2017年11月26日(日)☁ 滋賀県東近江甲津畑のお山 隠嵓~タイジョウ
杉峠からの続きです
杉峠 1042m
漸く下山地点の杉峠に辿り着き
一休憩したところで 登りのない登山道を
テクテクと下っていく事にします
片割れの杉の残痕
片割れも年老いてきている…
片割れを失った大杉も 朽ちてなお
背筋をキリっと伸ばし 天を仰ぐ立ち姿は
その生き様を見せつけているようにも見えます
その杉の木に別れを告げて
甲津畑・岩ケ谷林道へ下っていきます
杉峠には 何度か訪れており
コクイ谷から根の平へと下る千種街道の方を歩いてました
今回は反対の千種街道を歩くことに…
少しワクワク♪してきます
だって…ここからは 歴史に寄り添う千種街道
様々な史跡を辿って歩く楽しみがあります
甲津畑登山口に向けて下ります
笹道からすぐに山腹を沿う様に
落ち葉の混ざったトラバースの道になり
谷道を下って行きます
この先からは フジキリ谷と平行して歩くことになります
怪しげな桟橋 白禿の水
杉峠から4~5分ほど下ったでしょうか
細道を歩いていると 目の前に木橋が現れ
渡ろうした足元に白禿の水がありました
飲むにも 足場が悪く滑りそう…
お写真に収めてすたこらさっさと通り過ぎます
だけど…ふと
その名前の由来が気になって仕方のない私です
落葉道のトラバース
ん…意外にデンジャラス?
トタン張りの朽ちた避難小屋
時折吹く風にトタン板が揺れ 哀愁を感じさせられます
水場もトイレもあるという…けど…
何処に…?
だけど…探す事もなく 素通りしていきます
振り返ると…
あらまぁ…
穴の開いたパンツみたい…
谷間の道は 昔という時を残した千種街道…
踏みしめられた道も 崩れかけた道も
それを取り巻く木々も 年輪を感じさせるものが多い…
そんな道をどんどん下っていきます
小さな沢を渡ったり…
谷間の道を下っていきます
一反ぼうそう
時代を見続けた ミズナラの巨木
見上げると 見通しの良い枝ぶりを見せて
貫禄十分に天に伸びております
地元では「一反(いったん)ぼうそう」とよんでいる
枝を広げている広さが一反ほどあると言う事から名づけられた
新緑・紅葉も見事であるが 季節ごとの移り変わりもまた格別
ここから杉峠まで30分
永源寺地区まちづくり協議会 案内板より
一反も枝を広げるって…
私は田んぼ一反を想像していました
我が家が何軒はいるのかしら…
行尸走肉の人間の考えそうな事かしら
若葉が芽吹きだすと 空も覆い隠されるのかしら…?
小さな沢を渡る事 度々
倒木の門構え ご立派!
石垣が残され 昔の面影が…
またまた渡渉!おっとと!
静かな空間の広がる時…
巨木の立ち並ぶ所に 朽ちた倒木 現る…
苔を被り 年月の中で眠る朽木の様…
森の中で自然に還る姿が美しい…と 思いつつも
幼稚な私の眼には ギャオスが
断末摩の声を上げているようにしか見えない…
(ご存知の方もおられると思いますが…ギャオスって映画ガメラの悪者役の怪獣の事です)
チチに言うと 苦笑されただけ…
向山鉱山跡
向山鉱山跡のようです
石垣が所々残っており、鉱山跡という看板をみて
漸く気づく程度まで 自然に戻されているようにも見えます
ここには 雨乞岳西尾根への取付があるらしいのですが…
よくわかりませんでした…
足は止めずに どんどん下ります
一級河川 渋川の石標
下り道ですが 渋川の水音すれど 姿なし状態…
谷が深く 覗き込まなければならないほどです…
道すがら見えるのは まだ 先のよう…
大きな古木 小さな幼木
落葉の木は丸裸…
落ちた葉の上 踏みしめて
落葉の絨毯のなる音に 心地よいと油断して
隠れた浮石 あらららら…
転ばないように要注意!
