国語の勉強って、やり方があるようで「ない」って思われてますよね。でも、国語にもちゃんと勉強のやり方があるんです。その前に、国語力と読解力のちがいから説明した方がよいかもしれません。
まず、国語力とは「本文中に書かれている答えを探してくる力」です。「○○-○-を探せ」というあの赤と白のボーダーの服を着た人を探すのと一緒ですね(笑)。
「○○-○-を探せ」なので、本文中をくまなく探せば答えは必ず見つかります。ただし、問題なのは本文のどこに答えが書かれているのか探すのに時間がかかることです。ですから、文章を正しく速く読めるという力が最低限必要です。
では、読解力とはどんな力なのでしょうか。読解力とは本文に書かれている内容を構造的に(自分なりに工夫して)理解する力です。構造的と言われるとちょっと難しいですね。しかし、この構造的というのがとても重要です。
その前に、読解力はすべての教科の基礎基本となる力になります。例えば、算数や数学の文章題でも、問題文を理解できなければ解くことは不可能ですよね。理科でも心臓の構造を理解するのに、心室と心房では房の方が小さい部屋だということを理解していれば、それほど難しいことではありません。
ですから、言葉の意味を考えずに、ただ答えだけを探してくる練習をしても読解力がつかないことがわかります。ここが国語力と読解力のちがいです。
なぜ、子どもに読解力が身につかないのでしょうか。
例えば、子どもたちがよくやる間違いに、「~の理由はなぜですか」という問題で、多くの子が「~します」や「~です」と答えるケースがあります。
「えっ、えーっ!?」
これって、「今日は何曜日ですか」と聞かれて「24日!」と答えているのと一緒なんです(笑)。
つまり、質問に対する「答え」になってないのです。
母:「何食べたい?」
子:「なんでもいいよ」
というほぼ条件反射で「~の理由はなぜですか」という問いに答えているのです。
同じように、
・どんなことに驚いたのですか
→誤答例.~が急に飛び出してきたから(正しくは、~したこと)
・その時の主人公はどんな気持ちでしたか
→誤答例.泣きながら走っていった(正しくは、悔しくてその場から逃げ出したい気持ちなど)
と、「問い」に対する「答え」ができていない子がほとんどなのです(今すぐ、お子さんの答案用紙を見てみましょう)。
これは、学校の先生定番のギャグ、
生徒:「先生!トイレ!」
先生:「先生はトレイではありません」
に象徴されます。
先生がトイレでないことは明らかですが、「先生!トイレ(に行きたいです)」と日本語では一番重要なことを省略しても、その場の空気を読むことで理解してもらえる文化があります。
これが、読解力になると弊害を引き起こすのです。
「トイレ」の会話と同じ感覚で、国語の読解問題を解いているのです。だから、問題文を正しく読めないことが重大な間違いだと気がつかないし、問いに対する答えを正しく答えられなくても気にならない子がほとんどなのです。
まず、読解力を身につけるのに最低限必要なことは、文章で書かれた問いを「正しく」理解して、質問に「正しく」答えることを「徹底する」ことです。
■質問に“正しく”答えることが重要
「なぜですか?」→「~だから」「~なので」
「どんなこと?」→「~なこと」
「気持ちは?」→「~な気持ち」(~する/したは行動なので×)
「何曜日ですか?」と聞かれて、「何日です」と答える子は、質問の意味を雰囲気で解釈して、雰囲気で答えているのです。
読解問題では、これが問題に文章で書かれているので、なおのこと雰囲気で答えようとします。
聞いて理解できないことは読んでも理解できない
という法則があります。
だからこそ、まずは、会話レベルで質問を「正しく」理解する力を練習しましょう。
読解の問題集を買ってきてやらせるのではなく、親が子どもに「~なのはなぜですか」と口頭で聞いてやるだけで良いのです。
これは、学校のテストでもかまいません。間違えた問題を読みあげて、正しい答えが言えるように練習する。これだけで読解力の基礎が養えます。
極端な話、
母:「何食べたい?」
子:「なんでもいいよ」
母:「じゃあ靴下でも食べるんだね?」
とツッコミを入れるくらい、日常会話から「正しく」答えるという練習をすることが大切です。
このように、読解力の土台となるのは、口頭でのやりとりです。つまり、家庭や学校での日常での会話なのです。
以上から、簡単に言ってしまえば、読解力とは、書いてある文章を話しかけられた言葉のように理解し、答えるべき文章をまず口頭で言える力なのです。
自分の言葉で言えないことは、自分の言葉で書けない
という法則もあります。
正しい答えを書けるようにするためには、まず、正しい答えを言えるようにする。
そういう練習をすることが、読解力を身につけるための唯一の近道です。