あの時ばかりは、本当に驚いた。挙句、怒鳴ってしまった。私、普段はそんなことをしない男である。
しかし、その後、冷静に考えてみて、それは、自分自身の所為ではないであろうかという結論に達し、それからは、何も言わないことにした。
マイクさんは、北アイルランド人。ちょっと変った人ではあるが、私とは妙にウマが合い、話していると楽しい。私のところには、週に一回来られる。
そのマイクさんが来られるという日の前日、庭師を呼んだ。庭の雑草をきれいに掃除してもらうためである。
私の家の玄関にたどり着くには、表通りから、コンクリートの階段を登らねばならない。ただ、その12階段があまりにも汚いので、ついでに、それも掃除してもらうことにした。結構な手数料を取られたが、お陰で、随分ときれいになった。気持ちがいいとは、このことである。
「ピンポーン」。マイクさんの到着を知らせるベルが鳴った。
喜び勇んで、ドアを開けた。開口一番、「マイクさん、何か気づいたことない?」
マイクさん、そう言われて、今登ってきた階段をじっと見つめておられた。しかし、「別に、何も??」
私、これには驚いた。まさか、こんな答えが返ってくるとは思いもしなかった。
不服顔で、今度は、庭に連れて行った。「先週と比べて、何か変ったことは?」
じっと、庭を見つめておられたマイクさん、この時の答えもまた同じであった。「別に、、?」
これには、本当に驚いた。思わず、返事の口調を荒げてしまった。私らしくもない、。「庭が綺麗になったのが、分からぬのか!!」
しかし、しかし、である。
一晩寝て、その翌朝、結論らしきものが出てきた。そして、それからというもの、マイクさんには何も言わないことにした。
私なりの解釈でいうと、結論とは、こういうことである。
それは、私が、かつて、絵描きであったことと大いに関係がある。
したがって、私にはあらゆるものを、どちらかというと、「視覚的に覚える」という習性がついている。人の顔でも、すぐに表情まで覚えてしまう。
よく観察している、というのか。しかし、世間的に言えば、嫌な習性かもしれない。
そこへ行くと、マイクさんあたり、視覚的には、ほとんど何も覚えておられないということになるのでは、なかろうか?
しかし、それの方が、どちらかというと一般的で、私の方が異常なのかもしれない。
それが、私の到達した結論である。
教訓が一つ。
他の人のことを、自分の尺度だけで、推し量ってはいけません。