だけど 歩き易い道が続きます
どんどん どんどん 下ります
烏が鳴くから 急いでか~えろ♪
シデの並木
古木の貫禄十分に
苔を纏った姿が圧巻です
こうした大木が軒を連ねてお目見えする このお山もまた…
歴史に彩られた中で残されてきた 勲章のようなものでしょうか
深い谷の底から水の音が上がってきます
覗いてみると 橋を渡る若者達が見えます
先ほど私たちを追い越して行った若者たちです
若い人は早いわね♪
そうだね
若いっていいわね♪
そうだね
昔は若かったんだけどね
…
あれ…返事なし…
フジキリ谷の木の吊橋を渡る
吊橋からの渓流
透き通った水の流れに見惚れます…
しかし この時期
流石に 水の中に入りたいとは 思いません…
道なりに下っていくと
ひときわ目立つ大木が目に留まります
大シデの大木のようです
その大シデの木が目印になるでしょうか
そこから少し下ったところに
竪穴住居のような避難小屋ががあります
その場所こそ 蓮如上人旧跡です
蓮如上人遺跡
立札によりますと
比叡山衆徒に追われた蓮如が この付近の炭焼竈に隠れて
難を逃れたとの伝承があり 石碑と井戸跡があり…また、
この地点は室町時代の館跡とされる らしいです
蓮如上人遺跡の標識
蓮如上人旧跡のすぐ下が奥の畑分岐地点
何時か 奥の畑経由で雨乞岳へ行きたいと思う私ですが
今日は このまま下る事に…
分岐点の橋を渡っていきます
橋の上から きれいな水が谷へと落ちていくのが見えます
静かな森の中…
紅葉
忘れていた紅葉がぽつり…
味気ない枯れ色の中で見事に目立ちます
まだ…冬の間で秋の落とし物が見つかるのですね
枝打ちされた奇麗な植林が 左側に広がります
古谷敷跡(ツルベ谷出合)
ツルベ谷出合(大峠への分岐)
比較的 新しい標識には
古谷敷跡は 級の塩津々集落の遺跡で付近に石積みが残る
野生のリスが登山者を迎えてくれることもある
この地点はツルベ谷出合とも呼ばれ
古道を右に折れると大峠に至る…と書かれてあります
古い標識は 年季を感じるほど 朽ちた姿で
その残片が これまた朽ちた古株に
挿される様に 立てかけられておりました
集落の遺跡も 月日の流れの中で
自然に還っていくように その姿も変わりつつあります
踏まれてできる道だけは健在で
大峠への分岐も 標識もはっきりと残されております
古屋敷跡
古谷敷跡は かすかに残る石垣すら
山の斜面で同化しつつあるよう…
自然林と植林の間の道
丸太橋
整備された植林
ちょっと斜面が嫌な感じの道
昔の人もここを幾度となく往来していたのでしょう…
崩れてはまた道ができ…
繰り返されてきたのでしょう
斜面の道は道だけど 油断は禁物…
ロープを張った箇所も見られます
そしていくつかの丸太橋や吊橋を渡りながら
どんどん下ります
最期の桟橋
ちょっと古くなってきています…
朽ちた丸太が動きます…
この橋の手前に 甲津畑避難小屋があるのですが
何処を見ていた私…
見過ごしたのか…記憶にありません…?
その小屋前からタイジョウに登る道があるというのですが…
チチが タイジョウへの道はこの辺りだが…と気にしていたことは
記憶に残っているのですが…
この辺りに来ると気も緩み…
意外に疲れていたのかしら…私…
桜地蔵尊
今は大きな桜の木の姿…ありません
林道テクテクと…
堰堤から零れる流れを渡り
なおもテクテクと…
落葉に隠れた林道を テクテクと…
まだ着かぬかと テクテクと…
ぎょっ!
なんの仕掛けでしょう?
中に鹿の片足が吊られています…
イノシシかな…?
イノシシが鹿の肉を食べる…?
猿かな…?
猿が鹿の肉を食べる…?
そうよね…
熊じゃない♪
や…やっぱり!
