「人工知能(AI)」という言葉が、連日のようにマスコミに登場するようになった。研究は半世紀を超えるが、いよいよ技術が花開く時期に入ってきた。工場などの生産現場や、私たちの生活の中でも、見えないところで活躍している。人工知能とはどんな技術で、なぜ今、注目されているのだろうか。
今から60年前の1956年、米国の大学に、計算機科学者たちが集まった。当時のコンピュは高速な四則演算マシンというイメージが強かったが、彼らは人間のような判断や学習、言語の理解などをコンピューターで実現できるかどうか議論した。
主催のジョン・マッカーシー博士は、コンピューターのそんな新たな応用を「人工知能(AI)」と呼んだ。これをきっかけに、脳の働きをコンピューターで実現するAIの研究が始まった。
一口にAIといっても、様々なタイプがある。代表的なものは、「エキスパートシステム」と呼ばれるタイプと、最近注目を集めている「機械学習」技術を使うタイプだ。
エキスパートシステムは、いわば人間がプログラムした頭脳だ。例えばゲームをするときは、まずゲームのルールを人間が与える。AIはその中で可能なあらゆる手を計算し、勝つ確率が最も高いものを選んでいく。
一方、機械学習タイプは、自分でプログラムを作る頭脳だ。ゲームをする際も、人間はルールを与えない。膨大な過去の対戦データだけ与えればよい。あとはAIがそれを分析し、勝ちにつながるパターンを自分で見つけ出す。
昨今のAIブームをもたらしたのは、その中でも特に「深層学習」という技術を用いたタイプだ。以前の機械学習は分析の手掛かりを人間が与えていたが、深層学習はすべてAI任せだ。
深層学習を使うと、AIは急速に賢くなる。2012年に米国で開かれた画像認識ソフトのコンテストで、深層学習を使った初参加のカナダチームが圧倒的な成績で優勝し、参加者の度肝を抜いた。
今年3月に韓国の囲碁プロ棋士を破った米グーグルのAI「アルファ碁」も深層学習を活用し、プロ同士の膨大な対局データを解析。局面ごとにどう打つと勝てるのかを自力で見つけ出した。また自身と何度も対戦し、対局データを増やして分析する「強化学習」によって判断の精度を高めた。電気通信大学の栗原聡教授は「アルファ碁の強みは、深層学習と強化学習を組み合わせたこと」と指摘する。
一方、エキスパートシステムのAIは、必要な手順や知識はあらかじめ備えている。専門家(エキスパート)のようにこれに基づいて最適解を見つけ、答えを出す。
米IBMが開発した質問応答システム「ワトソン」が代表例だ。11年に米のクイズ番組で人間のクイズ王に勝ち、有名になった。答えられる設問の形式に制限があるが、機械学習タイプと違って膨大なデータを学習させなくても構築できるのが利点だ。
人工知能は当初、人間の脳の働きをまねようとしていた。今では機械ならではの強みを生かしてあたかも人間の脳のように答えを出す、新たな知能として進化している。
人工知能(AI)は様々な場面で、私たちの社会に入り込みつつある。従来の機械化と違って、これまで専門家の知見や技能が不可欠とされる高度な作業を置き換える動きが進んでいる。
東京大学医科学研究所は日本IBMと共同で、AIのワトソンを使って、個々のがん患者に最適な治療法や薬の組み合わせを見つけ出すシステムの開発を進めている。
がんの治療についての論文は毎年約20万本が発表されているが、医師が目を通せる数には限りがある。発表された臨床試験(治験)のデータや論文をワトソンに登録し、最も高い効果を見込める治療法の候補を提示させる考えだ。
医師はワトソンが提示した方法について論文などで確認し、患者の状態を考慮して治療法を決める。最新情報の見落としを防ぎ、最適の治療法を選べるようになるという。
工場などでも、AIが専門的な作業をこなしている。富士通研究所(川崎市)は、工場の不良品を検査するAIを開発した。ある製品の完成品と不良品の画像を数十枚入力するだけで、不良品を見分けるためのプログラムを自分で作成して実行する。
従来は部品が変わるたびプログラムを技術者が書き直す必要があった。富士通研の担当者は「エンジニアがいちいち工場に行かなくて済み、生産ラインの立ち上げ期間の短縮や、ラインの安定稼働につながる」と話す。工場運営の効率化や、人件費の削減にもつながるという。
生活の中でも、AIが活躍している。三菱東京UFJ銀行は2月、ワトソンの日本語版を使って、無料対話アプリ「LINE」を通じて顧客からの文字入力による問い合わせを受け付け始めた。コールセンターのオペレーターをAIに置き換える試みだ。
AIを使って質問の趣旨を推定し、定型の回答を選んで送り返す。適切な回答を返す確率は現在90%程度だ。今後はウェブを通じて「AIが顧客とやり取りをしながら金融商品を提案するなど、さらに高度なサービス提供を検討している」(同行)という。
今後、AIが人間の代わりをする仕事は増えるとみられる。世界経済フォーラムは、1月に発表した報告書で、日米を含む15の国と地域で2020年までに710万人の雇用が消えると予測した。
だが、AIが人間を超えると思うのは早計だ。AIは人間にはできないことができるが、人間なら誰でもできる簡単なことができない。
国立情報学研究所(NII)などは、AIで東大入試を突破する「ロボットは東大に入れるか」というプロジェクトに取り組んでいる。数学や世界史は偏差値60を超えるようになったが、物理は苦手だ。その理由について、NIIの新井紀子教授は「AIには人にあるような常識がないため、質問を的確に把握できない」と話す。
例えば、ボールを投げ上げた時の運動を問う問題では、ボールには下向きに重力が働くとの常識を前提としている。だがAIは、ボールに重力が働くことを知らない。
言葉の理解は、人間が持つ膨大な常識に頼っている。常識を持たないAIは、質問の答えを推定することはできても、質問の意味は理解できないのだ。新井教授は「今後人に求められる仕事は、高い言語能力が基盤になる可能性が高い」と話している。
ロボットが人間を監督する││かつてSFで描かれた世界が、現実になろうとしている。人間がAIを使うだけでなく、AIが人間を動かすことで、生産性が向上した事例もある。人間と機械の関係は、今後変わっていきそうだ。
日立製作所は昨年、物流倉庫で、従業員に作業の指示を出す「現場監督AI」を開発した。AIは倉庫内での台車ルートや各商品の場所、発注内容、売り上げや作業効率などのデータを一元的に把握。統計処理によって作業効率を最大化する作業手順をはじき出す。
たとえばある棚の前で台車が渋滞していることを発見すると、品出しの順番を見直して担当者に通知する。毎日データを解析して翌日の指示に反映したところ、1カ月で、人間の現場監督の上司が指示するより8%ほど作業時間が減った。
京都大学の鹿島久嗣教授は「コンピューターと人間の協調した問題解決の仕組み作りは、新しい人工知能研究の方向だ」と話す。AIが1つの課題をうまく切り分けて複数の人に分担させ、最後に結果を統合する。そうすれば、より望ましい結果が得られる可能性がある。
AIを東大に合格させるプロジェクトが進むが「AIを司令塔にして複数の人間で分担すれば、偏差値50の人が東大に受かることも可能かもしれない」(鹿島教授)。
状況を隅々まで瞬時に把握し配置を見つけ出して生産性を上げるAIは、上司に向いているのかもしれない。ただし、機械に命令されることを人間が受け入れられるかどうかは未知数だ。