人形と動物の文学論

人形表象による内面表現を切り口に、新しい文学論の構築を目指す。研究と日常、わんことの生活、そしてブックレビュー。

侯爵夫人の靴―佐藤亜紀『金の仔牛』

2013-04-10 10:23:29 | 佐藤亜紀関連
 今日はシフトが午後に変わったので、のんびり。
 午前中のほうが家でいてもすることが少ないので、(午後仕事のほうが)ゆっくり論文書いたりなど、できます。
 そのぶん、おうちのなかのことを手伝ってないことになりますが…。

 しばらく積読状態だった、『金の仔牛』をやっと読んだので、レヴュー書きます。


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 前作『醜聞の作法』と似たテイストの小説。前作では「醜聞」(スキャンダル)が物語を展開させるが、『金の仔牛』では、株と紙幣がモチーフとなる。共通点はどちらも、人の噂を媒介に膨れ上がるものであること。主人公は若い追い剥ぎだが好感度は高いし、なんと言ってもヒロインが可愛い。

 18世紀フランスを舞台とした佐藤亜紀『金の仔牛』は、若い追い剥ぎアルノーと故買屋の一人娘ニコルの恋と、株取引が重ね合わされる歴史小説だ。投資家カトルメール、故買屋ルノーダン、金細工師で裏で糸を引くヴィゼンバック兄弟に、人を殺すことに快楽を覚え、ニコルに執心する「人喰い鬼」の貴族オーヴィリエなど、一癖も二癖もある登場人物たちが暗躍する。

 アルノーはある雨の日、襲った老紳士から、儲け話を持ちかけられる。それが、フランス政府の借金を肩代わりし、北アメリカの開発を目指す通称「ミシシッピ計画」の投機をめぐる話だった。投機をめぐって資金を調達する話を引き受けたアルノーは、たまたま宿屋で夫らしき男性(実は忠実な使用人)から逃げ出そうとしていた娘を一緒に連れ出す。彼女が、アルノーも世話になっている故買屋ルノーダンの大事な一人娘であったことから、物語は新たな展開を見せる。ルノーダンは怒りのあまり、アルノーの首を賭け金に、オーヴィリエを投機話に誘い込むことになるのだ。一方でアルノーは、投機話を持ちかけた投資家のカトルメールに目をかけられ、ニコルと二人、着飾ってパリの社交界にデヴューすることになる。株価は膨れ上がり、アルノーは摂政殿下にまで覚えめでたき青年実業家となる。パリに豪華な邸宅を買い、立派な結婚式を挙げる。
 けれども豪華な生活にふと虚しさを感じたある日、アルノーは株取引から足を洗い、田舎に引きこもることにする。期を同じくして株価の暴落が始まり、カンカンポワ街での取引が禁止されたのだった。カトルメールはイギリスに渡り、カトルメールの秘書ゴデが、新しい株取引のシステムを思いつく。その株取引に引っ張り出されたアルノー。やがて株取引は、株券と紙幣の段階的切り下げのために破綻する。参加する投資家の一人、オーヴィリエのもとから送り込まれた通称「蜥蜴」の資本には、実はアルノーの首が賭けられていたのだが、アルノーの危機を救ったのがニコルのつくった金貨だった。

 この作者の小説にしてはリーダビリティも高く、明るく、ノリもよい。あまりに安定感がありすぎ、安心して読めてしまうため、この作者にトチ狂ったような迫力を求める向きには、ひょっとしたら不満が残るかもしれない。それでいて、ニコルがアルノーを救うために思う「これとあれとそれを足し合わせて、端と端がぴったり合わさるような何かを考えなけりゃならない」(74頁)が文芸行為と重なり合うなど、この作者らしいメタフィクショナルな構築性の高さも魅力だろう。

 お内儀がニコルとの恋について「これは損な取引だよ」(24頁)と言うように、恋愛模様と株取引は分かちがたく結びつき、双方向に表象し合うのだが、余計にややこしいのが、一人の人間が投機の対象でもあり、賭け金であり、プレイヤーでもあるような状況だろう。結末部分の大団円に至る展開も、ヒロインニコルが単なる投機の対象や賭け金ではなく、プレイヤーでもあったこと、そしてそれを一部の主要登場人物が全く知らなかったことによって可能になる。

