ちょっとだけ長い「ひとこと感想」その9。
メモには、「介護人役のアフリカ系の俳優さん(オマール・シー)が、とてもとても魅力的な瞳の持ち主。これって心底フランスの映画やなあ。アメリカ的にハジケて見せてるのは表面だけで・・・なんて思いながら、介護する者とされる者のその後を、自分の現実を忘れて観ていた」
一番記憶に残っていること・・・本人の誕生日、楽団を招いて舞踏会が催され、家族や招待客が皆楽しそうに踊るのを見ているときの車椅子の富豪(フランソワ・クリュゼ)のもの思わし気な笑顔?の意味が、観ている当座、私にはよくわからなかった。その後、知人のサイトで、「彼はこれまで自分に気を遣って皆踊らなかったんだと気がついたんだと思う。」とあるのを見て、「そうかあ・・・」と初めて理解。(気がつかなかった自分にちょっと悄気た。)
人の気持ちというのは、外から見ているだけではなかなかワカラナイものではあるけれど、その人の置かれている状況(病気や障碍もその1つ)を経験したことがないと、想像することさえムズカシイものなんだ・・・というのを、改めて思い出させてもらった。
それにしても、介護する者・される者、双方の備えている条件がことごとく正反対・・・というこの映画をじっと観ていると、人は結局の所、(そういうさまざまな条件を取っ払ったあとに残る)人間としての「本体」(適切な表現が浮かばない)が問われるんだという気がしてきた。どんな生い立ち、経緯を経て生きてきたにせよ、人間としての成熟度というか厚みとか幅とか懐の深さとか、はたまた持って生まれた明るさや聡明さ、磨いてきたユーモア感覚や決断する力が、その人の魅力でもあり、生きていく上での財産にもなるんだなあと。(勿論、経済力は大事だし、お金は問題のかなりの部分を解決できる、非常に便利な道具ではあるんだけれど・・・でも、例えば「彼女」にとってのフィリップの魅力は、決してお金そのものじゃなかったと思う。)
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