未熟者武道記

空手徒然。
二つの戈を止める武を核とし、諸諸と調和して溶け込んで。(いけたらいいな)

方法

2015-10-28 14:39:16 | 名言考察
Everybody’s talking about peace, but nobody does anything about it in a peaceful way.
“みんな平和について語るけど、誰もそれを平和的な方法でやってないんだ”
John Lennon


少年部は審査シーズンに入りました。
今週から受験の是非を問いに来る子達。但し今回受けられる子は少な目です。支部長も私もそう告知してきております。それでも予定よりだいぶ多くなったと思いますが。

受けられないと告げられて絶望に満ちた顔をする子も少なくありませんが、ただその顔は頑張って頑張って頑張り抜いて『ダメ』と評された時にして良い顔だと私は思うのです。

忘れもしません、昔入門したての頃。四級の審査を受けた時に隣の人(30代半ば位?)が不合格になりました。それもその筈、彼は腕時計をしたまま臨んでいましたしそれ以外でも未だ二十歳になっていない世間知らずな私が変な人やなと思った程です。
しかし合格発表で名前を飛ばされた彼は崩れ落ち拳を畳に叩き付け悔しがってました(苦笑)マジかおっさん…と思ったものです。ただやる気はあったのでしょう。

そこで上のジョンレノンの言葉。ここの『平和』を「努力」とか「頑張り」に変えてみればよく分かります。
論と実践がありますが、頑張ります!だけでは頑張りになりません。

頑張れば報われる訳ではありませんが、どんな自分も見てくれている人は居るものでそれが今回の評価というところです。




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YOGA

2015-10-27 23:26:51 | 稽古
今日は準備運動で趣向を変えてヨガを取り入れてみました。少年部で3つ、一般部で5つ程のポーズ(アーサナ)に挑戦。

深~く呼吸しながら普段伸ばさないような部位に効かしていきます。
すると開脚から倒す時にいつもより楽に開いて倒せるのを実感出来た人が多かったようです。

準備運動はいつも行程が決まっていますからそれで使う部位意外は自分で取り組まない限りは完全放置になってしまいます。
身体は幾つもの関節、筋、骨の連なりですから開脚だけしていてもそれに伴う部位が固まると余り意味がなく…

ヨガのポージングはその点優れているなと思うのです。満遍なく伸びます。呼吸も意識し易い。
やはり体を生かす以上呼吸は必須。呼吸停止は死に体であります。

かのブルース・リーも『柔軟であれ。人は生きている時は柔軟である。死ねば人は固くなる。人の肉体であれ、心であれ、魂であれ、柔軟が生であり、硬直は死である。』という言葉を遺しています。

自身の学びにも成るのでちょいちょいヨガポーズを挟んでいくのも面白そうだなと思いました。




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第三回きのこトレイル【六甲山最高峰~有馬温泉】

2015-10-26 21:21:42 | 山登り
昼休憩を終え次は六甲山最高峰をめざします。標高は風吹岩の倍以上なので此処で餌をねだる猫達に癒されて終えるのも良いでしょう。進むと引き際が難しいかもしれません。小さい子の中にはもうイヤだと泣いてる子も居ましたので。

さて、目指す最高峰は1000m弱なので此処からはほぼ登り一辺倒。キノコに取り憑かれたこの男はどんどん進みます。

途中に川が。前回もそうでしたが水場は子連れにとって脱線ポイント。
良い気分転換ですね。

道標通り進んでいるとこんな所へ着きました。ダムです。

特に見るべき物もないので横の長い階段を登り先を目指します。登ると左へ。七曲方面。

ダムに沿って歩きます。土嚢の圧迫感!

此処からが辛い。3合目ぐらいから札が出始めますが1000m級の山でこの疲労感。アルピニストへの尊敬が止みません。この辺りで少し疲れてきた様子。

疲労と戦い続けて漸く最高峰近くの一軒茶屋へ到着。車で来てる連中を見ると好きで歩いてるのを差し置いてもシバきたくなります(笑)この疲れ切った顔(笑)風吹岩から丁度2時間。

休憩で入った一軒茶屋。体が火照るみたいでカキ氷を注文。今年最後のカキ氷客でした。この後「寒い…」と。自業自得ですがこれも勉強かな。

そして此処まで来たからには少し上がって最高峰まで。無視して有馬へ下るのも可能。けど見晴らしは最高です。この瞬間兵庫一大きな人になりました(。-_-。)

そして有馬へ向かいます。この辺で休憩中の山登りゃー達は温泉の話しかしておりません(笑)未だ未だ走る元気はあるようです。

しかし全然見つからないキノコさん。見かけたのは数回。時期が悪いのか人気コース故の整備具合が悪いのか、今回は只の登山になってしまいました(笑)
が、山登りが楽しいらしくキノコが無いなら無いで図鑑で見た木や草花を見つけながら進む息子に成長を感じたり感じなかったり。

最高峰から1時間ちょっと歩くと有馬に着きます。妻へお土産『炭酸煎餅』。割れ煎はたっぷり入って300円。お店は麓へ降りて左へ行くと有ります。学生時代もゼミ合宿帰りに皆んなで寄ったお店で懐かしさを感じつつ温泉を目指します。