でも 米ぬかも置かれていますから…
イノシシも対象なのかしら…?
どちらにしても…鹿の足には驚きました…
更に進んでい来ますと 丁度カーブのところに標識が…
杉谷善住坊かくれ岩への入り口
杉谷善住坊が、織田信長を狙撃したことで
歴史的に有名なかくれ岩の標識があります
林道から河原へ下ったところにあるらしいのですが
今回は スルーをしていきます
因に かくれ岩の謂れは 標識によりますと…
元亀元年(1570年)
織田信長が今日から岐阜への岐路に 千種越を利用しており
六角氏の命を受けた杉谷善住坊が(かくれ岩に)隠れて
信長を狙撃したと 伝えられているそうです
その千種越の古道は対岸にあるという…
その古道を歩いてみたいとは…今日は思いません…
やっぱり疲れているのかしら…
紅葉
この林道からは 歩いた稜線が良く見えます
あそこを歩いたんだよ
チチの声に頷くだけの私…
その稜線を包むような紅葉が癒してくれます
千種街道案内板を見えてきたら もうすぐです
甲津畑登山口付近の駐車スペースの林道
甲津畑登山口
漸く 登山口に着きました♪
駐車している車の数も少なくなっているよう…
我が家は ここからもう少しだけ
舗装道路を下って行かねばなりません…
車の近くまで戻ってまいりました
少しの疲れを残して 無事に下山できました
お猿さんの姿は 何処にもありません…
車も持っていかれなかったようです
この頃になるとお山も寂しくなるよう…
秘境と言われるだけに 人の出会いの少ないお山
ゆっくりと味わってきました
そして その余韻を残して 車に乗り込みます
さて…次回はどこのお山へ…
鈴鹿の秘境のもう一つのお顔を見に行きましょうか…
下ってきて次のお山を考えるなんて…
だけど…
今日歩いた反対側の尾根にもまた
登っていない道のコースが隠されております…
歩きたいお山は 限りなく…
行けるお山には 限りあり…
一先ず 我が家へと帰ります…
杉峠からの続きです
杉峠 1042m
漸く下山地点の杉峠に辿り着き
一休憩したところで 登りのない登山道を
テクテクと下っていく事にします
片割れの杉の残痕
片割れも年老いてきている…
片割れを失った大杉も 朽ちてなお
背筋をキリっと伸ばし 天を仰ぐ立ち姿は
その生き様を見せつけているようにも見えます
その杉の木に別れを告げて
甲津畑・岩ケ谷林道へ下っていきます
杉峠には 何度か訪れており
コクイ谷から根の平へと下る千種街道の方を歩いてました
今回は反対の千種街道を歩くことに…
少しワクワク♪してきます
だって…ここからは 歴史に寄り添う千種街道
様々な史跡を辿って歩く楽しみがあります
甲津畑登山口に向けて下ります
笹道からすぐに山腹を沿う様に
落ち葉の混ざったトラバースの道になり
谷道を下って行きます
この先からは フジキリ谷と平行して歩くことになります
怪しげな桟橋 白禿の水
杉峠から4~5分ほど下ったでしょうか
細道を歩いていると 目の前に木橋が現れ
渡ろうした足元に白禿の水がありました
飲むにも 足場が悪く滑りそう…
お写真に収めてすたこらさっさと通り過ぎます
だけど…ふと
その名前の由来が気になって仕方のない私です
落葉道のトラバース
ん…意外にデンジャラス?
トタン張りの朽ちた避難小屋
時折吹く風にトタン板が揺れ 哀愁を感じさせられます
水場もトイレもあるという…けど…
何処に…?
