著者:志水 辰夫
集英社 1,890円(税込)
発売年月日: 2008年11月5日
前作『青に候』につづく、著者2作目の時代小説(書き下ろし)。
感情表現をぎりぎりにまで切り詰めた抑制の効いた文章。それと対をなすように情感たっぷりに描かれた移ろい行く日本の四季(特にタイトルにもなっている早春の自然描写は絶品)。そして、封建制下に生きる下級層の悲哀と、しかし何者も侵すことのできない人間としての矜持――志水節全開にあって、唯一、腑に落ちないのが主人公清吉の煮え切らない態度です。
舞台は世上騒乱の幕末。熱に浮かされるように田舎村の若者たちが京をめざす中、病床に臥す母親の世話を理由に故郷に居残りつづける清吉。親友民三郎との果し合いの後、慙愧の念で山を降りたときですら、憧れの女性みわではなく、家で待つ母親の元へ帰ることを選んだ清吉。
なぜ、清吉は母親を、故郷を捨てないのでしょう。
例えば、映画の「祭りの準備」や「アメリカン・グラフィティ」もそうですが、普通は主人公が住みなれた故郷を後に外の世界に一歩踏み出すところで、その将来を暗示させるような形で終わらせるのが常道なのでしょうが、そこは稀代の「ヘソ曲がり」(by北上次郎)をもってする志水辰夫。あえて故郷に根をはって生きていこうとする清吉の姿に、
「大志ばかりがなんで男子の本懐なものか」
という文章が見事にオーバーラップしてきます……が。
だけど、やはり釈然としないものを感じてしまうのは、ぼくの読解力不足でしょうか。コレラ禍を避けて疎開してきながら、結果、コレラで妻を亡くしてしまい、以後の人生を片田舎の私塾教師として送る柳澤宋元の生き方に、ひょっとしたらその答えがあるのかもしれませんが、菊池先生、そのあたりいかがでしょうか?
天馬トビオ
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