

「そうなんですか… 」

「それに、貴方の寝顔はとても可愛いので疲れなんて吹っ飛びます。」

「寝顔!?」
またカーッと全身が熱くなった

恥ずかしい!
そう言うことサラッと言われると超恥ずかしい!

「そ、そんな 恥ずかしくなること言わないでいただけますかっ」

「本当にそう思ったんですが。」

「それと、」信号が赤に変わって車を停車させた

前に視線を向けたまま
「眠っている貴方についキスをしてしまいました。すみません… 」

えっ、、

その言い方にまた胸がキュンとした
「そう… ですか… 」

「断りもなくすみません… 」

断りもなくって
「断りなんて、いらない… ですよ… 」

「あ… はい… 」
目が泳いだ!照れたのかな

「今度は眠っていない時にお願いします… 」

私をチラッと見てまた前を向いた
「では… 次の信号待ちの時に… 」

信号は青に変わって車を発進させた
次の信号待ち?

信号がある度にドキドキする!
だって昨夜は真っ暗で顔がよく見えなかったから…

あ、信号… 青
また信号… 青

「なかなか停まれませんねぇ… 」
もしかして赤を期待してる?

「なかなか停まれませんね~(笑)」

「次は赤、次は赤、、」
願ってる白川さんが異常に可愛い


その願い通り 次の信号は赤になった
隣車線にも車が停まって白川さんは隣の車をチラッと見てまた前を向いた

私もその車を見たら小さな子供達を乗せた車だった

流石に… ね(笑)



結局 タイミングが合わなくて自宅近所の公園まで送ってもらった

「送っていただきありがとうございました。本当に楽しかったです。落ちていく星も昇る太陽もどちらも綺麗で夢のようでした(笑) 」

「僕も夢のようです。このまま連れ帰りたい… 」

「えっ、、ははっ(笑) 」心臓がバクバクしてきた

「帰ったら少し寝てくださいね。」

「あ、はい… 」
まだ帰りたくないな… なんて思いつつバッグを手に持った

「じゃあ、、帰ります。」
ドアノブに手をかけると優しく肩を引き寄せられキスをした

「なかなか赤にならなかったから、、」

彼を見つめると抱き締められた

「困ったな… そんな表情されると本当にこのまま連れて帰りたくなるじゃないですか…」




ーーー



シャワーを浴びながら唇に残る感触でキスを思い出す

… あー、もう、恥ずかしい!



“僕は貴女に恋をしています”

“貴方の寝顔はとても可愛いので疲れなんて吹っ飛びます”

“このまま連れて帰りたくなるじゃないですか”


そういう瞬殺の言葉をサラッと放つもんだから…

あ~もう、なんなの?
会社での白川さんと別人なんだけど!

キスまで優しいし…
絶対好きになっちゃうでしょ…

私はどんな顔して会社で会えばいいの?







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たしかなこと (1)

2020-03-25 11:35:00 | ストーリー
たしかなこと (1)



私は 笹山香 29歳 会社員

今日は電車の遅延で出社がいつもより遅くなったけどなんとか間に合った


「笹山君。出勤早々で悪いね。君はこの会社の担当だったから渡しておくので目を通しておいて。」

白川部長に書類を渡された

「わかりました。」


白川部長は50歳なのにそこそこ背もあって肩幅もあってスタイルがとても良い

顔は本当に普通だけどスタイルの良さとイケボで格好良く感じる

おじさん好きな女子にはウケそうな人で私の父もあんな感じだと良いのにと思っていた

昔 引き抜きでうちの会社に入ってきたエリートだということは私も聞いていた

毎日手作りのお弁当を持参してるから奥さんはきっと良妻賢母の素敵な人なんだろう

仕事以外の話は一切しないから人だからプライベートは全く見えてこない

仕事は卒がなく 全体の業務の進行具合も見てる
私語厳禁という訳ではないけど気軽に話せる雰囲気が無い

しかも笑わないからか何となーく冷たい印象



そんなある日の夜 ーー

私は仕事帰りに付き合って三年の彼と待ち合わせをし食事に向かった


「俺達、もう三年か 。」

「うん。早いね~(笑)」

何か言いたげに落ち着かない様子に変わった彼
これはもしかして… プロポーズとか!?


まさかまさか こんな騒がしいお店で!?