だけど…探す事もなく 素通りしていきます
振り返ると…
あらまぁ…
穴の開いたパンツみたい…
谷間の道は 昔という時を残した千種街道…
踏みしめられた道も 崩れかけた道も
それを取り巻く木々も 年輪を感じさせるものが多い…
そんな道をどんどん下っていきます
小さな沢を渡ったり…
谷間の道を下っていきます
一反ぼうそう
時代を見続けた ミズナラの巨木
見上げると 見通しの良い枝ぶりを見せて
貫禄十分に天に伸びております
地元では「一反(いったん)ぼうそう」とよんでいる
枝を広げている広さが一反ほどあると言う事から名づけられた
新緑・紅葉も見事であるが 季節ごとの移り変わりもまた格別
ここから杉峠まで30分
永源寺地区まちづくり協議会 案内板より
一反も枝を広げるって…
私は田んぼ一反を想像していました
我が家が何軒はいるのかしら…
行尸走肉の人間の考えそうな事かしら
若葉が芽吹きだすと 空も覆い隠されるのかしら…?
小さな沢を渡る事 度々
倒木の門構え ご立派!
石垣が残され 昔の面影が…
またまた渡渉!おっとと!
静かな空間の広がる時…
巨木の立ち並ぶ所に 朽ちた倒木 現る…
苔を被り 年月の中で眠る朽木の様…
森の中で自然に還る姿が美しい…と 思いつつも
幼稚な私の眼には ギャオスが
断末摩の声を上げているようにしか見えない…
(ご存知の方もおられると思いますが…ギャオスって映画ガメラの悪者役の怪獣の事です)
チチに言うと 苦笑されただけ…
向山鉱山跡
向山鉱山跡のようです
石垣が所々残っており、鉱山跡という看板をみて
漸く気づく程度まで 自然に戻されているようにも見えます
ここには 雨乞岳西尾根への取付があるらしいのですが…
よくわかりませんでした…
足は止めずに どんどん下ります
一級河川 渋川の石標
下り道ですが 渋川の水音すれど 姿なし状態…
谷が深く 覗き込まなければならないほどです…
道すがら見えるのは まだ 先のよう…
大きな古木 小さな幼木
落葉の木は丸裸…
落ちた葉の上 踏みしめて
落葉の絨毯のなる音に 心地よいと油断して
隠れた浮石 あらららら…
転ばないように要注意!
だけど 歩き易い道が続きます
どんどん どんどん 下ります
烏が鳴くから 急いでか~えろ♪
シデの並木
古木の貫禄十分に
苔を纏った姿が圧巻です
こうした大木が軒を連ねてお目見えする このお山もまた…
歴史に彩られた中で残されてきた 勲章のようなものでしょうか
深い谷の底から水の音が上がってきます
覗いてみると 橋を渡る若者達が見えます
先ほど私たちを追い越して行った若者たちです
若い人は早いわね♪
そうだね
若いっていいわね♪
そうだね
昔は若かったんだけどね
…
あれ…返事なし…
フジキリ谷の木の吊橋を渡る
吊橋からの渓流
透き通った水の流れに見惚れます…
しかし この時期
流石に 水の中に入りたいとは 思いません…
道なりに下っていくと
ひときわ目立つ大木が目に留まります
大シデの大木のようです
その大シデの木が目印になるでしょうか
そこから少し下ったところに
竪穴住居のような避難小屋ががあります
その場所こそ 蓮如上人旧跡です
蓮如上人遺跡
立札によりますと
比叡山衆徒に追われた蓮如が この付近の炭焼竈に隠れて
難を逃れたとの伝承があり 石碑と井戸跡があり…また、
この地点は室町時代の館跡とされる らしいです
蓮如上人遺跡の標識
蓮如上人旧跡のすぐ下が奥の畑分岐地点
何時か 奥の畑経由で雨乞岳へ行きたいと思う私ですが
今日は このまま下る事に…
分岐点の橋を渡っていきます
橋の上から きれいな水が谷へと落ちていくのが見えます
静かな森の中…
紅葉
忘れていた紅葉がぽつり…
味気ない枯れ色の中で見事に目立ちます
まだ…冬の間で秋の落とし物が見つかるのですね
枝打ちされた奇麗な植林が 左側に広がります
古谷敷跡(ツルベ谷出合)
ツルベ谷出合(大峠への分岐)
比較的 新しい標識には
古谷敷跡は 級の塩津々集落の遺跡で付近に石積みが残る
野生のリスが登山者を迎えてくれることもある
この地点はツルベ谷出合とも呼ばれ
古道を右に折れると大峠に至る…と書かれてあります
古い標識は 年季を感じるほど 朽ちた姿で
その残片が これまた朽ちた古株に
挿される様に 立てかけられておりました
集落の遺跡も 月日の流れの中で
自然に還っていくように その姿も変わりつつあります
踏まれてできる道だけは健在で
大峠への分岐も 標識もはっきりと残されております
古屋敷跡
古谷敷跡は かすかに残る石垣すら
山の斜面で同化しつつあるよう…
自然林と植林の間の道
丸太橋
整備された植林
ちょっと斜面が嫌な感じの道
昔の人もここを幾度となく往来していたのでしょう…
崩れてはまた道ができ…
繰り返されてきたのでしょう
斜面の道は道だけど 油断は禁物…
ロープを張った箇所も見られます
そしていくつかの丸太橋や吊橋を渡りながら
どんどん下ります
最期の桟橋
ちょっと古くなってきています…
朽ちた丸太が動きます…
この橋の手前に 甲津畑避難小屋があるのですが
何処を見ていた私…
見過ごしたのか…記憶にありません…?