金の湯は近くのスーパー銭湯で知っているからと銀の湯へ。2人でタオルも込みで1,000円程。

10:00~16:00と長時間歩きましたが疲れも流れてしまうような錯覚を起こさせる温泉の不思議。
息子にはまだ早いかとも思っていましたが1年生でも体力はあるものですね。キノコの生えてそうなポイントもよくわかっていましたし親が思っている以上に成長してるみたいです。

来月の祝日にまた登りたいとのこと(°_°)
逞しいですが私の意欲が回復するかが問題です(苦笑)




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第三回きのこトレイル【芦屋川駅~風吹岩】

2015-10-26 15:13:46 | 山登り
昨日、息子の風邪が長引いていた為延期していた芦屋川~有馬までの山越トレイルに行って参りました。

9時半頃阪急芦屋川駅に到着。地元駅前のコンビニでおにぎりが売切れておりましたので芦屋川駅前で調達しようと簡単に考えていたら根刮ぎ売切れ!パンすら殆どありません(笑)丁度品出しが始まったので助かりましたが此処へ行く際は地元調達が吉でしょう。

そんな訳で時間が流れ、10時過ぎに駅前を発ちます。高級住宅街を抜けて高座の滝を目指します。駅前からかなりの人。シーズン恐るべし。

中々見慣れない注意書き。アスリートと猪が同じ扱いです(笑)

駅から20分ほど歩いて登山口到着。中にはタクシーで来る人も居ます(苦笑)滝だけが目的なら有りなのかな。

キノコに御縁がありますようにと5円で御参りをしていざ登らん。

と意気込むも束の間、大渋滞(´Д` )

近年山ガールとか呼ばれてる俄かな団体が「きゃー!キレーイ!」「きゃー!高ーい!」と一々振り返っては景色に反応するので余計に詰まる…未だ100mそこそこで騒げるならいっそポートタワーでも行ってくれと思うのですが我慢我慢。

何年か前に来た時はお尻を支えたり手を引っ張ったりして登ったものですが1年生にもなるとサクサク進んで行き成長も感じられました。見える景色の殆どが大阪です。

キノコ~キノコ~と呟きながら登りますが此処まで見かけたのは小さいナメコらしきものがあっただけ。この岩ではねえ。有馬側まで我慢だ。

結構高い所まできました。風吹岩まであと少し。

と行ってる間に到着。意外と標高は低いのですね。スナフキンが言いそうな言葉が。

みんなこの岩と周りでご飯食べてます。
此処に着いたのが11:25。丁度登山口から1時間。

キノコは無し(笑)




【六甲山最高峰~有馬温泉】へ続く。

美ら形【改】

2015-10-19 20:40:36 | 雑感
形もダンスも設えられた振付けに沿って動きます。何でそこに上手い下手は勿論のこと、上手い中でも一流と超一流が生まれるのか。

振付けを綺麗になぞれば誰でも「上手い」までの評価は得られます。下手なのは単に振付けに沿えていないだけの話だと考えます。

同じ振付け・作業なのに突き抜けてくる使い手がどの分野にも現れます。
例えばバレエの世界にボレロがありますが、あのセンターで踊るギエムやジョルジュと周りで踊る人達の差は?周りのエキストラに見えてしまう彼らもベジャールのお声掛けがある以上一流ダンサーに違いありません。ある程度振付けが決まっている踊りの中でそこまで差が出る要素とは?

形に自分を填め込むのと形を自分に取り込む違い?
同じ振付けの中でも◯◯といえば誰某!と名の挙がる人って居ますよね。玉三郎の夕鶴みたいに。

その辺りを最近よく考えてる気がしますし今日は一日中それを考えていました(笑)下手ではいけませんが上手いなんて特に重要ではない気がします。

最近空手少女が形をしているCMが流れているそうで今日妻に「この子めちゃ上手いで!かっこいい」と昼寝中の体を揺さぶられましたが眠たい眼を開けてまで見ようとは思わず生返事だけ。そう、きっと上手くてかっこいいのでしょう。それだけ。私なんかより遥かに上手いのでしょうが上手いだけの人なら腐る程居るのです。

以前、妻が東恩納師範の動きを見た時は固まっていましたから。私も固まっていました。どう凄いと表現したら良いのか分からず只々「不可解」。先に挙げたジョルジュもまた不可解。思わず巌頭之感が頭を過ぎります。

そして知花朝信先生のナイハンチ。これを見た時も脳髄に響く衝撃がありました。もはや上手いとかではないのです。上手さ物差しで測るとCMの子の方がやはり上手いんじゃないでしょうか?

美(ちゅ)らくして、と沖縄では教えられるそうです。それは点数稼ぎの美しさではなく体の理解、機能美としての美らくして。

先程息子に月が綺麗やで、と月を指差しました。そして其方を向く息子。例えばこの時ナゼ人差し指で物を指差すのか?そしてナゼ高確率で其方に目を向けてしまうのか?というような処から身体へのアプローチが始まるのかもしれません。


【10/20追記】

形をする意味も様々でしょうが一つ仮説が生まれたのでメモとして。
昔何かで読んだ話によりますと形は用途を伝えられていないらしいのです。平安の形ですら。
その意図は状況に応じて千変万化させる体を練り上げる為だと理解していますが、更にはいざ誰かと対峙した時に呼吸を読む為の所謂イメージトレーニングでもあるのではと。

ただ決まった動きの中に自分を落とすだけではなく、想像力も大事。



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