 さて…、アルノーの「憑き物が落ち」、田舎に引きこもることを決める場面。財産処分に関し「衣装はお袋さんに仕舞っといて貰え」と言われたニコルは、株取引をやめればオペラなど行かないから、「売っちゃえばいいよ」(228頁)と言う。けれども結末部分でアルノーを救い出すために出かけるニコルは、「薄い青林檎色の衣装と侯爵夫人の靴」(284頁)を出させる。彼女はすべての衣装を売り払ったわけではなかったのだ。
 「侯爵夫人の靴」は、ニコルのために故買屋(ニコルの実家)のお内儀からアルノーが貰い受けてきたもので、「寸法も判ってるみたいだね。男のくれる靴なんて、がぶがぶかきつきつか、どっちかなんだけどね」(26頁)とお内儀から感心されたもの。ニコルが履いて実家に衣装をおねだりに行ったことで、アルノーとの関係がルノーダンにバレてしまう。衣装は、靴に合うものをとニコルがカトルメールにおねだりしたもの。「大使夫人が頼んだけど取り止めにした衣装」で、「ぴったりだった」(53頁)、はじめてオペラに行ったときの組み合わせだ。これ以後、彼女はたくさんの衣装を着、靴を履くが、それは全て彼女のために誂えられたものであり、「侯爵夫人の靴」と「薄い青林檎色の衣装」だけが、彼女以外の人間のために仕立てられた衣装だった。それを売らずに残していたことに注目しよう。考えてみれば故買屋も、追い剥ぎも、他人の人生を引き受け、あるいは剥ぎとって、別の人に引き渡す仕事だと言えなくもない。
 ぴったりだった衣装と靴は、結末部分では妊娠のために、衣装は「まだ直さなくてもどうにか着られる」が、靴は「少しきつい」(284頁)。結末部分でニコルとアルノーはイギリス行きのことを考えるから、「大使夫人」のような人生を、まだニコルは送る可能性があるのだろう。一方で「侯爵夫人」のような人生は、もう時効をきたしている。いかにもヒロイン然とした、賢く可愛いニコルのむくんだ足は、妊娠のために、物語から少しずつ、抜け出し始めているのだろう。

 

講談社、2012年。

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 そろそろお昼ごはんを食べて、仕事に行く準備をしなくちゃいけないから、この辺で。もうちょっと書きたいことがあったような気もするので、後から直すかもしれません。→ちょっと手直ししました(4月10日21時頃)。
 本当は論文書き書きとか、学会発表するかどうか今週中くらいには決めたほうがいいのでどうするか判断する(25~30分程度の発表で着地できそうな範囲を見計らう)とか、したかったんですが。
 あれ…?

ごんちゃん、母を忘れる。

2013-04-08 20:26:25 | 犬・猫関連

耳がちょっと垂れて、それほど大きくはなっていなかったそう(ほっ…)。うちにいると、なぜか耳が立ち、大きくなる。
 
 今日は母が訓練所に預けている子犬ちゃん(ごんちゃん)のところに会いに行ったんですが…、
 ごんちゃんは怖がって、震えて尻尾垂らしてたらしい。
 母のことをすっかり忘れてたのか、誰かが会いに来るというシチュエーションにすっかりびびって分からなくなっているのか。
 ともかく、もう少しマメに会いに行ったほうがいいのかな、という感じです。
 母はがっかり。母のことを忘れてるんだから、当然私のことも忘れてるよね…、私も会いに行かないと。

 訓練士さんによると、だんだん良くはなっているそうです。女の人の訓練士さんにはだいぶんなついてきてて、所長さん(男性)はちょっと怖いみたい。うち、女の人しかいないもんなあ…。

近況。

2013-04-07 20:37:26 | 日記
 昨夜は、暴風を怖がって、あばちゃんがあきちゃんのお茶碗を割るなど、大暴れしたらしいよ。
 怖いだろうからと、あばちゃんを玄関のなかに入れてたんですが。あきちゃんの酸素ハウス(玄関の中においている。病気のため、「私の家族」参照)のドアを開けて(だから開けっ放し…、酸素ハウスの意味ないじゃん!)あきちゃんの敷物をとるとか、酸素ハウスの上に置いてたものを全部落っことすとか、いろいろやらかしてたらしい。無理矢理酸素ハウスのドアを開けたから、ドアの締まりが悪くなってしまった(レンタルなのに…)。

 たぶんもうハローワークにも募集出してるし言っていいと思うんですが、今のお仕事は辞めることになりました。6月か7月くらいから、新しい仕事を始めることになったので。
 新しいお仕事は、週3程度までなので、ちょっと時間的な余裕はできそう。高校に行っていない子たちのための学習支援で、5教科すべて教えないといけないので、勉強は必要です。個別指導なので、全部分かっていないといけないというよりも、解説を読んでそれを子どもに説明するとか、分からないときの調べ方、勉強の仕方を教える能力があれば何とかなる(…といいなあ)と思ってます。