え~♡ プロポーズだったら困っちゃうな♡
私の胸はドキドキしてきた


「どうしたの? ヒロ♡」

「あのさ、、俺… 転勤辞令が出たんだ… 」

思いもよらない話だった

「ど、どこに… 」

「福岡、なんだ。」
遠い… 嘘でしょ…


「いつ行くの!? 」

「二週間後。」

そんな…
ショックが大き過ぎて言葉も出なかった

彼の仕事は転勤が多いと以前から聞いてはいたけどまさか彼が転勤するなんて…

この時 転勤という言葉の重さをようやく実感した


彼は 結婚なんて今は全く考えていないけど 一緒に福岡までついてこないかという提案だった

私… 今年30になるんだよ
結婚の確約もなく今の仕事を辞めてまで新転地にはついて行けないよ…


ーーー

二週間後なんて あっという間に来てしまった

東京駅で新幹線に乗った彼を見送った
この年齢で遠距離交際を経験するなんて思ってもみなかった

辛い …


具体的に結婚を意識していた私と
結婚なんか1ミリも考えてなかった彼

離れてしまうことよりも彼が結婚を考えていなかったことの方がショックだった

失意の私は何をする気にもなれず
帰宅するため電車に乗った


ーーー


「あれ? 笹山… 君?」
電車の中で男性に声をかけられた

… 誰?
え? この声、、部長!?

会社で見る白川部長とは明らかに別人のような姿に驚いて全身を舐めるように見て確認した


髪は下ろしていて丸眼鏡
黒のトレンチに白のカジュアルシャツを少し開けていて
黒の細身パンツにブルーグリーンのローファー
ブルーの革のトートバッグという

どこかのショップオーナー?と思うイケオジ姿に
『なんで変装してるんですか!?』と口から出そうになった

部長のこのイケボを聞かないと誰も気付かないだろうね

「笹山君、あの、今から予定、入ってますか?」

予定は何もないけど今の私は気を遣う人に付き合う気にはなれない

「すみません、この後は予定が… 」

「そうか… 実は男の私一人では気が引ける買い物があって一緒に見てもらえないかと思ったんですが… 」


話を詳しく聞くと 娘さんのお誕生日に贈るプレゼントを買いに行くようだった

「御礼に貴女の食べたい物を何でもご馳走しますよ。」

食べたい物!? 美味しい物!!
じゃあ…

食い意地張ってる私は食べ物に釣られ部長の買い物のお付き合いをすることにした



デパートの化粧品売り場 ーー

私はブランドのリップにアイカラーを選んだ


「はぁ~! 助かりました… 」
まるで大仕事を終えて安堵したような部長に思わず笑った

「意外です(笑) 部長は何でも卒なくこなせる人なのにこういうのは苦手なんですね(笑) 」

「化粧品売り場は女性の聖域ですから、男の私が足を踏み入れるなど、とてもとても… 」
悩ましげに顔を振った

「ぷっ!(笑) 」“ 聖域 ” って!!(笑)

そのイケオジファッションに相反する真面目で天然の発言に吹き出した

もしかして部長… 天然だったのかな(笑)
化粧品売り場が聖域なら下着売り場はどうなるの?(笑)


「ところで。貴女の食べたいものは何かな?」
おっと!そうだった
ご馳走していただけるんだった


「何でも良いんですか?」

「もちろん構わないよ。」

「では… 」

私は厚かましくちょっとだけ良い焼き肉店を指定した



そして!焼き肉と言えばビールでしょう!

「焼き肉好きなんだね。」

「え~? 嫌いな人います~?(笑) 」
調子にのって飲んだせいでだいぶ酔ってきた

「私はこの歳なので食べ過ぎると翌日胃もたれする(笑) 」
胃を擦りながら少し苦笑いした

あ、部長が笑った!