その小屋前からタイジョウに登る道があるというのですが…
チチが タイジョウへの道はこの辺りだが…と気にしていたことは
記憶に残っているのですが…
この辺りに来ると気も緩み…
意外に疲れていたのかしら…私…
桜地蔵尊
今は大きな桜の木の姿…ありません
林道テクテクと…
堰堤から零れる流れを渡り
なおもテクテクと…
落葉に隠れた林道を テクテクと…
まだ着かぬかと テクテクと…
ぎょっ!
なんの仕掛けでしょう?
中に鹿の片足が吊られています…
イノシシかな…?
イノシシが鹿の肉を食べる…?
猿かな…?
猿が鹿の肉を食べる…?
そうよね…
熊じゃない♪
や…やっぱり!
でも 米ぬかも置かれていますから…
イノシシも対象なのかしら…?
どちらにしても…鹿の足には驚きました…
更に進んでい来ますと 丁度カーブのところに標識が…
杉谷善住坊かくれ岩への入り口
杉谷善住坊が、織田信長を狙撃したことで
歴史的に有名なかくれ岩の標識があります
林道から河原へ下ったところにあるらしいのですが
今回は スルーをしていきます
因に かくれ岩の謂れは 標識によりますと…
元亀元年(1570年)
織田信長が今日から岐阜への岐路に 千種越を利用しており
六角氏の命を受けた杉谷善住坊が(かくれ岩に)隠れて
信長を狙撃したと 伝えられているそうです
その千種越の古道は対岸にあるという…
その古道を歩いてみたいとは…今日は思いません…
やっぱり疲れているのかしら…
紅葉
この林道からは 歩いた稜線が良く見えます
あそこを歩いたんだよ
チチの声に頷くだけの私…
その稜線を包むような紅葉が癒してくれます
千種街道案内板を見えてきたら もうすぐです
甲津畑登山口付近の駐車スペースの林道
甲津畑登山口
漸く 登山口に着きました♪
駐車している車の数も少なくなっているよう…
我が家は ここからもう少しだけ
舗装道路を下って行かねばなりません…
車の近くまで戻ってまいりました
少しの疲れを残して 無事に下山できました
お猿さんの姿は 何処にもありません…
車も持っていかれなかったようです
この頃になるとお山も寂しくなるよう…
秘境と言われるだけに 人の出会いの少ないお山
ゆっくりと味わってきました
そして その余韻を残して 車に乗り込みます
さて…次回はどこのお山へ…
鈴鹿の秘境のもう一つのお顔を見に行きましょうか…
下ってきて次のお山を考えるなんて…
だけど…
今日歩いた反対側の尾根にもまた
登っていない道のコースが隠されております…
歩きたいお山は 限りなく…
行けるお山には 限りあり…
一先ず 我が家へと帰ります…
終
最後までお付き合い下さいまして
ありがとうございます
最後までお付き合い下さいまして
ありがとうございます
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