【高論卓説】トヨタが世界販売でVWに負けた理由 明暗分けた3要因とは…

7月28日にトヨタ自動車が発表した1~6月期(上期)の世界販売台数の結果を見て、多くの関係者が不思議に感じたのではないか。トヨタの世界販売台数は前年比で0.6%減少し、499万台にとどまった。一方、排ガス不正問題を引き起こした独フォルクスワーゲン(VW)は511万台(同1.5%)に増加した。その差はわずか12万台ではあるが、昨年の失速から早くも切り返し、VWが世界トップに立った。
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トヨタとVWの台数の明暗を分けた要因は大きく3点ある。第一は主な販売国の構成の違いだ。VWが中国・欧州で台数を伸ばすのに対し、経済が低迷する東南アジア諸国連合(ASEAN)各国でトヨタは苦戦する。第二に、高級車(プレミアム)市場での存在感の差異がある。プレミアム車の構成比が高いVWはアウディ、ポルシェが好調に推移している。第三は、3月の愛知製鋼の工場火災、4月の熊本地震、5月のアイシン精機傘下のアドヴィックスの工場爆発事故が相次ぐなど、トヨタが国内工場の操業ロスに苦しんだことだ。
販売台数の比較自体に大きな意味はないが、トヨタの世界販売に勢いがみられないことは否定しがたい。連結販売台数は2014年10~12月期から16年1~3月期まで実に6四半期連続で前年比減少を続けてきた。先日の16年4~6月期決算でも、営業利益は前年比15%減と2ケタの減益となった。同時に、為替前提を変更し、通期業績の下方修正も発表した。台数に勢いがない中で固定費増加が続く結果、円高に対する抵抗力が弱まっている。
トヨタのこれまでの成功は、お家芸とも言える「原価低減」だ。これを起点にした「商品力向上」が「台数成長」につながった。そして台数成長がさらなる原価低減、商品力向上につながり、その結果として一層の販売台数を増やすという好循環があった。これがいつの間にか「台数成長」が目的化し、固定費が増大。経済の変調で一時は多大な赤字に陥り、品質問題に転落していった。
現在のトヨタは持続的成長を求め、それを支える真の競争力を模索している。その戦略がトヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャ(TNGA)であり、設計や調達のソフト領域も含めてクルマづくりを根本から全体的に見直すことだ。この取り組みにより、20%以上コストを削減し、これを原資に商品力強化と先端・先行技術開発を含めた「もっといいクルマづくり」に再投資していく考えだ。この取り組みが将来のトヨタの持続的成長を支える力となることに疑いはない。
しかし、本当にこの新しい成長循環を適切に管理できているのか。商品として姿を現した「新型プリウス」「新型ハイラックス」に、現段階で必ずしも勢いがあるようにはみえない。ガソリン安、新興国経済の低迷がその背景にあるとはいえ、「もっといいクルマづくり」を具体的な商品へ落とし込んだときに、その狙いが販売成果にジャストミートできているか、今一度、反省すべき点が感じられる。
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懸念は固定費の急増だ。TNGAと先端・先行技術開発がかさみ、損益分岐点比率(=実際の売上高からみて損益分岐点売上高が何%のところにあるのかを示す指標で、数値が低いほど抵抗力が強く経営が安定している)は今年度で81%と、リーマン・ショック直前の70%を大幅に上回る。世界の自動車需要が10%程度減少に転じれば、トヨタの大部分の利益が吹き飛ぶことを意味する。リーマン・ショックほどの大波でなくとも、販売台数の変動にトヨタが脆弱となってきていることを認識することは重要だ。(中西孝樹)
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なかにし・たかき ナカニシ自動車産業リサーチ代表兼アナリスト。米オレゴン大卒。山一証券、JPモルガン証券などを経て、2013年にナカニシ自動車産業リサーチを設立し代表就任(現職)。著書に「トヨタ対VW」など。
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