「部長は毎日ヘルシーなお弁当ですよね!奥様は部長の身体を気にかけているんですね(笑)」

「あぁ、あれは自分で作っているよ。」

えっ!?
「奥様じゃないんですか??」

「元妻とは10年前に離婚をして私は今一人で暮らしています。」
あ… マズイこと聞いちゃった…


「気にすることではないよ。過ぎた話だからね。」
冷酒を一口飲んだ

「はぁ… 」
気にするなと言われても…

「笹山君は結婚 考えてないのかな?」


私との結婚を全く考えてくれていなかった彼の言葉を思い出し 我慢していた悲しみが吹き出して部長の前なのに泣いてしまった


「すまない、悪いこと聞いてしまったようだ、、」
部長は困った表情になった

「いっ、いえっ、(グズッ) 失恋したとか、じゃない、ですからっ (ズズッ) すびません、、(グズッ) 」

鼻をすする私に部長は申し訳なさそうに微笑んだ
「そ、そうか、、(笑)」

「笑いました?(ズズッ) 」

「笑って、ないよ、、(笑) 」
そう言いながらも笑いを堪えている

「めちゃ、笑ってるじゃ、ないですか(ズズッ)」
私が鼻をすする度 部長は笑った


部長は駅で別れるギリギリまで 酔っぱらいの私を気にかけ心配そうな表情で見送ってくれた

まるで我が子を心配そうに見送る親のように


帰った私は彼に電話をかけた
声を聞いてまた私は悲しくて泣いた

電話の向こうで 彼はすまないと繰り返していた



ーーー



冷たい印象だった部長だったけれど
本当はツボにはまるとよく笑う人だということを誰も知らない

しかもプライベートではイケオジに変装をしている
(本人は変装してるつもりはないんだろうけど)

私だけが知っているというこの優越感♪

あ、部長!
廊下を歩く白川部長を見つけた

周りに人がいないのを確認して声をかけた


「部長、プレゼント、娘さんどうでした?」

「とても喜んでくれたよ(笑) 貴女はとてもセンスが良いようだ。本当にありがとうね。」
部長が少し微笑みかけ 丁寧に頭を下げた

「そんな、こちらもご馳走になりましたし(笑) それにご迷惑をおかけしてすみません、、」

「彼の件、大丈夫かな。 あの後 気になってね。」
落ち込む私を気にかけてくれていたなんて…

周囲から部長は笑わない冷たい印象を持たれているけれど本当はとても温かく優しい人だということを他の人にも知ってもらいたい

ーーー


部長の仕事は本当に多くて それでも疲れた顔も見せず安定の精神力で淡々と職務を遂行している姿に

次第に部長に尊敬の念と人柄に興味を抱くようになっていた


イケオジスタイルの部長
紳士的でイケてたな…

きっと彼女がいないから私にプレゼントの買い物を頼んできたんだろう

時々 微笑む部長の顔を思い出す度
つい私も微笑んでいた

男として素敵だよねぇ~
もちろん恋とかじゃなくてね

恋じゃ… 恋じゃない

まさかあり得ない
だって部長は50だよ?

無い無い!



ーーー


3ヶ月ぶりに福岡からヒロが帰ってきた


週に何度かビデオ通話で話してたからか 久しぶりという感覚はなかった


「お前んちに泊まっていいだろ? 」

「うん。」当然そうだよね

帰って来るこの日を私はあんなにも待ち遠しく思っていたのに
ヒロは仕事の愚痴を言い始めて私はウキウキした気分が失せてしまった

話を聞いてると愚痴も言いたくなる状況なのは理解できるけど…

食事中もお風呂から上がってからもずっとだよ
私の心は次第にイライラに変わっていった


「ヒロ。もうその話、終わりにしない?」

「え?」

「久しぶりに会えたのにそういうのばっかり。ヒロは私と会えて嬉しいとかないの?」

ヒロは複雑な表情をして
「お前だけはわかってくれると思ったのにな。」

「わかるよ!? わかるけど、、そんな話ばっかりじゃせっかく会ったのに時間が勿体ないよ。」

「もういい。俺 疲れたから寝かせてもらうわ。」

ふて寝してしまった
こんなので付き合ってるって言える?


私 …
いつの間にか“結婚すること” が目的で付き合ってたのかもしれない

付き合い始めた時の純粋に彼に恋する気持ちが
冷めていたことに気付いた ーー



ーーー



結局 翌朝 彼は私の部屋を出て行った
そのまま実家にでも帰ったのかもしれない


お互い何の連絡もしないまま休みは終わった
彼は福岡に戻っただろう

このまま自然消滅に… なっちゃうのかな…


「笹山君。」
後ろから声をかけられ慌てて振り向いたら部長だった


「すみません、何でしょうか!」

資料を渡された
「これ “ちゃんと” 目を通しておいて。」

“ちゃんと” ??
「はい。わかりました。」

手渡された資料は私の担当している案件
その資料を開くと付箋が貼られていた

なになに??
“予定がなければ今夜19時にここ(場所)に来てくれないか”


こっ、これは、、、!!
これはいわゆる “社内の秘密のやりとり” では!!