 今のお仕事は5月末をめどに辞めて、次のお仕事は7月以降本格的に始める感じなので、6月はちょっと余裕ができると思ってるんですが、どうでしょう。引き継ぎの状況によっては、6月くらいまではシフトが入るかもしれないし、次のお仕事のための勉強に手間取るかもしれないし…。

 余裕があれば、7月に学会発表したいし、ずっと勉強しないといけないと思ってた、詩論の勉強もしたいんですが…。

小論文の書き方。

2013-04-07 10:28:01 | 教育・研究・日本語表現と方法
 以前にちらりと、(書評における)読書感想文・作文の弊害、ということを書いたと思います。

 読書感想文・作文教育の弊害は色んなところにあって、大学の先生などは苦労されてると思います。理系分野であれば、数式使ったり実験したりするから完全に読書感想文や作文と違うことが分かるみたいなんですが、人文系の分野だと、なかなかそれが理解できないみたい。読書感想文的なものになるのを避けるために、敢えて好きじゃない対象を研究しろと指導する先生もいるくらいですが、それも楽しくないですよね~。

 で、今日の本題は小論文。小論文を書く上でも、作文教育の弊害があると思ってます。私は4~5年くらい小論文の添削指導をしたことがあって…。

 添削してると、本当に思いついたことを思いついたままに並べてるだけの解答が多い。日本語がおかしい、とかは置くにしても、私が一番問題だと思ったのは、聞かれていることに対して答えていないこと。聞かれていることに対して答えなければならない、ということがどういうわけか受験生には分からないらしいのです。
 課題文がある場合は、課題文を(問われているポイントを中心に)要約することも重要なのですが、それが出来てない解答も多い。それどころか、完全に無視してるような解答も。何のために課題文があるのか、分かってないんですね。

 読書感想文や作文では、自分の体験を交えて思ったことなどを(優等生的に)並べ立てる風な書き方がもてはやされるので、たぶん、学校の先生が読んで喜びそうなことを書けばいいと思ってるんでしょう。大学受験の小論文を読むのは大学の先生なのに。

 経験上私は、小論文には正解があると思っています。問われていることに対して、課題文を要約し、指定された字数内で論理を展開すれば、自然と解答は2つか3つのパターンにおさまってくる。
 Aがいいか、Bがいいか、選びなさいという形式の問題もありますが、これはAかBかどちらかが正解である、ということではありません。AにもBにもメリットとデメリットがあるので、
 Aがいいと思う、なぜならこういうメリットがあるからだ、
 確かにAにはこういうデメリットがあるが、これこれこういう対策をとってデメリットを補えばいい、
という風に展開してゆけば、AでもBでも結局同じくらいなところに落ち着く、ということ。

 もう一つ経験上感じたのが、小論文の課題文には敢えて論理的な矛盾がある文章が選ばれている場合があって、その場合は、そこ(矛盾している点)が、一番大事なポイントであるということ。課題文の要点を整理して、矛盾している点に気づくことがまず大事ですが、気づいても、変にあげつらったりしないこと。そこがポイントだということを、それとなく示すようにするといい。

 以上、要点をまとめます。

***小論文の書き方***
1、聞かれていることに対して答えること。
2、課題文がある場合は要約すること。

***小論文の特徴***
1、正解があるということ。
2、課題文に矛盾がある場合、そこがポイントになることが多いということ。

今日のわんこ。

2013-04-06 21:18:15 | 犬・猫関連
 今日は姉一家がお墓参りに来てたので(父の命日が近い)、母がお疲れ。私も1日仕事の日だったし。わんこたちも1日ほっとかれて疲れたのか(うちのわんこたちは、人がいないと安心して眠れないらしい)、すやすやお休みしてます。

 ごんちゃん(訓練所に預けてる子犬ちゃん)に会いに行ってもいいという許可がおりたので、母が(私の休みの)明日か明後日に会いに行く予定。
 忘れられたらいけないので…、と言ったら、訓練士さんはそんなことはないでしょうと受け合ってくれたそうですが。ごんちゃんのきょうだいの子は、幸運にも貰われてゆき、(ひと月くらい経って会いに来たときに)里親さんにすっかり馴れてたのはいいけど、うちのことをすっかり忘れてたんですよね…。

 ごんちゃんはだいぶん馴れて、お腹見せて甘えるようにはなっているようですが、庭に出すとき、それから犬小屋(?)に入れるときがやっぱり大変みたいで、噛んだりするそうです。
 結構甘えたれで、そこまで人が嫌いそうではないんですけど、捕まりそうになるとが駄目なんですよね。よっぽど捕まえられたときの印象が悪かったのかなあ…。それさえなおれば、貰い手が見つかる可能性もあるし、見つからなくてもうちで置いときやすいんですけど。