動揺を隠し私も付箋に返事を書いて別の資料に貼り付けて部長に渡した

“例の案件、承知致しました” と書いた付箋を読んだ部長は私の方に視線を移しほんの少し微笑んだ

うっ、、
これは本当に“イケナイ”匂いがするわ!いや行くけどね!


ーー ドキドキ

このプライベートなお誘いが恐いようなワクワクするような複雑な感情…

その後も部長はいつものように平然と義務をこなしていた



ーーー


メモに書かれている店の前

ここは… 中華料理店 だね…


「お待たせ、、」
部長が3分遅れてやってきた

「お疲れさまです。ここですよね?」

「ん。中華が食べたくなって。」

え??なんで私を誘ったのかな?

「中華料理は量が多いですからね。一人で何種類も食べられないだろう?」

え??そりゃわかりますけど
なんで“私を誘った”んですかね??

「はぁ… 」取り敢えず一緒に店に入った



ーーー



「私が食べたいものを頼んでも構わないだろうか?」

そう聞かれ 構わないと答えると部長は何種類かの料理を頼んだ

「すまないね。また付き合わせてしまって。」

「いえいえ(笑)」
ここも部長の奢り、ですよね??(笑) なら歓迎です!

「… 今日の貴女は少し変でしたねぇ。」

ーー え?

「そう、見えましたか?」
彼のことでモヤモヤしてたのバレてる!

「そう見えましたが。」

部長の観察力… 鋭すぎですよ
「まぁ… 休日に彼と会いまして、、」

私は彼とのこと 自分の心の変化を話した

「別に寂しいとか、そういうんじゃないんです。ただ… 自分のあざとさに気付いて失望したと言いますか… 」

ずっと傾聴の姿勢で聞いていた部長が口を開いた

「貴女の年頃だと結婚を意識してもおかしくはない。ただ私は結婚だけが幸せじゃないと思うけどね。」

部長 離婚してるんだったな…
経験者のその言葉は響くなぁ


ーーー


店を出ると
季節は春
どこから流れてきたのか桜の花びらが川面に浮かび揺れていた


部長は橋の真ん中ぐらいでゆっくり足を止めた
「笹山君… 」

部長は空を見上げていた
「月が… 綺麗ですね 」

見上げると物凄く大きい月だった
「ほんと綺麗ですね!近くに感じて手が届きそう(笑) 」


ーーん? “月が綺麗ですね” って言葉…
確か…

隣の部長に視線を移すと
部長が私を見つめていてドキッとした


「貴女は… 」何かを言いかけた

「はい… 」ドキドキしてその後の言葉を待った

「いえ、なんでもありません。」
また私の歩く早さに合わせてゆっくり歩きだした



時々 風に乗って香る部長のフレグランスが
一人の男性だということを私に意識させた

今まで “仕事ができる人”とか “50歳” ということを気にしがちだったけど

歩く姿や姿勢や所作が綺麗だなとは気付いていたけど
部長って本当は格好良い男性だったんだな…


「また… 一緒に食事をしませんか?」
部長の声がいつもより優しく聞こえた

「そうですね、是非(笑) 」


私は部長と個人的に連絡先を交換した



ーーー



帰宅し部屋の電気を点けて
冷蔵庫から水を取り出してコップに注いで飲んだ


“ 月が… 綺麗ですね ”


あの部長の言葉…

あれは…
夏目漱石の小説に出てくる愛の告白だよね…
それとも本当に偶然綺麗な月だったから… ?

言葉の真意を確かめたいけど…


私は部長に初めてLINEを送ることにした


ごちそうさまでした。
楽しかったです。とか?

お風呂に入りながら思った
いざ送ろうと思うと悩む…

月を見上げる部長の横顔と香りが強く記憶に刻まれた

スマホのランプが光っていた
開いてみると部長からLINEが入っていた

『食事に付き合ってくれてありがとう。
今もベランダから月を見ています。もう月は高く昇ってしまいましたけれど。いつか貴女と星空も見に行ってみたいです。もちろん貴女が良ければの話です。』

ーー 行ってみたい
直感的にそう思った

こんなに浮き足立つような ふわふわした気持ちは何年ぶりだろう

『ごちそうさまでした。ありがとうございます。その時は是非ご一緒させてください。』


布団に入ろうとしたら返事が返ってきた

『ありがとう。なんと返したら良いか、嬉しいです。』
短い文面に 微笑む部長の顔が浮かんだ


… これは理屈じゃない

心が 部長に惹かれてる






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